続・ポンコツ
ガンドフさん、あなたは戦士としては優秀ですが、指導者の才能には恵まれなかったのですね。
4人のガンドフさんの道場の馬を与えられなかった門下生達(ポンコツ組)は、まんまとオーガを村へ招き入れてしまった。オーガの姿が村の結界の中に消えた。そして、それを追ったポンコツ組も結界の中へ消える。
全く躊躇なく入ったけど、大丈夫かな?彼らはどうやら、精神的にだけは鋼のように強い、らしい?
地面からの振動で、オーガのおよその位置を特定する。入口付近で止まっている様子はないので、僕も村の中へ入った。
この短時間の内に何があったのだろう。4人はすっかりオーガに蹴散らされていた。死んではいないようだ。それぞれ腕や足があらぬ方向に曲がっており、患部を抱えるようにして呻き声をあげていた。村人AとBは共に行方不明。見張りは見張り台の上で固まっている。
オーガは広場の真ん中程からこちらを見ている。といっても、僕を見ているのではなく、もっと遠く、背後の丘の向こうを見ている様子だ。
オーガが大きく息を吸い込む。次の瞬間オーガの口から、悲鳴のような甲高い声が発せられた。
この超音波のような声は、僕に対する威嚇ではない。もしかすると仲間を呼んでいるのではないか?
兎にも角にも、この声を止めよう。
オーガはまるで猿のように歯茎まで剥き出し大口を開け、顔を空に向けている。こちらを警戒する様子は一切ない。
「キャァァァァァァァァ、ッ…。」
踏み込みは一瞬。10mくらいの距離であれば、コンマ1秒で相手の懐に入ることができる。低い姿勢であれば、オーガが例えこちらを見ていたとしても、対応できないだろう。
小細工なし。真正面からの体当たりで、オーガの身体は広場の区切りまで15m飛んで、どんぐりの木に激突した。オーガの毛はふんわりと柔らかい手応えだった。こんなモフモフは嫌だランキングでトップ3だ。
「よし、止んだ。」
しかし、魔物相手にここでは止まれない。僕は止めを刺すため、ポンコツ組の持っていた剣を取り上げて、オーガを斬り付けた。
「キーィッ」と、黒板を爪で引っ搔いたような嫌な音がした。
刃が通らない。オーガの身体に触れた感触では柔らかい毛だったが、対刃性能は高いらしい。
ガンドフさんは簡単に斬っていたけれど、あれが腕の差というものか。
しょうがないので、右手をグーに、それを左手で包み拝む形に握り込む。通常のパンチの倍の重みを叩き込めば衝撃も倍。通称?拝みハンマーを首筋に叩き込むと、オーガは地面に突っ伏した。
しばらくすると、オーガはサラサラと砂のように溶けた。
さすがに今のは誰かに見られてしまった?いや、見られていない!
