魔力そのものだけでは、物理的に影響を及ぼすことはできない。

 これはそういうものだ。村長からもそう習ったし、実際に訓練を初めて数カ月、魔力が体内、外含めて何か影響が出たことはなかった。

 しかし、今は違う。何がきっかけになったのかはわからない。というか現状もよくわかっていない。僕の魔力が変質したのか、訓練によって魔力が強まったからか、それとも何か別の理由か…。

 僕の魔力はそれのみで物理的に作用する。


 気を付けなければならないのは、基本的に魔力というのは未だ謎に包まれた『マイナス質量の物質』に影響するものということだ。これは物理的に存在しえない物なので、これをどれだけ圧縮したり加熱、冷却しても液体や固体になることはない。僕の魔力の及ぼす物理的な影響というのは、いわゆる魔法的に水を発現させたり炎を発現させたりというものではなく、『マイナス質量の物質』を動かして偶然それと衝突した分子が影響を受けるというきわどい代物だ。ある意味、放射線のようなイメージと言っていい。


 今回はオーガの頭蓋の中で魔力をフル回転させ、脳ミソを破壊しようという魂胆である。

 全力で3秒間続けると魔力切れで意識が飛んでしまうので、2秒間シェイク、シェイク。途中、微かに抵抗があった。おそらくは身体に残った力で回復を試みたのだろう。それもすぐに消えた。

 そしてオーガの身体から、命が消えた。


 成功だ。

 意識は飛ばないで済んだが、それでも魔力を使いすぎた。頭がフラフラする。全身から汗が噴き出してくる。かなりコスパに難のある攻撃だ。使いどころを間違うと命に係わるな、これは。

 そう、もっと短時間で効果を出せるように練習しよう。…あと離れた所からの使用が可能になれば、暗殺とかイける系?ますます忍者っぽくなる?

 いや、そもそも根本的な問題として、魔法の謎を解明すれば良い話ではないか?


 僕はそんなよそ事に思い耽っていた。


 このオーガとは正面から向かい合っていたので、その背中は完全に死角になっていたのだ。

 そこから「ぬっ」と影が躍り出た。

 その影はオーガの背中に刺さっていた1本の剣を引き抜き、まっすぐ振り上げた。


 オーガの生き残りか。

 か、身体が動かない。


 影の一閃。

 僕はまた死ぬのか。…おしっこチビリそう。


 しかしその剣は、僕ではなくオーガの首を切り落とした。


「仕留めてやったわぁ!ガハハハッ!」


 ガンドフさんだった。すごくハイになっている。


「まったく、なんてジャンプ力だ。着地の衝撃で一瞬気を失ってしまったではないか!しかし、その衝撃で己の足を潰すとは、限界を知らぬ未熟者め。儂の敵ではなかったな!ガハハハッ。…ん?」


 目が合った。


「なんでガキがこんなとこにいるんだ?」


 睨まれてる。…わかっている。歓迎されないのは重々承知だ。


「あぶねぇだろうが!ガキは家でおとなしくしてろー!!」

「はいー。」


 ガンドフさん激おこ。僕は逃げるようにその場を後にした。



 ひとまず村長の家に避難していようか。


 村の中央広場は、中央広場といってもかなり村の北寄りにあるのだが、少し高台になっていて、村の半分は見渡せるようになっている。その中央広場を越えて南東へ少し行くと村長の家だ。因みにおじいさんの家は南西にしばらく行って小川を渡り、更に小さな丘を越えた向こうの外れにある。


 中央広場への緩やかな坂道の途中で、僕は入り口広場の方を振り返った。オーガが消えるのを確認したかった?いや、ただなんとなく気になったという方がしっくりくるか。


 身体が大きいだけに、灰になるのにも時間がかかるようだ。そしてじわじわと、結局何なのかわかっていない何かが、僕の中に流れ込んでくる。

 今回はいつもと状況が違っていた。その何か、により魔力が回復しているのだろうか、フラフラしていた身体がすっきりした。



 オーガの身体がサラサラと灰になって消えていく…が、消えきらずに何か蠢くものが残っている。ドロドロと地面が鳴る。

 それは黒い霧のように辺りに拡がるものと、赤茶けた地面を覆うものとに分離していった。それぞれが、ガンドフさんやポンコツ達に纏わりつく。振り払おうと藻掻けば藻掻くほどに、黒い霧は濃く身体を包み込んだ。


 ガンドフさんの身体が崩れた。


 黒いモノが身体から離れると、残ったのは赤茶けたモノ。そこにあったはずのガンドフさんの身体は、文字通り崩れて、消えた。

 ポンコツ達も同じように消えた。


 骨すらも残っていない。



 蟲だ。

 よくよく目を凝らすとひとつひとつの粒が見える。黒い霧のように見えたのは、蚤だ。ぴょこたんぴょこたんと跳ね回る蚤が、何万という単位で集まって霧のように見えているのだ。

 地面に拡がるのは、蚤と一緒にオーガの毛の中に潜んでいたダニやシラミと、ミミズのように見えるのは腹の中に飼っていたサナダムシや回虫等だろう。まだ他にもいろいろな種類の蟲がいそうだが、詳しく調べてみないとわからない。

 しかし、そんな余裕はなさそうだ。

 共通して言えるのは、虫と同様に巨大だということだ。4~5cmの蚤、数万匹が20m以上も跳ね、15cmの数万匹のダニが這い、50mを超えるサナダムシやら回虫やらがのたうつ、ナメクジや蛆のような様相の蟲(ジストマ等の吸虫か、あるいはエキノコックス等の類か?)達に至ってはミンチ肉のように折り重なっているため、最早数字の予想すら立てられない、不気味な地鳴りが絶えず空気を震わせる。ある意味、阿鼻叫喚の地獄絵図だ。

 救いは蟲には目的がない事だ。本能のままに周囲の喰えるものを喰う、それだけだ。だから進行速度はそれほど早くない。


 1匹ずつなど、とても相手にしていられない。まとめて駆除するためには、火か。…僕にはそんなスキルが無い。村長がいれば魔法が使えるのだが、今は丘の向こう側だ。


 そういえばもう一人いたな。この村で魔法が使える奴。


 ガンドフさんの孫アーロン。

 ただ、アーロンはそれほど魔法の巧者ではない。というか村長でも、あれだけの数の蟲達を殲滅させることはできないだろう。


 殲滅は無理か?であれば、被害の拡大を防ぐ?であれば、進路を遮るか、それとも逃げるか。逃げるにしても地下などに隠れるか、村を捨てるか。



 僕はただの観測員だからと、傍観者を決め込むという選択肢もあったり、なかったり。…いまさら、それはないな。


 さて、最善手は?





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