ポンコツ
ここに来る途中にすれ違った2頭立ての幌馬車の荷台に、オーガが乗っていた可能性がある。確証はない。
馬車とすれ違った際に幌の破損個所から少しだけ覗いていた毛皮が、目の前で戦闘中の小さい方のオーガの毛並みと酷似している、というだけだ。
しかし、あれがオーガだったとしたら、御者が荷台にオーガがいることに気付かずにそのまま村に入ったら、村の入り口にはオーガの声だけで腰を抜かす村人AとB、見張り役しかいない。
幸いここのオーガ達は、村長達、隊商の護衛達で対応できそうだ。
駆け付けた勢いそのままに、格好良く昇竜剣(勝手に命名)を決めたガンドフさんが、空中の隙をつかれて特大サイズのオーガの平手打ちで10m程吹き飛ばされた。うまく受け身を取ったので、ガンドフさんにはそれほどダメージは無いように見える。
ガンドフさんの剣は上手く入ったと見えたが、やはり大きさというアドバンテージは大きく、特大サイズのオーガには致命傷に至らなかったようだ。
とはいえ、村長からの援護もあり、ガンドフさんは体制を立て直し攻めの体勢を維持できている。善戦している。この調子でいけばそのまま押し切れそうだ。
馬車の影に隠れている人達の状況を確認しながら、襲われた時の状況も聴取しよう。それで先行した馬車の様子がわかるかもしれない。
僕は戦闘地帯を迂回して、隊商の背後へと向かった。
すると、元の位置からは確認できなかったが、いまの戦闘地帯から隊商を挟んだ向こう側にも、戦闘の痕が見られた。6人の遺体がそのままになっている。魔物は絶命すると消えてしまうのでわからないが、もしかすると村への伝令が出た後、背後からも新手の魔物に襲われたのか。だから馬車は動けずにいるのかもしれない。
商人や御者等の戦闘に参加していない人達は、馬車の影に隠れて状況を見守っていた。最悪荷物を盾にして逃げるつもりなのだろうか、馬車を横に並べて彼らはその後ろにひと固まりになっている。
「手こずっているな。」
一番手前の小太りの男性に、あたかも隊商の一員のような口ぶりで、背後から声を掛けた。戦闘に夢中でこちらを振り返ることなく男性は答えた。
…護衛以外の商人や御者等、15人。全員怪我は無い。
…元々20人いた護衛は、もう今戦っている3人だけ。
…護衛であるにもかかわらず特大オーガを見て逃げ出したのが、そのおよそ半数。
…丘の上の大きなモミの木。と思ったらそれが特大オーガだった。
…最初に特大オーガに取り付いていた4匹のオーガに襲われた。
…その内の2匹は特大オーガの攻撃に巻き込まれて死んだ。
…その隙に伝令と荷馬車が1台がオーガの包囲を抜けて村へ走った。
…1匹のオーガが伝令を追いかけていたが、無事に村に到着しただろうか。
…時間差で、特大オーガからもう4匹、背後から6匹加わった。
…背後からのオーガ達は、最初から傷を負っていた。
…逃げ出した護衛達と戦闘があったのだろうか。
…話しているうちに小型オーガが討伐されて、残るオーガは特大オーガのみ。
およその状況は確認できた。
「背後も少し警戒した方が良いですよ。」
「え?おま…、あれ?」
男がこちらを振り返る気配を察知して、僕は姿を見られないようにその場を後にした。
…隠密っぽくてワクワクする。
とりあえずソナーで周囲を索敵して背後に危険はないことは確認済みだ。ただ、それっぽい事を言ってみただけのこと。
男は辺りをきょろきょろと見回したが、話をしていたはずの僕の姿はそこにはないのだ。
しかし今の話からすると、伝令はオーガを振り切って村へ到着している。しかし伝令に振り切られたオーガが、後続の馬車に取り付いたということは十分に考えられる。
一刻も早く村へ戻った方がよさそうだ。
僕はこの場を離れ、全力で村への帰路を急ぐ。
いくら僕が馬より速く走れるといっても、せいぜい倍速程度なので、1時間くらいかかる。途中、徒組が時間稼ぎしていてくれると助かるのだが。期待半分で。
