第14話 白い三連星
「え゛? キリュー、あれ食べるの?」
セシリアが青い顔で震え声を出した。
僕は彼女を安心させるように、優しい笑顔を浮かべる。
「まさか! 見た目が美味しそうだったから言ってみただけだよ。
僕の故郷には、ああいう料理があるんだ。
そうそう、ちょうどこんな感じのいい匂いがして……」
「衣はサクサク、身はぷりっぷりだにゃ!」
匂いの正体はリーニャが手にした〝カニ爪〟の天ぷらだった。
いや、この場合は〝エビ爪〟なのか?」
「おいおいおい、何もぐもぐ食ってんだ?
――ってか、ネコはエビ食っちゃダメなんだよ!
めっ! ポイしなさい!」
僕はリーニャからエビ爪天を取り上げ、遠くへぶん投げた。
「に゛ゃ~!」
「いてっ!」
ネコ娘の抗議の鳴き声に重なって、誰かの悲鳴が聞こえたような気がする。
振り返ってみると、いつの間にか荒野の中に三人の男たちが立っていた。
どうも彼らに投げたエビ爪天が当たったらしい。
「何者だっ!」
僕の背筋に悪寒が走った。
四天王の一角を倒した安心感で、完全に不意を突かれてしまった。まさか奴ら、
「ふっ……しょせん奴は四天王でも最弱、我らの面汚しよ!」
ああ、やっぱりだった!
どこまでこの世界は〝お約束〟で出来ているんだろう?
男たちは僕の嘆きなど無視して、続いてのお約束に移った。
そう、戦隊ものでは集団で出てきたからには、華麗なポージングとともに名乗りを上げねばならないのだ!
「我は魔王四天王が一人、魔将軍ザビタガルマ!」
「同じく四天王、魔将軍イビールアイ!」
「魔将軍ワイガブラ!」
『三人そろって白い三連星!!』
〝ちゅど~ん!〟という擬音とともに、彼らの背後で爆発が起こり、赤・青・白の色付きの煙が派手に舞い上がる。
説明するのも面倒だが、中央のザビタガルマがしゃがんで両腕を斜め下に開き、左右のイビールアイとワイガブラが立って片腕を斜め上に突き出すというポーズだ。
指先までぴんと伸びた、なかなか美しいポーズだ。こいつら、どんだけ練習したんだろう?
「なぜいきなり三人とも出てくるんだ!
普通は四天王が一人で一話もたせるものじゃないのか?
敵もその辺を気にしていたのだろう、ヒステリックな罵声が返ってくる。
「うるさい! 尺がないからこっちだって苦労してるんじゃい! 察しろよ!」
向こうは向こうで、この状況が大いに不満らしい。
「そっちがそう言うなら、こちらも時間節約だ、いくぞ!
――と、言いたいところだが、その前に一つだけ突っ込ませろ。
〝白い三連星〟って、お前らのどこに〝白〟の要素があるんだ?」
魔将軍ザビタガルマは全身が真っ赤なコスチュームで、連射式のボウガンを構えている。
同じくイビールアイは青い装備でムチを持っていた。
ワイガブラが一番派手で、銀色に輝く身体をしていた。武器はただの棒のように見える。
この三人でどうやったら〝白い三連星〟を名乗れるのだろう?
三人の魔将軍は顔を見合わせた。
そして何やらボソボソと話し合ってから、こちらに向き直った。
「よかろう。お前がそこまで知りたいと言うのなら、特別に教えてやろう!
あれは我らがまだ四天王を拝命する以前のことだった……」
僕は彼らの思い出語りを無視して息を吸い込むと、思い切り低音を効かせて静かに言葉を発した。
「遥かな地平線が消える深淵の闇に眠れ。遠き雲海の上を流れる気流に乗り、
三人組の顔色が変わった。
「きっ、貴様! その呪文は――まさか!」
「愚か者め! これは呪文ではない。深夜のナレーションだ!
喰らえっ! ジェットストリーム・クラーーーーーッシュ!」
超加速を使って一瞬で敵の前に移動すると、僕は魔法で極限まで強化した拳を一秒に百発という速度で三人に叩き込んだ。
一撃一撃が音速を超えて魔将軍の身体にヒットする。
普通ならば拳一発で、後方へ数メートルも吹っ飛ばされたことだろう。
だが、あまりにも素早い攻撃はそれすら許さず、衝撃は彼らの肉体に蓄積されていった。
――そして、ついに限界が訪れた。
「キーン!」という耳をつんざくジェットの音が響き、三人組はマッハの速度で空の彼方へと吹っ飛んだ。
満点の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に心を開けば、煌く星座の物語も聞こえてくる、夜の静寂のなんと饒舌なことであろうか!
