血流

 パールが宝石の原石のような塊を食べた後は、周辺のマイナス質量の物質の流れも緩やかになった。それはどこかへ流れるというものではなく、濃い所から薄い所へと流れ、平らに均される動きに変わったのだった。


 当のパールはというと、口から煙を吐き出しながら宙を漂っているのだが、大丈夫だろうか?ま、浮かんでいる内は大丈夫なのだろう。白目を向いているのはご愛嬌というものだ。


 しばらくすると、ダンジョン特有?の違和感が消えた。あれがダンジョンのコアとでも呼ばれるような物だったのだろうか。それが消えることで、ダンジョンも消えたということなのだろう。

 パールのおかげで、謎は謎のまま、というか謎が増えてしまった。それはそれで調査が進んだ結果だともいえる。これからの調査では、どれだけパールをうまくコントロールできるかが鍵となりそうだ。


 ダンジョンを出ると、すでに東の空はうすく光を帯び始めていた。

 僕はギリギリでおじいさん達が起きる前に家に帰り、何事もなかったように布団にくるまった。

 そして何事もなかったように、1日が始まる。


 おばあさんの洗濯のお手伝いを終え朝食に昨日の晩御飯の残りを食べてから、僕は村長の所へ向かった。道すがらダンジョンだった穴を覗いてみたが、変わりはなかった。誰もいないのを見計らって、中に入って見ても例の違和感は無く、やはりすでにダンジョンではなくなっているようだった。


「おはよう。」

「「おはよう。」」


 村長の家に着くと、ヤンとマキが準備運動をしていた。2人は朝からやる気十分である。セイタの姿がない。ここの所、セイタは精彩を欠いている。キョウのことが尾を引いているのか、ヤンとは対照的だ。


 村長曰く、「人間、思い悩む時間も必要だ!」だそうだ。僕の知識の中から言わせてもらえば、ちゃんとフォローしないと、セイタは潰れる危険性があるのではないだろうか。

 しかし残念ながら、僕の知識が机上の空論であることは、先のおじいさんとおばあさんへの催眠術の件で立証されてしまったので、何とも言い出しづらい。


 そんな他人への心配を忘れさせるくらい、全力で走らされた。キョウの件があって以来、僕も自主的にヤン達の目を気にせずに、全力で特訓に取り組むことにした。

 体力では僕が4人の中で、ずば抜けて高い。大人顔負けどころか並の馬以上だから、それはもう他を圧倒している。

 3分間全力で走り続けて、30秒間の休憩を挟み、また3分間全力で走る。これを10回繰り返すと、みんな産まれたての小鹿のように足がガクガクとしてまともに立っていられない状態になる。一度村長の家に戻ってしばしの休憩となる。

 休憩中はみんな無言だ。話したくても話せるような状態ではないのだ。


 こんな状態でも僕は、体内の魔力の流れをコントロールする練習をする。目を瞑って魔力を意識する。走った後なので、血の流れがいつもよりはっきりとわかる。その流れに魔力も乗せるような感覚だ。今日はなんだか調子が良い。指の先まで魔力が行き渡る感じがする。


「お、おい。ヤトリ、どうしたんだ。それ。大丈夫か。」

「きゃぁ、ヤトリちゃん。その手!」


 ヤンとマキの声にびっくりして、僕は目を開けた。自分の手を見ると二の腕から先が紫色に充血し、掌に至っては倍ほどに腫れあがっていた。


「おぉ、なんだこれ。」

「は、走りすぎたんじゃない?そうよ、きっとそうだわ。少し休んだ方がいいわ。私がパパに言っといてあげる。」

「いや、それ手は関係ないんじゃない。」


 僕の話はスルーして、マキは村長の所に駆けていった。


 とはいえ、なんでかな?

 今まで大概走り回ったけど、こんなのは初めてだ。走ったこと以外といえば、魔力のコントロールくらいしかしていないけど、魔力は物理的には作用しないしな。


 村長は僕の腕を見て、今日の特訓はここまでにするように言った。


「すまん、ヤトリ。少々調子に乗ってやりすぎたかもしれん。」

「いえ、足は何ともないので、特訓は関係ないかと。」

「いや、今日は休もう。時には休むことも必要だ!」


 …ふむふむ、時には休んで、時には思い悩んで…、休んでばっかじゃん。って思うけど、あくまで時にはね、時には。


「魔力が乱れているぞ。なにかあったか?」


 村長がヤンとマキには聞こえないように、僕の耳の側で囁いた。


「え?走り終わって、休んでいる最中に魔力のコントロールの練習をしましたが、良くなかったですか?」

「いや、それは問題ないな。他に…、何かなかったか?今日じゃなくても良い。昨日でも。何かなかったか?」

「さて、…何もなかったと思います。」

「そうか…。」


 まさか、夜中にひとりでダンジョンに降りました、なんてこと言えるはずもない。

 ダンジョンでも特に気になることはなかったと思うが、気になるといえばパールのことくらいか。しかし、これも言えないな。なにせあの石ころの出所は、結界の外だったし。人型の良くわからない浮遊生物がダンジョンでダンジョンのコアを食べちゃったとか、…何ひとつ言えることがない。


 幸い時間の経過で手の腫れは引いていった。特に痛みはなかったので、余程強くではあるが、ただ鬱血していただけなのだろう。


 あくまで僕の予測であるが、魔力のコントロールが影響しているのではないかと思う。村長は違うと言ったが、他に思い当たらない。何かの影響で僕の体内では魔力が物理的に作用するようになったのではないか?


 何かの影響か…。僕、劇的にパワーアップしたとか?そんな都合の良い事が?


 むぅ、…考えれば考える程、パールの顔がちらつく。何故だかわからないが腹立たしい。


 考えてもわかることではなさそうなので、いったん保留にしておこう。


 今日は、ヤンとマキの特訓風景を見学して過ごすことにした。セイタは結局今日は顔を出さなかった。部屋に閉じこもっているくらいなら、外を走り回った方が気が紛れると思うのだが、強制することでもないので黙っておく。


「ファイトォー!」

「「オオー!」」


 村長の掛け声にヤンとマキが応える。ヤンとマキが、日に日に暑苦しくなっていくような気がする。ヤンはまだしも、マキまでこうなるとは思っていなかった。


 僕は家の壁に寄りかかって呆っとしながら、村長の動きを目で追っていた。


「村長。」

「なんだ?」

「村長、今、魔力コントロールしてます?」

「当然だ。何時でもやってるぞ!」

「村長くらいになっても、続けるんですね。」

「日々これ精進!だ。」


 でた。THE日本語、おじさん語だ。この世界には、こんな言葉まであるのか。


「意外か?コントロールするだけなら、どれだけやっても無料ただだしな。はっはっはー!」


 その後も、村長の動きを目で追った。村長の身体に纏わりつくように流れているのが、魔力なのだろうか?

 その流れの中で、火の粉が踊っているように見えた。


 そういえば村長は、火の精霊と契約しているんだったっけ?





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