第10話 獣人フレンズ

 翌朝、宿の食堂で朝食を摂りながら、僕たちは今後の方針を確認した。


「キリューの旦那が魔王を倒すって言うんでしたら、まずは魔王の脅威と直接対峙しているアスラン王国を目指した方がいいですね」

 ハンジの提案に、セシリアも同意した。


「アスラン王国は私たちエルフの村の支援もしてくれています。

 勇者であるキリューをきっと歓迎して、ともに戦ってくれるはずです」


 ハンジはかなりざっくりとした地図をテーブルに広げて、それぞれの位置関係を説明してくれた。

「すると、王国へ向かうためにはこの森を通過することになるね」


 僕がそう確認すると、ハンジとセシリアは顔を見合わせた。

「いえ、その森は迂回して、この南の砂漠地帯を通った方が安全でしょう」


 僕は首を捻った。

「それだとかなりの遠回りになるけど……。

 森を抜けるのは危険だってことなのかな?」


 ハンジはうなずいた。

「へい。この一帯は〝ジャスティンの森〟と呼ばれていて、獣人族のテリトリーなんすよ……」


 僕は頭の中で賢者を呼び出す。

『レム、獣人族とは何だ?』


『獣人族は基本人間タイプの種族だけど、野生動物の特徴を取り込んだ一種の強化人間だっぺ。

 人間とは比べ物にならないほどの筋力、跳躍力、走力など、優れた身体能力を持つっぺ。その代わりあまり賢くはないけど、意思の疎通には問題ないっぺ。

 性格は荒いけど単純で根は悪い連中じゃないっぺ。

 頑固な性質で他種族との交流を嫌う排他的な面があるのが玉にきずだっぺ』


「……つまり、森を抜けようとすると獣人族に襲われる可能性があるということなんだね?」

 二人がうなずく。


「だけど時間が惜しいよ。

 もし獣人族が妨害するなら、それを排除して進むしかないだろう。そんなこともできなくては、魔王を倒すなんて夢物語だよ。

 僕は一刻も早く暴虐の魔王の脅威を取り除き、セシリアの村の人たちを安心させてあげたいんだ」


「キリュー……」

 セシリアが涙を浮かべて僕の肩に頬を寄せた。どうやら昨夜の変態行為は不問に付されたようだ。ハーレムとは何と都合のよいものなのだろう!


「キリューの旦那がそう言うのなら是非もありやせん。

 このハンジ、地獄の果てまでお供いたしやす!」


      *       *


 ハンジは昨日のうちに三頭の馬、旅に必要な食糧、野営用具などを用意してくれていた。

 僕は馬に乗ったことなどはないが、乗馬スキルが自動発動するらしく問題なく操ることができた。


 メルギードの町を出て二日、僕たちはついにジャスティンの森に到達した。

 ほとんど人の手が入ったことのない原生林は、昼なお暗く僕たちの姿を包み込んだ。


 巨木が密生した樹冠を広げているためか、地面には灌木や下生えが少なく、整備された道がないのに比較的歩きやすい。

 馬たちはぽくぽくと蹄の音を響かせながら進んでいたが、一キロも進まないうちに突然立ち止まった。


 素人の僕の目から見ても、馬たちが怯えている様子が分かる。

 すでにハンジもセシリアも地面に降り、くつわを取って必死で馬をなだめている。

 僕も二人に倣って馬を降りた。


 セシリアは両手を合わせて目を閉じ、何かの呪文を唱えていた。

 そして彼女の口から美しい歌声が流れ出した。


『レム、状況が分かるか?』

 僕の問いかけに、賢者タイムアプリは即座に反応した。

『これはエルフが使用する魔法の一つだっぺ。

 動物の不安を鎮め、大人しくさせる第一水準レベルの魔法だっぺね』


『セシリアは魔法を使えるのか……』

『エルフはもともと魔法が得意な種族だっぺ。

 コモン・エルフでも、第二水準程度の魔法は普通に扱えるっぺよ』


 なるほど、それなら僕は獣人族の対処に専念すればいいってわけか。


『レム、敵の情報は?』

『接近している敵の数は十二。戦闘力はいずれも四百程度だっぺ』


『何それ? 滅茶苦茶高くない?』

『別に問題ないっぺ。お前の方がよほど強いっぺ』


『そう言えば聞いたことがなかったな。

 僕の戦闘力ってどのくらいなんだ?』


『およそ六千八百万だっぺ』


『……………………………………………………はぁ?』


『聞こえなかったのけ? 六千八百万だっぺ』

『マジ?』


『マジだっぺ』

『いやいやいや、それって圧倒的過ぎない?』


『当たり前だっぺ。

 神の使役する第七水準レベルの魔法を自在に操るんだから、これでも控えめな評価だっぺ』


 僕はぶんぶんと頭を振った。

 ああ、了解だ。十二人の獣人に襲われても、恐れることはないってことだ。

 今はそれさえ聞ければ十分だ!


「に゛ゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!」

 頭上の木の葉を飛び散らせて、黒い影が一斉に襲ってきた。


 早い!

