第3話 神様お願い!(失神)

「気が……ついたかの?」


 優しい声音が、遠くから響いてくる。

 僕は眠気に抗いながら、ぼんやりと目を開いた。


 仰向けになった僕の胸元に布団がかかっている。

 そして、身体が気持ちのよい暖かさに包まれていた。


 僕は肘をつき、上半身を起こした。


炬燵コタツ……?」


 今は五月のはずだ。

 重度冷え性のお姉さんだろうと、東京でコタツなんか出している家があるとは思えない。


 むくりと起き上がると、コタツの天板の上には、木製のボウルが置かれており、そこにはお約束のミカンが山と積まれていた。

 ふと横を見ると、自分の横のコタツ布団が膨らんでいて、そこから三毛猫が顔だけを出し、気持ちよさそうに眠っている。


「えーと……」

 もぞもぞと座り直すと、対面には白く長い髭を生やした小柄な老人が座っていた。

 どうやら先ほどの声は、この老人のものらしかった。


「あなたは……?」


 僕の問いに、その老人はこともなげに答えた。

「わしか? わしは神じゃ。

 お前さん、ちょっとした手違いでの……その、気の毒だが、死んだのじゃよ」


 僕の頭の中で、再び幻聴が鳴り響く。

 また、親父のかんさわる脳天気な歌声だった。


「帰ってきたヨッパライ」――確かそんなタイトルの歌だったはずだ。


 僕は顔をぶんぶんと振り、慌てて周囲を見渡した。

 もちろん目の前には神様と名乗る老人がいる。

 コタツの上には山盛りミカンとほんわか湯気をあげている渋茶もある。


 ついでに寝返りをした三毛猫の首で、〝チリン〟と鈴が鳴った。


 ――だが、それだけだった。

 いや、二人と一匹、そしてコタツ以外に、そこには何も存在していなかったのだ。


 上下左右、どこにも何も存在しない。

 ただ柔らかな明かりに包まれているだけで、何キロ先まで見えているのか知らないが、とにかく何も存在しなかった。


「あの~……」

 僕は恐るおそる口を開いた。


「何じゃの?」

 神様(とりあえず、そういうことにしておこう)はあくまで優しかった。


「何でコタツなんですか?」


 神様は「ふぉっふぉっふぉ」と愉快そうに笑う。

 僕は十六年しか生きてはいないが、その短い人生でもマンガ以外にこんな笑い方をする人を初めて見た。

 お爺さん、バルタン星人ですか?


「気にするでない。いわゆる〝様式美〟という奴だ」

「様式美……ですか?」


「そうじゃ。

 わしは神、おぬしは人間じゃ。

 互いに相容れぬ、まったく異なる存在よ。

 いわば〝異星人〟と言ってもよい関係じゃ。

 よいか? 古来、異世界人同士の話し合いは、卓袱台ちゃぶだいやコタツで差し向かいでする……そう決まっておるのじゃよ」


「はぁ……そんなものですか。

 それで、先ほど神様は、僕が死んだとおっしゃっていましたが……。

 いえ、それは分かります。

 僕には同級生を助けようとしてトラックにはねられた、という記憶がありますから。

 でも神様は〝手違いで〟とおっしゃいましたね?

 それはどういうことなのでしょう?」


「おう、まさにそのことよ!」

 神様は妙に嬉しそうだ。その顔には『話が早い』とマジックで書かれている。


 僕はそのニコニコ顔にわけもなくイラっとした。

 くそっ、額に「肉」って書いてやろうか……!


「おぬしが死んだのは手違いなのじゃ。

 寿命はまだまだたっぷり残ってあった。

 死ぬのはおぬしが助けたあの娘の方だったのじゃが……」


 それを聞いた僕の気持ちが複雑だったことは……分かってもらえるだろう?

 そうか、僕はあのの身代わりになれたんだ。

 だけど何だよ? 神様が手違いって!


「それで、まぁ……さすがに死んだおぬしを生き返らせることは、神であるわしにも許されん。

 ただ、それではあまりに申し訳ないのでな、代わりに異世界へ転生させることにしたのじゃよ」


 僕はうなずいた。

 これでも僕は平均的な日本の高校生だ。

 ゲームやアニメは当然たしなんでいるし、そう詳しいわけではないが、ライトノベルだって何冊か読んでいる。


「何となく理解はしました。

 それで、僕が転生するのはどんな世界なんですか?」


「おお、最近の若者は実に順応性が高くて助かるわい。

 昔はああだこうだと質問ばかりで、答えるだけで一昼夜はかかったもんじゃ。

 これはその経験で編み出した技術なのだが、説明するよりはずっと早い。

 おぬしには、これから新しい世界を疑似体験してもらおう」


「疑似体験?」


「うむ……正確な説明ではないか。

 おぬしが神の視点をもって、世界をかんする……と言う方が適切かもしれん。

 論より証拠じゃ、見てみるがよい」


 神様の言葉が終わらないうちに、僕の頭の中には大量のイメージが流れ込んできた。

 それは、僕がこれから転生するべき世界のありのままの姿だった。


 人間、エルフ、ドワーフ……ゲームやアニメでお馴染みの種族に加え、猛々しい獣人、冷たい肌の蜥蜴人リザードマン、翼をもって天かける鳥人など、さまざまな種族が時に睦み合い、時に争って暮らしている。

 中には悪魔崇拝の邪教を信じる集団もいれば、神の大いなる力を得て奇跡を起こす聖人、絶大な力をもった古代龍、人の英雄たる勇者……そして、人類の敵対者である〝魔王〟すら存在していた。


 文明のレベルは中世ヨーロッパを彷彿とさせる、いわゆる〝ナーロッパ〟の世界だ。


 こめかみを押さえながら、僕はイメージの奔流を自分なりに理解し、必死で咀嚼そしゃくしようとした。


「だっ、大体分かりました。

 ……それで?

