ダンジョンパワー
夜も更けて、おじいさんとおばあさんはとうに寝床についている。2人が寝入ったのを確認して、僕はこっそりと家を抜け出した。
月は雲に隠れているが、いくつかの大きな星は雲の切れ間に瞬いていた。
僕は夜目が効くので、微かな明かりさえあれば、十分に周囲を見渡せる。常にソナーを稼働させていれば、相乗効果で昼間と変わらず行動が可能だ。
僕の手にはナイフが握られている。何の変哲もない普通のナイフだ。
刃渡りは30cm程度、主に動物の解体などに使われるもので、おじいさんから譲り受けたものだ。
魔物がいることを考えるともう少しリーチの長い武器が欲しかったが、今更ない物ねだりをしても仕方がない。
結論から言うと、パールはポンコツだ。
アレンジと称して、元の大刀がクマのぬいぐるみに変わった時は笑ったが、その後も血の滴るしゃれこうべや羽の生えたブーツ(いずれも特殊効果なし)と続くといよいよ笑えない。
現在は、デコデコに盛られたコンパクトに落ち着いている。落ち着かれても困るんだけどね。パールにとっては自信作らしい。しかし、僕にとっての実用性は皆無である。
気を取り直して、ダンジョンの調査を始めようと思う。
ダンジョンといっても先日入って見た限りでは、ただの竪穴だ。ダンジョン=迷宮、という語意にはそぐわない容貌だが、安全地帯の真ん中にぽっかりと開いた特殊なその空間は、やはりダンジョンと呼ぶべきだろう。
地表に開いた穴の周囲には、3m幅おきに杭を打ち、ロープを渡して立ち入りを禁止している。
立ち入り防止の為、日中は大人達が持ち回りで警戒にあたっているが、夜間は誰もいない。基本本能で動いている魔物は、村の結界の効果もありダンジョンから出てくることはありえないのだそうだ。
ちなみに、その大人達のローテーションの中に、何故か一人だけ子供が含まれている。その子供とは、何を隠そう僕なのだが、「こいつなら大丈夫。」と、村長の太鼓判付きである。自慢ではないが、僕はできる子なのだ。年長のヤンではなく僕というところが、なんともいたたまれない所なのだが…。
「ねぇねぇ、こんな夜更けになにしてんのぉ。何の悪だくみぃ。おじいさんに言っちゃおっかなぁ。言っちゃおっかなぁ。」
そして、できる子の僕の頭の上には、できない子のポンコツパールが居座っている。…差し引きゼロ?
念の為周囲に誰もいないことを確認し、僕はダンジョンへと降りた。
パールが何やら頭の上で騒いでいるが、気にしない。
ダンジョンに入るとフワッとした違和感に包まれる。ダンジョン特性というもので、ここで油断すると出口がわからなくなるのだ。その為、ダンジョンの入り口には、通常出口を示す目印を立てておく。ここでもスロープの途中に矢印看板が立ててあった。
ダンジョンの底に降りると、早速ソナーに反応があった。見える範囲には何もいないことから、また例のモグラに似た魔物だろう。しばらく時間を置いたからか数が多い。狭い場所だが、10の反応があった。
ひとつ試しておきたいことがあった。このモグラモドキ達は僕を視認して襲ってくるわけではないはずだ。嗅覚か聴覚かに反応している。おそらくは聴覚。あ、もしかしたら振動感知ということでいえば、触覚もあるのかな?
ま、どちらでも良いのだけど。
つまりはソナーを応用して、この感覚器官を麻痺させてやろうという試みだ。
ぼえぇぇぇぇーっ!
と、どこかの巨人よろしく、様々な波長の強烈な音波を発生させると、その効果はてき面。魔物達は一様に、悶えるようにして地中から姿を現した。
もれなく魔物の息の根を止めて、安全を確保する。
魔物の亡骸は、灰のようにサラサラと空気中に舞って消える。
魔物の消える様子は、パールの前身時代にスキャンしているので特に必要はないと思うのだが、そこで動くのがポンコツのポンコツたる所以である。
こちらに背を向けているので、パールが何をやっているかまではわからない。こういう子供っぽい所が、面白いといえば面白い。まだ1歳ちょっとの子供の僕としては、見習わなければいけない?
いやいや、ダメダメ。あれ絶対、何かイケない物を口に入れてるよね。
「おい、パール。変なモノ拾い食いしてたらお腹壊すよ。」
「ぎくり。」
ぎくり、じゃないよ。
僕ら両方とも子供なんだからさ、自重しようよ。じゃないと収拾つかなくなるでしょ。あれ?僕、何か変なこと言ってる?
それはさておき、まずはダンジョン内の土壌の成分分析を、続いて空気中の成分分析をおこなってみる。
意外なことに外よりもマイナス質量物質が少ない。少ないというかムラがあるという方がいいのか。魔物の亡骸が空気中に溶けるように、マイナス質量物質に還元されることは確認しているから、この濃度が濃い部分は魔物の影響だろうか。するとダンジョン内は、通常この濃度が薄いか、もしくは存在しないということか。つまりダンジョン内は魔法の効果も薄くなるということか。「固有スキルは魔素が充満しているダンジョン内でのみ使用が可能なのだ。」みたいな、ダンジョンパワーなんてモノは存在しないということか。
てっきりダンジョン内とはこの濃度が飽和状態になることで、魔物が勝手に生える場所なのかと思っていた。
…ダンジョンパワー、ないのか。
静かだと思ったら、パールは物珍しそうにダンジョンを探索してる。ちょうどいいのでパールの機能もリンクさせて、2点を結んだ線での観測に切り替える。線を太めに設定すれば大幅にデータ量も増える。パールの体長以上に太くはできないが。おぼろげながら立体的な動画データを得ることができた。
このマイナス質量の物質は、僕とパールを避けるように動くので動き回るパールの影響で多少の乱れはあるものの、大きく渦を描くようにある1点に向かって動いていた。
そう、まさに今パールが手に取って口に運ぼうとしているその宝石の原石のような塊に向かってって、えぇーっ!
「それー!」
「え?」
僕の言葉にならない制止はパールには届くことは無く、その塊はパールのお腹の中に納まりましたとさ。
「…え?」
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