観戦

 村の入り口近くの茂みに隠れて様子を窺う。


 村の出入り口前の広場には、ちょうど村長が到着したところだった。

 村長は広場の中央付近の人集りの方へ真直ぐ向かった。人垣が割れた、その先には見慣れない血塗れの男性が、その側にはやはり血塗れの馬が倒れ寝かされていた。おそらくはこの人が隊商の先触れなのだろう。いや、緊急事態だから先触れとは違うか。隊商の伝令役の早馬だ。

 その側にいる赤髪の偉丈夫は剣術師範のガンドフさんだ。その周囲には剣術道場の門下生達10人、ダメ息子のアーロンの姿は無い。向かい合うように交代で村の入り口の警戒にあたっている村人Aと村人B。


「隊商が魔物に襲われた。オーガだ。小型が2、中型が2、特大サイズが1、計5匹だそうだ。」


 伝令役はすでに話ができる余裕が無いようで、代わりにガンドフさんから村長へ情報が伝えられた。

 オーガといえばそもそも大きいイメージだが、それの特大サイズとは、いったいどの位のモノだろうか。気になる。


「オーガか。しかも特大サイズ。」

「襲われたのは、ここから北の丘2つ目の向こう。」

「馬をとばせば、3時間ほどか。近いな。すぐに出よう。ガンドフ、何人出れる?」

「ここにいる者は全部。馬は5。」

「俺を入れて6だ。それで先行しよう。」

「うむ。」

「よし、行こう。」


 村長の表情がダンディーに、いや厳つく引き締まった。失礼だが、どう見ても悪役顔だ。悪役ギルドとかあったら、売れっ子間違いなし。


 かすかにオーガの唸り声が村にまで届いた。井戸の底から太鼓を叩いたような、腹に響く声だ。かすかにではあっても、力の弱い者であればそれだけで心が挫けてしまいそうな圧力を感じさせる。

 その声で村人AとBは、腰が砕けてしまった。

 


 ガンドフさんを先頭に村長、ガンドフ剣術道場門下生達と続き村を出ていく。ガンドフさんと村長、門下生の内4人が騎乗で、残りの6人は徒である。

 隊列に付いて行きたいが、ここで出ていくのは流石に目立つのでやめておく。


 村人達の注意は村の出入り口に向いているので、僕はそこを少し迂回して、脇の森の中から結界の外へ出た。


 5分程で徒組に追いついた。皆、真面目に走っている。偉い、とは思うのだが、この森を利用しようという人がいないのは何でだろう。重力と遠心力、それに木のしなりを利用すれば、走るよりも余程早く、そして楽に移動できるのだが…。

 つまり、僕が移動しているのは、地面ではなく樹上、木の枝から枝へと渡っているのだ。聞くと難しそうだが、確かに木の幹同士であれば、相当な距離があり難しいのだが、枝同士は絡み合うように伸びているので、そう難しい事ではないのだ。


 これってちょっとした特殊技能?忍者的な?そうか、普通の人だと手の皮ヅル剥けちゃうものね。

 あ、体操競技の鉄棒のプロテクターみたいなもの作ったら、この世界で売れるかな?なんて、そんな目立つことを僕はやらない。


 徒組を追い抜いて先行すると、街道の先、前方に砂煙が立っているのを視界に捉えた。

 騎乗組に追い付いたかと思ったが、違う、砂煙はこちらに近づいてくる。

 2頭立ての馬車だ。

 おそらく、隊商のものだろう。1台だけだが、オーガの包囲を抜けたのだ。

 馬車とすれ違う。幌に少し破られた箇所が見える。幌の穴から、商品であろう毛皮の表面が風に靡いているのが見えた。お高いのだろう。御者も必死である。


 村長に聞いたところでは、隊商は村を通過すると東に進路を変えて、またいくつかの村を抜け、イセの町に向かう。そしてそのまた向こうには、ミカワ、カマクラ、エド等とお馴染みの町が待っている。


 お高い品は、きっとその何れかの町の大店の旦那衆と取引されるのを待っているのだ。


 御者に怪我はなさそうだし、積み荷もそれほど被害はないように見える。

 よしよし、できれば皆無事であって欲しいものだ。騎乗組でも2つ先の丘までは、あと3時間はかかるだろう。隊商の護衛に、それまで頑張って欲しい。もうオーガ達を倒してたりして。


 と、そんな期待を裏切るように、ドーン、ドーンと戦闘の音が響く。この世界には、銃火器の類が存在するのだろうか?


 しばらく進むと、行く先の方に見える砂煙は、今度こそ村長達騎乗組のものである。

 ひとつ目の丘を越えて、目的のふたつ目の丘のふもとに差し掛かったところで、門下生の乗る1匹の馬が潰れた。他の馬達も、もう体力の限界が見えているようだ。村長達は皆馬を捨てて、丘の斜面を駆けあがる。


 丘の向こうに黒い影がゆらりゆらりと揺れている。その動きに合わせるように、轟音と共に地面が揺れる。


 あれが特大サイズのオーガか?

 近づくにつれ、その全貌が見えてきた。


 大きい。人の身長の数倍はあろうかという巨体。横にも大きい。体積で見れば象何頭分だろう。軽く10tは超えているだろう。

 全身を褐色の毛に覆われている。イメージ的にはオーガというより、トロールといった方がしっくりくる。


 オーガの腕が大きく振るわれる。ゆっくりとした動きに見えるが、実際はとんでもなく早い。ゴジラ効果というやつだ?

 その腕が地面を打ちつけると、ドーンという大砲でも撃ったかのような、低い破裂音と振動が伝わってきた。これがドーンの正体か。

 そして、憐れ1匹のオーガがその腕に潰されて、宙に粉と消えてしまった。どうやら特大オーガは、あまり知能が高くないのか、それとも気が利かないのか、細かいことを気にしないタイプなのか。ともあれ、とても残念さんであるようだ。

 潰されたのは、はたして中型オーガだったのか、小型のオーガだったのか、比較対象が特大サイズなのでわからない。ただ、残るのはすでに特大オーガと、今まさに隊商の護衛であろう青年と戦っている、人間サイズのオーガの2匹だけになっていた。


 村長達は迷わず特大サイズの方へと向かった。

 村長は遠距離から魔法で牽制する。得意の火の魔法でオーガの体毛を焼いていく。オーガは叩いて、その火を消そうとするが、その手の重そうなこと。それダメージ入ってるよね。


 ガンドフさんが厳つい体格に似あった、厳つい大剣を構える。魔法は使えないはずだから、スキル的なモノだろうか。周囲の空気が爆発したかのように、ガンドフさんの髪が逆立ち、その手に持つ大剣は炎を纏った。

 ガンドフさんは間合いに入るとそのまま跳躍、同時に炎の大剣でオーガを切り上げた。大剣の切っ先はオーガの胸まで届き、その斬撃の軌跡が一瞬遅れて火を噴いた。

 ガンドフさん、かっこいい。


 特大オーガの長年の汚れの蓄積でダマダマだった毛並みが、炎と自らの血液で見るも無残な姿になってしまった。時折漏れる唸り声と大味な動作が、その悲惨さをさらに増長する。

 それに比べると、人間サイズのオーガは、動きが機敏で毛並みもサラサラ、清潔感があって…。


 その時初めて、僕は自分の見落としに気が付いた。


 先程すれ違った幌馬車の荷台に見えた、毛皮と思われたあれは…。




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