 僕のいた世界では、こうした異世界転生が起きる場合、主人公には特殊能力というボーナスが与えられるのがお約束なんですけど……」


 神を名乗る老人は、白い髭をしごきながら機嫌のいい笑い声をあげた。

「もちろんじゃとも!

 そうでなくては罪滅ぼしにはなるまいて」


 そして、老人はずいと身を乗り出した。その表情は一瞬で真剣なものへと変貌している。

「よいか。おぬしには無限に近い魔力と、第七水準レベルまでの魔法を自由に操る能力が与えられる。

 それはこの新たな世界では絶大な力となろう。

 場合によっては世界を滅ぼしかねん危険な力でもある。心して使うがよい!」


 怖い目をした神様が重々しい声で告げるが、僕からすればそれもまた〝お約束〟の世界だった。


「第七水準レベルですか……。

 魔法のことはよく分かりませんが、つまりは魔法の段階ってことですよね?

 それはどのくらいまであるのですか?」


「第十水準レベルまでじゃな」

「えー、じゃあ第七が最強ってわけじゃないんですね?」


「馬鹿もん!」

 突如として何もない空間に稲妻が光り、雷鳴が轟いた。

 雷が落ちるというのは、ここでは比喩ではないようだ。


「よいか、おぬしが赴く世界では、よほどの修行を積んだ魔道士であろうと、第三水準の魔法を唱えるのがやっとなのだぞ!

 そして、そんな高位魔導士は世界に十人といないのじゃ!

 古き種族のエルフの長老でやっと第五水準、世の始まりより生きる古代龍のみが第六水準までの魔法を唱えることができる」


「じゃあ、第七水準というのは……」


 老人はうなずいた。

「わしら全能たる神のみが行使できる最高にして最大の魔法じゃ。

 つまりはおぬしには、神に等しい力が与えられるのじゃ!」


「ちょっ、ちょっと待ってください!

 第七水準で神の力だって言うのなら、第八から第十水準の魔法って何なんですか?」


「そうさの、第八水準は界王様・・・がお使いになる魔法じゃ」


「第九は?」

大界王様・・・・の魔法じゃの」


「ひょっとして第十って……」

「うむ、界王神様・・・・の専用魔法じゃ。

 ああ、界王様と言っても人間には分かるまい。説明をしてやろうか?」


 僕は慌てて手を振った。

「いえ、結構です。

 自分が使えない魔法のことを聞いても仕方ないですから……完全に〝ドラ○ン○ール〟のパクリだし」


「何じゃ? 今、さらっと何か言わなかったか?」

「やだなぁ! 気のせいですよ。

 とにかく、僕は最強の存在として転生するというわけなんですね!

 よく理解しました」


 笑顔で答えた僕に対して、神様は急に表情を曇らせた。


「それはそうなんじゃが……。

 実を言うと、それには一つ条件があるのじゃ」


「七つの玉でも集めて龍に願いを捧げるとかですか?」

「そうそう、それで思わず『ギャルのパ○ティーおくれ!』と叫んだりしてな――って、アホか!

 いやしくも神であるわしが、そんな後出しジャンケンをすると思うか!」


(勝手にのりツッコミしたのは神様の方なのに……)

 僕の非難を込めた視線から目をそらし、神様は咳払いをした。


「条件とはな、おぬしの覚悟を聞かせてもらう――ということじゃ」

「覚悟……ですか?」


「そうじゃ。

 世界の命運を左右する力を与えるのじゃ。

 わしはおぬしがその力を使って、新たな世界で何をしようというのか――その覚悟を聞きたいのじゃよ。

 勇者として降臨し、人間世界を統一してすべての異種族を支配するのもよいだろう。

 弱き者に力を与え、強者をくじいて、あらゆる種族に平等の機会を与えるもよし――例えそれによって、混沌と争いの世紀を招こうとな。

 あるいは、暴虐の魔王に加担してあらゆる他種族を滅ぼし、魔族による永遠の平穏を実現しても構わん」


「……神様がそんなことをお許しなってもよいのですか?」

 僕が疑いの目を向けると、老人は凄まじい表情でにやりと笑った。


「勘違いするでない。

 神は人間という一種族だけの味方ではないのだぞ?

 世界に存在するありとあらゆる種族に対し、偏らぬ愛を注ぐのがわしら神という存在じゃ」


 なるほど、神様の言うことは筋が通っている。


 それならなぜ、人間である僕に過剰な力を与えるのだろう? ……という気もするが、とりあえず僕にとっては都合のいい話だからそこはスルーしよう。


「なるほど、神様の言わんとする意味がだいたい見当がつきました。あなたはこう言いたいのでしょう? 『お前は何を成すのだ』と!」

「つげ義春のセリフ臭いが、いかにも!」


 僕はすうっと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そして顔を上げたとき、僕――聖護院騎龍の心は決まっていたのだ。


「理想のハーレムを創ろうと思います!

 だから神様、お願いです! 僕に力を貸してください!」

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