僕が周囲を見回すと、皆一様に頭を抱えてうずくまって動かない。先程オーガが奇声をあげた時からなのか?誰一人として周囲に気を配る者はいないようだ。なんてことだ。
その時、オーガだった物が揺れた。死んで完全に粒子状に溶けてしまっているが…。
「地面が揺れている?」
「ズーン。」、「ズーン。」、…、間違いない。地面が揺れている。だんだんと揺れが大きくなる。それと共に鈍い音が近づいてくる。
北の丘の方を振り返ると、特大オーガが走ってる。普通に走ってる。まるでトリックアートでも見ているかのように、普通に走ってる。
村を包む結界には気配遮断の効果があるので、ある程度の音は結界に吸収されるはずなのだが、あのオーガの奇声はそれを飛び越えて仲間の耳に届いたらしい。流石に声の発信源までは正確に伝わっていないのか、結界の手前で特大オーガは一瞬の躊躇を見せた。結界の認識阻害が効果を発揮しているのだ。
真正面から向かい合うと、その大きさに圧倒される。向こうからこちらの姿は見えていないけど。
少し前傾した姿勢が、まるで倒れてきそうにこちらを圧迫する。
辺りに異臭が立ち込める。よく見れば傷だらけであるオーガは、元からの魔物臭に血の臭いや皮膚の焼けた臭いが混ざった不快な異臭を放っている。
身体のあちらこちらに剣や槍が刺さっているが、これらがオーガにとってどの程度のダメージなのか。
オーガが跳んだ。
自分の感覚よりも、仲間からの声を信じたということなのか。半分破れかぶれといった心情かもしれないが、この村の結界に対しては非常に有効と言わざるをえない。結界には侵入を物理的に遮断する効果は一切ないのだ。
このままだと…、とはいってもこの特大オーガ程の質量を、滞空中に軌道を逸らす方法等、さすがに持ち合わせていないので、その着地点は結界の中である。
魔物となると、筋力量に対する運動効率の比が、人間のモノとはまるで違う。跳んだオーガの身体は、30m上空までゆっくりと上昇して、こちらへ向かって落ちてきた。
「ゴヴァーン!!」
オーガの着地は、ほぼ爆発であった。その衝撃は地面を割り、辺りに湿った土煙を巻き上げた。飛び散った破片は周辺の木々や見張り櫓をなぎ倒したが、僕はそれを地面に伏せてやり過ごすことができた。
幸いポンコツ組も無事だった。うずくまっていたため地面の破片を回避できていたようだ。見張り役も無事。こちらは当のオーガの身体が壁になっていたのか、櫓は倒れたものの破片の直撃はなかったようだ。櫓の破損個所を見ると、オーガの着地点があと1mずれていたら直撃していただろう。運が良かった。
湿った土煙はすぐに地面に落ち着いた。
そこに残ったのは、間近に見るとまさに山のような、狂暴な躯体で村を蹂躙しようと低い威圧的な唸り声をあげる特大のオーガ…、ではなかった。
そこには、着地の衝撃で太腿から下を失ったオーガがいた。威圧的な唸り声ではなく、痛みをこらえる悲痛な呻き声なのかな?うん。さすがに生身の肉体はあの衝撃に耐えられないということだ。魔物とはどこまでもファンタジーにできているのかと思っていたが、多少の物理的な常識は通じるようで、ちょっと安心した。おそらく腰などもヘルニアじゃ済まない惨状なのではないだろうか。
僕のデータベースのオーガの注釈に『体躯と生態のバランスが取れていない残念な魔物』と、書き加えておこう。
どっちも、ポンコツだ。
両手を前についたオーガ、分厚い毛皮の奥の表情までは読み取ることはできない。
オーガの渾身の一撃。腕を高く掲げて振り下ろす。
それは狙いが定まらず、僕からは明後日の位置の地面を割る。
これまでの無理な攻撃で、オーガの手も歪に変形していた。
肘をつき崩れ落ちるオーガ。僕の身長よりもはるかに大きな顔が目の前にある。オーガはまだ闘争本能を失っていない。
何より息がくさい。
僕のような小さな身体で、どうすればこの特大オーガに止めを刺せるだろうか。並の攻撃では皮膚がへこむくらいのモノだ。音速を超えて衝撃波を発生させれば、あるいは…。しかし、ある程度以上の攻撃は、このオーガ同様、僕の身体が持たないかもしれない。
大きさの壁だな。
ただ大きいというだけで、これだけ面倒なものになる。
可能性があるとすれば、『魔法』、いや魔法じゃなくてもいい。…『魔力』。そうだ。魔力。
魔法を使えない僕が、自分の皮膚組織を破壊した、魔力。
魔力を使えば、この巨体の内部を破壊し、止めをさすことができる?
あれは、使いすぎると3秒程で意識が飛んでしまう、諸刃の剣だ。しかし、いろいろと実験、検証する事こそ僕の義務でもある。
気持ちを切り替えて、僕は掌をオーガの眉間の辺りにかざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます