要注意人物

「あらためて言うぞ。ダンジョンには近づくな。」


 村長が厳めしい表情で、ヤンとマキ、僕の3人の前で言った。


「はい!」「は~い。」「へい。」


 返事は三者三様、しかし僕だけ「へい」になってしまった。もしかすると、いくらか表情も引きつっていたかもしれない。が、村長はそれをスルーした。


「小さくてもダンジョンだからな。何が起こるかわからん。それに、…。」

「それに?」

「うむ、セイタのことだがな。あいつが塞ぎ込んでいるのはキョウの件があったからだ。まさかとは思うが、ひとりでダンジョンに突撃しないか心配でな。気をつけておいてくれ。」

「わかりました。」

「あの程度の大きさのダンジョンだ。ひと月もすれば消えると思うが。」


 村長め。「時には思い悩むことも必要だ」などと鷹揚な感じを醸しておきながら、今の口ぶりからするとセイタの件は、どう接すればいいのかわからずにキョドっているだけではないか。


 あそこはもうダンジョン消えちゃったから、問題ないけどね。


(私の活躍のおかげだね。)

(なんだ、パール。そこにいたのか。あれ?ってことはパールの姿は他の人には見えない?)


 パールよ。何を調子に乗っているのか知らないが、お前はダンジョンのコアを丸呑みして、決して人には見せられない恥ずかしい姿を晒していただけだ。


 現在パールは僕の頭の上に居座っている。空中に浮かんでいられるくらいだから重さを感じないので、そこにいるとは気が付かなかった。いれば大概うるさいし。


(見えないのかもね~。)


 パールは調子に乗って村長に向かって、あっかんべ~をしている。両手を使って、あ、両足も使って。女の子がはしたない。しかし、やはり村長には見えていないようだ。


 村長にはいろいろ聞きたいことはあるのだが…、しかし、たぶん村長も知らない。それに、パールの事は知られると面倒くさそう(暑苦しそう)なので黙っていよう。


 ひと通り特訓が終わるころには、理由は結局わからず終いの鬱血していた僕の手は、すっかり普通サイズに戻っていた。


 解散した後、家への帰り道、元ダンジョンだった穴の側。今日の見張りは村の唯一のお店、よろず屋のご隠居ターバンさんだ。そして、セイタの祖父でもある。どうやらこの元ダンジョンがダンジョンでは無くなっている事は、知らないらしい。もし教えたらターバンさんが下まで確認に行ってしまうのだろうか。もし急なスロープで、転倒して怪我でもしたら寝覚めが悪いので、この事は言わないことにする。


「おや、ヤトリじゃないか。今帰りかい。」

「ターバンさん、こんにちは。」 


 あいさつをして通り過ぎようと思ったが、ターバンさんに止められた。

 ターバンさんは丁度ベンチサイズの岩に腰かけていたが、座る位置をずらし僕のスペースを用意した。人のよさそうな丸い顔でにっこりと笑い、隣に座るようにとポンポンと岩を叩いた。


「大変なやつに見込まれたな。」

「え。村長ですか?いい人ですよ。」

「まだ小さいのにな。如才のない事だ。」

「?」

「わからんかな。まぁよく見ておくことだな。あれは人をきることを何とも思わない質だからな。」


 えー。なんだか物騒なことを平気でおっしゃる。ニコニコ顔が一瞬で堅気に見えなくなってしまった。何か村長に恨みでもあるのか、それとも長年商売やってると違うところが見えるのだろうか…。


「それはそうと、キャラバンはもう着いたかな?今日あたりには着くはずなんだが。」

「あ、もうそんな時期ですか。でも、まだ来てませんでしたよ。数少ないイベントのひとつですからね。来れば村中が大騒ぎだから、すぐわかります。」

「受け答えもそつがない。うちの孫に爪垢でも煎じて飲ませてやってくれ。」

「いやぁ、セイタは頼りになるお兄ちゃんです。」

「そうか、…。」


 ターバンさんの表情は僕には読めなかった。視線を少し上に向け、黙ってしまった。僕がこの場をお暇しようと、腰を上げかけた時だった。それを察したように、ターバンさんから声を掛けられた。


「ところで、ヤトリはダンジョンに興味はないのかな?」

「え、えっと…。」

「不自然なくらいに視線も向けないのだなぁ。」


 ターバンさんの不意打ちに、僕は思いがけず「ふご!」と鼻が鳴ってしまった。お年寄り特有の間とでもいうのか、…すごく焦った。


「村長から、絶対に入っちゃダメって言われているから。」

「そうかい…。」

「見てても入れないし…。」

「この周辺できれいな石を見かけたら、直接触れるな。皮袋にでも入れて私の所に持ってきなさい。お小遣いをあげよう。」


 それ、たぶんパールが食べちゃったやつ。

 ターバンさんが意地の悪い笑みをうかべる。


「あ、はい。見かけたら、そうします。」

「あぁ、じゃあな。チョウさんとトキさんによろしくな。」

「はい。失礼します。」


 この人はどこまで知っているのだろうか。ある程度の経緯は村長から聞いているのだろうが、…これ以上話しているとボロが出そうだ。というか、出たのか?だから解放されたのか?




 むぅ。ターバンさん、要注意人物だ。





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