第8話 エルフを狩る勇者

 僕は簀巻すまきにされている少女のもとに駆け寄った。

 汚い毛布でぐるぐる巻きにされた彼女は、ようやく顔だけを出している。

 泥と埃で汚れてはいるが、正真正銘の美少女だ。


 路地に隠れていた町の人たちも、ようやく恐々ながら寄ってきて、僕と少女を遠巻きに見ている。


「なんて強さなんだ……!

 見たか? 拳だけで暴走族も用心棒も瞬殺したぞ」

「……ひょっとして勇者さまなのでは?」

「ああ、そうに違いない! 新たな勇者さまが降臨されたんだ!」


 そんなひそひそ声が聞こえてくる。

 魔法で五感が自動強化されている僕の耳は、自分に関することならかすかなささやきも逃さない。

 勇者イヤーは地獄耳なのだ。


 〝新たな・・・勇者さま〟という言い方が妙に心に引っかかった。

 この世界、そんなに頻繁ひんぱんに勇者が転生してくるのか?


 いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない!

「君、大丈夫か?」

 僕は簀巻き美少女を抱き起した。


「くそっ、ロープの結び目がガチガチに固いな。

 刃物なんか持っていないし……あの悪党どもから奪っておけばよかった」


 一方、少女の意識はしっかりしていた。

 彼女は潤んだ瞳、赤く染めた頬をして、小さな唇を開いて言葉をこぼした。

「お助けくださって……ありがとうございます。……勇者さま」


 そう言うと、彼女の長い耳がピコピコと羽ばたきするように上下に動いた。

「え……?」

 僕は改めて彼女の耳を見つめる。

 人間の耳とほとんど変わらないが、ただ耳の上部だけが異様に長かった。

 尖った耳先は十センチ以上はあるだろう。


「この耳……もしかして君は?」

「はい。私はコモンエルフのセリシアと申します」


「エルフ……エルフだとぉっ?」

 突如僕の周囲には「ゴゴゴゴォッ!」という擬音とともに激しい炎が噴き出した。

 激情にかられた時に自動発動する、炎魔法の一種らしい。


「脱がぁぁぁぁーーーーーす!」


 無意識のうちに口を突いて出る雄叫び。

 逆上した僕が、ぶわっと両手を跳ね上げると、少女の身体は宙に舞い上がり――そして爆散した。


 もちろん、美少女にそんなスプラッタでもったいない真似をするはずがない。

 彼女を縛っていたロープ、汚い毛布、そして身につけていた衣服から下着にいたるまで、一切の布地が細かい繊維に分解して吹き飛ばしたのだ。


「脱がす」というイメージを思い浮かべただけで、ここまで過激なことができるとは魔法恐るべし! である。


 エルフの少女は空中で見事な素っ裸にされ、そのままストンと地面に落ちる。


「え……?」

 事態を把握できない彼女は、地面に座り込んだ自らの身体を見つめた。

 白い肌、スレンダーな身体、適度な大きさの乳房、その先で誇らしげに突き出すピンク色の乳首……そして見たら目が潰れそうな股間と白い太腿!


「キャアーーーッ!」

 彼女はとっさに胸を抑えて悲鳴を上げたが、それよりも僕の魔法の方が一瞬早かった。


「光あれ!」


 神様が「お前なら呪文を唱える必要はない」と言ったのは本当だった。

 すでに僕は魔法を発動させるコツを掴んでいたのだ。


 僕の叫びと同時に、まるでレーザービームのような強烈な白い光が、あっという間に裸の少女の周囲に走った。

 その〝謎の光〟は彼女の〝恥ずかしい部分〟をすべて隠し、不可視としたのだ。


 周囲の見物人たちが身体を傾けたり、地面に這いつくばって、どうにか覗こうとしても、光源も定かでない白いビームがその視線をブロックするのだ。


 僕は少女の元に歩み寄り、その頼りなさそうな裸の肩にふわりと白いローブをかけた。

 周囲に飛び散っていた繊維を集めて、新たな服を再構成したのだ。

 頭の中でローブのイメージを思い浮かべるだけで、それは出現したのだった。


「恥ずかしい思いをさせて、済みませんでした。

 一刻も早くあなたのいましめを解こうとして、力の加減を誤ってしまったのです。

 ですがご安心ください。君の美しい身体を衆人の目に晒すことだけは防げました。

 さあ、参りましょう」


 セシリア――エルフの少女は、恥ずかしそうにローブの前をかき寄せると、うつむいて礼を言った。

「まぁ……何という紳士的な態度なのでしょう。

 ええ、ええ、もちろんですとも!

 救われたこの命、勇者さまにお捧げするのは、もはや天命でございます。

 それに勇者さまなら、きっと魔王を倒してくれるはず!