 常人ならば、とっさの防御姿勢さえも間に合わない超速の攻撃――だが、僕の目はしっかりとその動きを捉えていた。


「忍法、木の葉隠れの術!」

 僕の口を突いて出た叫びは、一つのきっかけに過ぎない。

 それは呪文でも何でもない。

 ただ頭の中に木の葉が舞って、こちらの姿を包み隠すイメージを想起させるためのキーなのだ。


 たちまち僕たち一行の周囲に激しい風の渦が巻き起こり、大量の木の葉が凄まじい勢いで回転する。

 それはまるでバリアのように物理的な壁となって、襲いかかってきた獣人たちを次々と弾き飛ばした。


「み゛ゃあぁっ!」

 悲鳴を上げて地面に叩きつけられたかに見えた獣人たちだったが、彼らは信じられないことに、空中で身体を捻って着地を果たしていた。


「これは……っ! キャット空中三回転!」

 見事な体捌きに思わず感嘆の声を洩らしてしまったが、僕が放った魔法の恐ろしさはこれからである。


 四つん這いになってどうにか着地した獣人たちを、まるで狙い撃ちするように大量の木の葉が吸い付いていく。

 木の葉はきらきらと白い光を放ちながら獣人を包み込み、彼らをミノムシのようにして五感の一切を奪い取った。


 そして数秒も経たないうちに変化が起きた。


「……うにゃあぁぁ~」


 とろけるような恍惚とした甘い鳴き声。明らかに獣人たちは正常な意識を保てなくなっている。


 戦いを見守っていたハンジとセシリアは、突然の展開に呆然としている。

「キリューの旦那はいったい何をしたんだ?」


 しかしセシリアはさすがにエルフ――森の民である。

「あれはマタタビの葉よ! 見て、葉っぱの裏が真っ白でしょ?」


 彼女の言うとおり、僕は風魔法に乗せて大量のマタタビの葉を召喚したのである。

 それは相手の鳴き声から、彼らがネコ科獣人であると見抜いた上での、とっさの判断だった。


 今や十二人の獣人は、真っ赤な顔でよだれをたらし、ごろごろと喉を鳴らしながら地面を転がっている。


『レム、この連中は何の獣人なんだい?』

大山猫リンクスの獣人みたいだっぺ』

『なんだ、サーバルじゃないのか……』

『まぁ、どちらも野生の大型猫だから、親戚みたいなものだっぺ』


『リーダーがどの個体か分かるか?』

『獣人は強さに絶対的な価値をおく種族だっぺ。

 ほれ、お前の一番近くでゴロゴロしているあいつだっぺ。

 戦闘力が四百五十、こいつらの中では頭一つ抜けてるっぺ。

 多分、こいつがリーダー……ちなみに〝メス〟だっぺ』


 僕は足もとの近くで転がっている獣人を抱き上げた。

 見た目以上にずっしりと重いが、今の僕は筋力が増強されているので軽々と持てる。

 獣人を抱き上げたまま、僕はハンジとセシリアのもとに戻った。


「キリューの旦那、こいつはいったい……?」

 僕は地面に腰をおろしながらハンジの質問に答える。

「ああ、こいつが襲撃者のリーダーらしい」


 二人も腰をおろし、僕のあぐらの上で仰向けになっている獣人を覗き込む。

「結構なぺっぴんですね」

「それに見事な巨乳だわ」


 獣人は全身が毛に覆われているが、なぜか顔だけは人間と同じで眉毛以外はつるんとしている。髪の毛も人間同様で、この獣人は赤毛のカールした髪を肩まで伸ばしていた。お約束で耳だけは例外だ。ちゃんと髪の毛の中から見事なネコミミがぴょこんと出ている。


 よく見ると彼女にはまだ幼い雰囲気があり、美少女と言ってよい整った顔立ちだった。

 それなのに、セシリアの言うとおりかなりの巨乳である。

 ネコ科獣人なら複数の乳房が腹についていそうなものだが、そこは絶対に譲れない〝お約束だ〟。


 首から下は毛に覆われているので、獣人は基本的に裸で平気のようだが、他種族の文化が影響したのか、布でビキニのように胸と股間を覆っている。


 獣人の娘は相変わらず喉をゴロゴロ鳴らしている。

 このままでは話もできない。

 僕は彼女に解毒の魔法をかけようと、身体を支えていた両手を抜いた。


「うにゃあ~ん!」

 その途端に獣人は僕の首に抱きつき、頬をすりすりさせて甘えてくる。


 待てよ……。

 僕はふと気づいた。今、この状態は獣人のわきの味を確かめる絶好のチャンスではないのか?

 レムの話では獣人族は気性が荒いらしい。

 頼んだからといって、簡単にわきをくんかくんかしたり、ぺろぺろすることを許してくれるとは思えない。


 だが、さすがにそれをハンジとセシリアの前で実行するのはまずい。

 絶対に引かれてしまう。


 そうだ、周囲の時間を魔法で停止してしまえばいい!

 僕は即座に頭の中でイメージする。


『時間よ、停まれ!』

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