カレンダー

 おじいさんとおばあさんとの団欒のひと時を過ごした。


「そういえぉぁ、そろそろ隊商がくるころだぉ。」

「あ、それターバンさんも言ってた。今日はまだだったみたい。」

「ほぅぇ。なんたぁおもしぉいもんあるかなぁ。欲しいもんあったら言え。買ってやるぉ。」

「ほんと?ありがとう。今から楽しみ。」

「んぉ、んぉ。」


 僕が嬉しそうに答えると、おじいさんもおばあさんも嬉しそうに顔をほころばせる。うーん。顔だけで見ると、どっちがおじいさんで、どっちがおばあさんか、たまにわからなくなる。

 なんて冗談はさておいて。


 寝床に入りもう一度魔力の操作を試みた。

 血の巡りを意識しながら、指の先まで魔力を行き渡らせるようなイメージ。


 また、腕がパンパンに浮腫んでしまった。


 やはり、魔力の流れが物理的に作用するようになっていると考えてよさそうだ。


「パール、いるか?…返事はないけど、いるよな。」

(…いません。)

「お前、俺の身体に何かした?」

(いないって言ってるでしょ。人の話を聞きなさいよ。)

「結局のところ、パールって何?」

(神さ~ま。)


 パールがまた、バカなことを言っている。

 そうか、魔力を逆を流せば浮腫んだ腕は元に戻るのかな。と、試してみると多少の違和感は残りつつも、ほぼ正常な状態に戻った。


(何か言った?)


 魔力は身体にどのように作用するのだろうか。

 魔力の流れを血液の流れに合わせると、それを直接的にコントロールできる。思いつくところでは、それは血止めくらいには役に立つのだろうか?あまり有用性がない気がする。コントロールも難しそうだし。

 例えば、モーターのようにコイルに電気を流して動力を得る的に身体強化とかできないかな。などと指先で試してみれば、肉が裂けた。痛い。


 これでは魔力循環の練習はできない。

 今まではどうしていたんだろう。違いが全くわからない。


(あのさ、何か言えってことなのよ。わかる?わかってる?わかっててやってんの?それ、性悪だわ!やーなの。)

「うるさい。集中できない。」


 魔力は危険だ。知識が無いうちに勝手なことやってると、取り返しがつかなくなるかもしれない。指の状態は、正確に言うと細胞が破壊されていて、おそらく放置しても元の状態には戻らないだろう。僕じゃなければだが。


(ほんと性悪。チートだわ。チート。その割にパッとしないけどね。1回死んでるし。)

「うるせい。よけいなお世話だ。」


 僕の身体は、記録されたデータを元に復元できるので問題がないのだ。ほら、元通り。

 当面、魔力操作の訓練は、体内ではなく体外で魔力循環を行うことにしよう。できるなら、という条件付きだが。…できた。魔力の感じ方も変わった気がする。実際に見えるわけではないが、感覚的にそこにあることがわかるようになった。それにより身体から離れた場所でも、はっきりと魔力をコントロールできているのがわかる。

 もしかすると、この体外の魔力の塊に上向きのベクトルを与えてやれば、自分の身体を持ち上げたりできるのでは?などと一瞬考えたが、嫌な予感しかしないのでやめておいた。


 相手にされないとわかったのか、暇をもて余したパールが、ガリガリと壁を掘り始めた。掘るのはいいけど、後でちゃんと埋めるんだよ。


 ガリガリ…。


 今日は結局、訓練はやらずじまいだったので、今少しやっておこう。体内循環はダメだから、寝転がった状態で、お腹の上あたりに魔力の球を作るような感じで、…体外で魔力を操作すると、魔力量がグングン減っていく。10秒ほどで、魔力が枯渇したからか意識が薄れていく。


 ガリガリガリ…。


 壁に穴を掘り進める音が、やけにはっきりと耳の奥に響く。視界の端に、リズミカルに響く掘削音と愉快な鼻歌に合わせて左右に揺れるパールの小さな尻が、ぼんやりと映った。


 なに楽しくなっちゃってんの。


 と、ツッコミを入れる気力も無く、僕は眠りに落ちていった。



 翌朝は、いつになくスッキリと目が覚めた。体内の魔力が正常値まで回復したからだろうか。今まで魔力は、体内で循環させるもので、消費するものではなかった。だから魔力が枯渇した時の、倦怠感というか疲労感は昨晩初めて体験したものだ。その分今朝は、まるで脱皮したような爽快な気分だ。


 今日もまた、おばあさんの洗濯の手伝いに向かう。洗濯場ではいつも通り、先に来ていたおばさま達が井戸端会議に華を咲かせている。

 ここでも話のネタはターバンさんの言っていた「そろそろ隊商が到着するだろう。」と、都からの土産話を期待したものや、都の商家へ嫁いだ他家の娘さんの話等、ナラやキョウトの街の話が中心となっていた。


 この世界では、統一した暦というものがない。所謂カレンダー的なものは、都の中でも一部の階級の人間が使っているだけだ。大抵は、「日の出が山の一本杉に隠れたら、芋の種撒きの時期だ」とか、独自のルールを持っている。それが他人の違うルール同士で符合するのだから、先人たちの知恵とか感覚とか、おばあちゃんの知恵袋というのか、なかなかに侮れないものである。


 昨晩の残り物で朝餉をかき込んで、村長の家へ向かう。

 今日もセイタは訓練に顔を出さなかった。

 ヤンとマキ、僕の3人で、いつも通りにウォームアップを済ませたら、基礎体力作りのランニングをこなす。ここ最近は実際を想定して、剣や鎧を装備したり荷物袋を背負ったりと、てんこ盛りの内容になっている。

 村長の家で昼食を御馳走になると1時間ほどの休憩を挟む。

 その休憩の前に、僕は1度魔力を消費しようと考えた。魔力がどのくらいで回復するものなのかを試しておきかったのだ。魔法の使用をセーブすれば戦闘中でも回復するのか、それとも一晩寝ないと回復しないのか。


 昨晩と同様に魔力を消費を試みる。

 しかし今回は2度目ということもあり、全力でやってしまったのが失敗であった。同じく10秒は持つだろうと思っていたそれは、5秒で枯渇してしまったのだ。


 僕はそこで意識を手放してしまった。







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