 どうかお供をさせてください!」


『やった! エルフ美少女ゲットだぜ!』

 心の中で、僕は思わずガッツポーズをとる。

 さっき叫んだ「脱がす!」というセリフが無視スルーされているのは、魅了チャームの魔法の効果がいかに強力かという証拠だろう。


「え……?」

 僕はふいに我に返った。

「セシリア、君……魔王がどうとか言わなかった?」


 僕の隣りをちょこちょこ小走りについてくる少女は「はい!」と嬉しそうに答えた。

「私の村は暴虐の魔王の圧迫を受けております。

 今は他種族の協力を得て、どうにか持ちこたえていますが、いつまで持つかも分かりません。

 そこで魔王を討ち果たしてくれる勇者さまを探す旅に出たのですが、不覚にもあのような無頼の輩に捕まってしまったのです」


 なるほど、異世界転生モノなら定番の展開だ。もはや様式美といってもよい。

 あの爺さん、さぞかし天上で喜んでるんだろうな。


「分かったよ、セシリア。

 保証はできないけど、僕のできる限りの協力をしよう」


 エルフの表情が、ぱぁっと花が咲いたように変わる。

「では、お供を許していただけるのですか?」

「ああ、一緒に旅をしよう。

 でも、〝勇者さま〟は恥ずかしいから止めてくれ。

 僕の名は騎龍、聖護院騎龍って言うんだ。ただの騎龍と呼んでくれたらありがたいな」


「え? でもさっきは〝ハナヤマ・ダイスケ〟とおっしゃっていたような……」

「ああ、あれは偽名ですよ。小悪党に名を教えても、いいことなさそうだからね」


 僕たちは笑いながら歩いていた。


「そいつは聞き捨てならねえな!」

 ――突然、若い男が僕たちの前に立ちはだかった。


「君は……誰?」

 警戒しながら僕はセリシアを後ろに隠した。


 ところが彼は、急に人懐っこい笑顔を浮かべて腰を落とし、さっと片手を差し出した。

「お控えなすって!」


 え? 時代劇? 股旅モノ?


「さっそくのお控え、かたじけのうござんす。

 あっしはハンジ。ヤエス村のハンジという、ケチな渡世人にございます。

 旦那の鮮やかなお手並み拝見いたしやした。

 いやぁ、お強い!

 そこのお嬢さんを助けるためとはいえ、丸腰で悪漢どもに一人立ち向かう姿!

 あっしはほとほと感服しやした!

 聞けば旦那はお嬢さんのお供をお許しになるとか?

 ならばこのあっし、ハンジも是非お連れくだせえ!」


 どうやら魅了チャームの効果は男女見境ないらしい。

 僕は頭の中でレムを呼び出した。

『レム、こいつの正体は分かるか?』

 数秒で答えが返ってくる。


『ヤエスのハンジ。年齢十九歳。十五の時にヤエス村を出奔して、町から町へと旅をしている男だっぺ。

 戦闘力はおよそ六十……さっきの雑魚ザコよりは強いっぺ。

 博打や用心棒、土木工事の人足まで、いろんな稼ぎをしているけど、基本的には曲がったことが嫌いないい奴みたいだっぺ。

 ちなみに弱点は蜘蛛だっぺ』


 一体、賢者システムはどこからそんな情報を収集してくるのだろう?

 どうせ聞いても『SNSだっぺ』とか言われて、はぐらかされるんだろう。


「分かったよハンジ。

 いいよ。旅は道連れって言うし、大勢の方が楽しいだろう。

 聞いてたかもしれないが、僕の名は騎龍だ。よろしくね」


 僕はそう言って彼の手を握った。

 ハンジは嬉しそうに握手をしたが、すぐに怪訝な顔をした。


「これは……何でござんすか?」

 彼の手には一枚の金貨が握らされていたのだ。


「ああ、さっそくだが頼みがあるんだ。

 一つはその金貨を両替屋で細かくしてほしい。

 一割は手数料として君にあげよう。

 二つ目は、両替した金で宿を取ってほしい。

 二人部屋ツイン一人部屋シングルの二部屋だ。いいかい?」


「一割を手数料って……キリューの旦那、これ金貨ですぜ?

 あっしが持ち逃げしたらどうするんですか!

 それにお使いの駄賃が一万ゼニーってのは、いくら何でも法外過ぎやす」


「いいんだ」

 僕はにこりと笑った。

 

「君のことは信用しているよ。

 それに僕はこの世界に転生してきたばかりで、馬も着替えも何も持っていない。

 情けないけど、何が必要でどこで買ったらいいかも分からないんだ。

 君は世慣れていそうだから、僕の案内人ガイドになってほしい。

 一万ゼニーはその報酬の前払いとでも思ってくれ」


 ハンジは腕で目をごしごしと拭った。

「会ったばかりの俺をそこまで……。

 畜生め、どっかで忍者がタマネギを切ってやがるぜ!

 旦那、委細承知だ! 後はこのハンジにお任せくだせえ」


 彼はそう言い残して駈け出していった。

 その後姿を見送り、僕はセシリアの方を向いた。


「さてと……」

 きょとんとした顔のセシリアは、長い耳をパタパタ振っている。

 くそっ、何て可愛いんだ!


 だが、僕は心を鬼にしなければならない。

「宿の二人部屋ツインには、君と僕が泊ることになるんだけど……いいかな?」


 ぽふっ! という音が聞こえた気がする。

 セシリアの顔が一瞬で真っ赤に染まり、彼女はこくんとうなずいた。


「君と旅をする上で、僕にはどうしても確かめたいことがある。

 もちろんその結果がどうであろうと、君を放り出したりはしないから安心してくれ」


「確かめたいこと……ですか?」

「ああ、是非とも今夜のうちに確かめておきたい」


「も、もちろん勇者さま、いえキリューが望むことなら構いません。

 でも、何をなさるおつもりですか?」


 僕は彼女の長い耳元に唇を寄せ、ふっと息を吹きかけた。

「きゃんっ!」

 少女が小さな悲鳴を上げたのに満足した僕は、そっとささやいた。


エルフを……脱がす!」

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