記憶
「…9年後かぁ。」
僕の持っている解析機能では、パールを解析することはできない。可能性として、僕が地球へと送っている情報はパールを経由しているので、パール自身の情報もそれに乗って送られているはずだ。パールの正体も地球で解析されればわかるかもしれない。ただ、それは光に乗せた通信なので、リターンは早くても9年後だ。
気になるといえば気になることがひとつある。今現在まで地球からのリターンは、ただの1度も無い。三百年以上の航行中、毎日のようにお百度送信していたのだが…、確かに何の進展も、何の新しい情報も無い空送信だったけどね。
この星からの初めての送信から、およそ1年と5カ月。それに対してのリターンもまだまだ先だ。
「どうしたの?ヤトリ、変な顔してる。」
「これ、僕の真剣な顔。」
「似合わない。」
…失礼な。子供というのは言葉に遠慮がない。
今のマキの発言は、ハラスメントだ。フェイスハラスメント。生まれ持った物に対する誹謗はいじめだぞ。
僕がそう思えばだけど。
結局のところ先日のオーガの襲来は、この村の人達の大多数にとっては、直接的には影響がなかった。亡くなったガンドフさん達には気の毒なことだったと、お悔やみを言う程度の出来事だった。
村長が遺族のフォローに走り回っているので、今日は休日かと思いきや、そうはならなかった。何故か隊商の護衛のひとりテーキットが、村長の代わりに稽古をつけてくれることになった。今は散々走り込みをおこなった後、休憩しているところだ。
「よーし。稽古を始める前に、お前達に良いものを見せてやろう。」
テーキットは腰に下げたポーチから、「お前達、これが何かわかるか?」と、小さな珠を取り出した。翡翠のように見えるが、わざわざ聞いてくるところを見ると、違う何か特別なモノなのだろう。
「魔力のコントロールはできるな。」
「「「うん。」」」
もちろんだと、ヤン、マキ、僕は同時に頷いた。
「よし、ヤン。お前この珠に魔力を流し込んでみろ。」
「え?まだ僕達、精霊と契約していないから、魔力を身体の外には出せないですよ。」
「なんだ、知らないのか?魔力を物に通すことは簡単だぞ。」
「「「なんですって!?」」」
また、3人揃った。
「親指と人差し指で輪っかを作ってみろ。そうしたら、指に沿って円を描くように魔力を回せるだろ。その感覚を忘れるな。」
僕がそれをやると、血を見る未来しか見えない。
だが、ヤンとマキには出来る。
「これを、その2本の指でつまんで、同じ感覚で魔力を回すんだ。そうするとこのヒースィにも魔力が流れる。」
今、訛った。いや、噛んだのか?
「あ、流れた。」
「うむ。このヒースィは特に魔力を通しやすいからな。ヒースィのような魔力を通しやすい素材は、度々魔道具の材料として利用されるから、覚えておくといい。逆をいうとヒースィを使用している魔道具は、素人でも扱いやすいんだ。」
噛んだわけじゃない。やっぱり翡翠ではなく、ヒースィだ。魔道具とかなんとか、少し気になるけど、そんなことどうでもいい。実は地球にも共通して存在するモドキ物で、名前が異なる物に出会ったのは初めてである。
それとも、翡翠が魔道具の材料として使われることでヒースィにバージョンアップしたのだろうか?
しかし、そんな僕の思いをあざ笑うかのような、特異な現象が目の前で展開する。
ヤンのつまんだヒースィが淡い光を放ち、人の頭ほどの大きさに膨れ上がる。すっぽりとヤンの手を包み込んでしまった。
まるでドラ☆もんだ。
それはさておき、つまりこのヒースィは魔道具だったわけだ。この魔道具の猫の手には、対になる魔道具、目があるらしい。
目は見たモノをそのまま記憶する魔道具。手はその記憶を保管および再生する魔道具。カメラと閲覧用端末である。
「わぁ、キレイな子。」
「これは、ふた月前にキョウトで行われた、皇族のパレードだ。8歳になった皇子様のお披露目を兼ねたお祝いのパレードだ。今映っているのがその皇子インカ様だ。隣にいるのがそのひとつ上の姉トア様だ。」
今、トアと言った。
ヒースィに浮かんだ映像は、色はヒースィにの色に影響されて褪せて見えるが、解像度は申し分ない。
少し成長したトアがそこにいた。無事だったんだ。
身分の高い家の子とは思っていたが、まさか皇族だったとは、トア。カメラが少し横に振れると、トアの乗る御車を引く馬の手綱を引いているのは、メイコさんだ。よかった。ふたりとも無事で…。
結局、僕には何もできなかったけれど、こうして元気な姿を見ると、勝手な想いではあるが、肩の荷が下りた気がする。…でも元気な姿か、何だか以前にあった時に比べて表情が乏しい気がするのは気のせいだろうか。
ま、以前とは状況が違うわけだし、そういうものなのかな?
「ふーん、皇子様たちはこんなに小さな珠の中で暮らしているんだね。」
きた。田舎っ子勘違い。
「違う。違う。これは、撮った映像だよ。それを読んだだけだよ。」
「獲った?呼んだ?」
まだまだ勘違いは進行中。そしてテーキットは早くも説明をあきらめた。
しょうがない。僕が代わってあげよう。
「マキ、これはね、この中に人が入っているわけではないんだよ。この中には記憶があるだけなんだ。」
「きおくって?」
「そう、記憶…。じゃ、マキ。目を瞑って昨日の晩御飯を思い浮かべてみよう。」
「ふぉぉ、オ、オムレツ!」
「え?オムレツですって。いいな、いいなぁ。」
「でへへ、おいしかったなぁ。」
マキの変顔ってば…。
そして、なぜか隣でヤンも変顔。
良い記憶は、美化されるってことかな。
しかし、僕の記憶はデジタルデータで残るから、そういう誤差は生まれない。そう考えると、少し寂しい気にもなるが…。
そういえば、この世界に来て、卵というものを食べていない。何の卵だろう。この村で鶏飼ってる気配はないのだが。いや、気になるところだが、今は我慢だ。
「どう?オムレツの絵が思い浮かんだでしょ。それが記憶。」
「おぉ、記憶。」
「そう、そう。」
「…あぁっ!ってことは食べちゃったってこと?」
むぅ、手強い。
SFですが…、 ○たらならくだ @takashi-ogo
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