そして遥かな上空で「キラーン!」という擬音つきで三つの星が輝いた。
お約束とはいえ、見事なものである。
* *
「何だったんだすかね、あの三人組は?」
呆れたような口調でハンジがつぶやいた。
「とりあえず、これで四天王は片付いたんだから、後は魔王だけだね。
それじゃ、先へ進もうか!」
* *
ほぼ全滅した魔王軍の抵抗はほとんどなかった。
僕らは順調に進み、やがて山岳地帯に入る。
行く手の岩壁に、かなり分かりやすい洞窟が見えてきた。
ちゃんと「魔王城正面入口」という看板もかかっている。
馬を降りて中に入ってみると、窓も照明もない洞窟なのに全体がぼおっとした燐光に包まれている。流行りの間接照明という奴なのだろうか。
ずっと先までは見通せないが、一、二メートル先なら見える……そんな感じだった。
しかも、洞窟は一本道ではなく、入って十メートルも進まないうちに、もう分岐点が現れた。
「これは……完全なダンジョンだな!」
僕は即座にレムを呼び出した。
『レム、君にはオートマッピング機能があったりするのかい?』
『何だっぺ? そんなもんはねえばって、別に必要ないっぺ』
『何故だ? マッピングはダンジョン物の基本だぞ? ってか、マッピングの楽しみがなかったら、誰が迷宮に入るかよ!』
レムは面倒そうに答える。
『よく見るっぺ!
ちゃんと迷わないように表示板があるっぺよ』
そう言われて目を凝らしてみると、確かに行く手で左右に分かれる岩壁には、何やら看板めいたものが下がっていた。
右を指した矢印の下には「兵舎・食堂方面」、左を指した矢印の下には「魔王様のお部屋」と書かれている。
『……きっとダンジョンで迷子になる魔物が多くて困っていたんだっぺ』
レムに言われてもう一度見直すと、「魔王様のお部屋」と書かれた文字の下に、少し小さな字で「総合インフォメーションセンター・迷子預り所」と書かれていた。
* *
僕らは分岐点が現れるたびに、きちんと整備された案内板を頼りに迷うことなく魔王の居住エリアへと進んでいった。
魔物がまったく出現しないわけではなかった。
だが、出てくるのはスライムとかゴブリンといった、いわゆる
魔物の中にはとても敵わないと思ったのか、家来になりたがる者もいた。
僕は大した戦力にもならない魔物を連れていくのに反対だったが、セシリアは彼らを仲間にしたがった。
「どうしたんだ、セシリア。
魔物はあまり信用できないし、こんな弱い奴らが何かの役に立つのかい?」
エルフの娘は『よくぞ聞いてくれました』といった顔をした。
「ちょっと、そこのあなたとあなた。こっちにいらっしゃい」
セシリアはさっき仲間にした魔物二匹を呼びよせた。
一匹はブラウニーという地霊、もう一匹はゴーストという悪霊だった。
彼女はちょこちょことやってきた魔物を自分の前に座らせると、いきなり懐から棍棒を取り出すと殴り倒した。
魔物たちは「きゃん!」という悲鳴を上げて、ぱったりと倒れる。
「おっ、おい、セシリア。いきなり何をするんだ。
いくら魔物だからって、それは酷いんじゃないか?」
しかし、彼女は「まぁ、見ていてください」と言って、倒れた魔物の上にもう一匹を重ねた。
そして、再び棍棒を振り上げて、力任せに叩き潰し始めたのだ。
二匹の魔物の身体はたちまち血に染まり、ぐちゃぐちゃの肉塊と化した。
正直、エルフのセシリアがこんな
彼女は魔物をハンバーグに出来そうなほど見事なミンチに仕上げると、ぶつぶつと呪文を唱え始めた。
そして呪文の最後に「悪魔合体!」と高らかに叫ぶ。
するとどうだろう! 挽肉と化した魔物が煙に包まれ、鬼のような新たな魔物が出現したのだ。
「オレの名は妖鬼ボーグル、こんごともよろしく……」
セシリアは得意げに振り返った。
「このように、弱い魔物でも合体させることによって、レベルが上の魔物にすることができるんですよ!」
「なるほど……」
僕は溜め息をついた。
「つまりこれは、いわゆる〝所さんの〟という奴なんだな、理解したよ」
セシリアはきょとんとして問い返した。
「所さんって……何ですか?」
「メガ〇ン……いや、何でもない」
彼女に〝メ〇テン〟と言ってもどうせ通じやしないのだ。
こんなことで尺を使っている場合ではない。とっとと先を急ごう!」
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