ふと思った。僕がこの世界に来てからおよそ2年、できることが随分と削られた。
僕というよりかは、最初はただ『カプセル』と呼んでいた物。『カプセル』があれば、原子レベルでの原料さえあれば様々な物を創ることができたし、逆に分解もできた。人間(僕)すら創れたのだ。その他にも分析、鑑定等多数の機能があった。
それが今では、ごく一部の機能が僕自身に移植されたのみで、あとは大体その辺りを飛び回っている、何処にいったかな?…あ、いた。どこまでの機能を引き継いでいるのか不明、普段の居場所も不明、よくよく探せば近くにはいるのだが、何を考えているかも不明、敵なのか味方なのか、存在そのものが良くわからない、小さな女の子っぽい、羽も無いのにそこらを飛び回る何か、不明尽くしのパールに奪われた?かたちだ。
なにせ名前が良くない。あのはねっかえりと同じ名前だ。
もう300年以上昔になるのか。彼女が起こした事件の数々。ほとんどは暴力事件なのだが、何故かその仕返しのほとんどが僕に来るという、なんとも嫌な思い出だ。
僕から彼女には仕返ししないのかと問われれば、迷わずしないと答える。倍返しどころか、それは100倍、200倍になって返ってくるのだから。きっと皆同じ気持ちだったに違いない。
そういえばドックだけは違っていた。あれはどういう理屈だったのか、未だに不明だ。ドックの口からつらつらと流れ出てくる理屈じゃない理屈は、なぜだかパールを閉口させた。具体的にどういう言葉だったか、1文字も思い出せない。理解不能だったので全く記憶できていないのだ。よって解析もできない。
「何か言った?」
「いえ、なにもいってないです。」
急にパールが声を掛けてきた。僕は思わず卑屈な返事を返してしまった。
…。
徒組の6人が見えてこない。同じスピードで走っていれば、もう行き会ってもおかしくはないのだが…。
まず目に入ってきたのは、大破した馬車、散らかった荷物、道端にうつぶせに泣いている御者。やはりオーガが取り付いていたのだ。
「おじさん、大丈夫?」
「こ、こども。なんでこんなところに。ひとりで。」
「オーガは?」
「あ、あっち…。」
御者は、混乱している。言葉が出ずに行先を指さすだけだった。
状況を推測すると、徒組と馬車が行き会うと、経緯はわからないが荷台に潜伏していたオーガとの戦闘になった。そして徒組はオーガを取り逃がしてしまい、追い立てていると…。よりにもよって村の方へ…。ポンコツか!
しかし、戦闘しながらとなると村へ入るまでには、まだ猶予があるということだ。良い方に考えよう。
御者は戦える人種ではなさそうだ。周囲をソナーで索敵して危険がない事を確認する。おそらくこの辺り一帯は特大オーガの存在により、弱いモンスターや動物達は逃げ出したものと思われる。
オーガとポンコツ徒組の位置もわかった。オーガはもう村の寸前まで行っている。僕の足でも、さすがに村への侵入の阻止には間に合わないかな。残念なことに徒組が上手く村まで誘導してしまっている。それでも徒組は4人、オーガに肉薄しているので、すぐに村に被害が出るということはないと思うが。
怪我でもしたのか、2人は途中の道端に留まっている。
「この先、村までは1匹のオーガ以外に危険はありません。途中に村の者もいますので、一緒に村へ向かってください。」
「あ、あぁ。」
「荷は後で回収しましょう。」
「…。」
御者が渋々頷くのを見て、僕は村へ急いだ。すぐにポンコツ徒組の2人を追い抜いた。彼らは、僕が通ったことにすら気付いていないようだった。ポンコツめ。
見えた。徒組の4人にオーガだ。
徒組の方が明らかに及び腰で、オーガを前に攻撃できずにいる。対するオーガは多対1の戦闘を心得ている。引き離しては1人が突出したところを攻撃しているようだ。こんな多であれば一振りで薙ぎ払えそうだが?
そして、ついにオーガが村へ足を踏み入れた。
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