人型

 「そうだ。ダンジョンに行こう」的に気軽に立ち寄ることができる、近所に開いた小さなダンジョン。そこで怪我をしたキョウには悪いが、折角なのでダンジョンというものを調査したい。

 グラディオ・エクス・マキナを連れて行こうかと思ったのだが、すっかりパールに乗っ取られてしまっていた。まさかのまさかの事態である。


 油断していた。パールにAIを乗っ取るような力があるとは、夢にも思っていなかった。


 ただ乗っ取られたとはいえ、通信は生きているし、データの検索や登録もできる。今こいつがどういう状態なのか、不明な部分が多い。特にこちらに敵意を向けるようなそぶりもないので、しばらく様子見することにする。

 とりあえず、アカウントは乗っ取られてしまったので、都合上グラディオ・エクス・マキナ改めパールと呼ぶことにしよう。


 パールは元の機能をそのまま引き継いでくれている。問題はない。少しやかましく、少し気まぐれになった程度なら許容範囲だ。


「なぁ、パール。…。」

「…。」

「おーい。聞こえてるかぁ。」

「…。おーい。聞こえないよ~。クスクス。」


 なかなかに面倒臭い。一時的にでもこいつを許容した10秒前の自分に、お前はバカだと言ってやりたい。


 使えない。廃棄してしまおうか。そうだ、裏山に埋めてしまおう。


「ちょ、ちょっと?なによ。怖い顔して黙っちゃってんの。用事があるのはそっちでしょ?呼んだのなら用件くらい言いなさいよ。きゃあ、さわんないでよ、セクハラよ、セクハラ。」


 パールを持ち上げようとするが、びくともしない。なんでこんなに、…


「重いっ!」

「な、レディに対して、なんてこと。っていうか、あ、これ重いわけじゃなくて…。」

「?」

「面倒だったから、地下のプールと身体を直で、物理的にパイプで繋げちゃったのぉ。ワラワラ。でも大丈夫、簡単に着脱できるようになってるから。いや、でもやだ。脱しない。あなたろくでもないこと考えているでしょう。そんな顔しているわ。絶対に動かないからね。」


 そんな、ろくでもないやりとり。

 しかし、あの優秀なAIさんがいなくなって寂しいと思う反面、感情らしきものを持ったパールへの変化が楽しくなってしまっている自分に気付いて、複雑な心持になってしまう。

 それよりも、パールの言葉がやたらと流暢になっている件。


「パールって結局、何者?」

「さぁ。」

「ほんのひと月前まで、石っころだったのに。」

「石っころ言うな!」

「もしかしてパールって、人間よりよほど知能が高い?」

「えっへん、当然でしょ。わたしってすごい!」


 気を良くしたのか、パールがパールの中から出てきた。…。

 出てきたパールは石っころではなく、人の形をしていた。大きさは拡げた掌くらい。人型とは驚いた。…卵から孵った、ってことかしら?人としてあり得ないサイズからくる違和感で、まるでホログラムでも見ているようだ。

 浮いているし。

 せめて羽があれば妖精さんとでも思えて納得できるのに、それがない人型だと只々気持ち悪いって不思議。


「なんか、失礼なこと考えてない?」

「両方パールだと具合が悪いな、って思っただけ。」


 僕が人型パールと武器型パールを見比べると、その目線にあわせて人型パールが、武器型パールを見下ろした。人型パールの表情が抜けていく。


「これが、わたし?なんかやな感じぃ。わたしってもっとかわいいじゃん?これはないわー。」

「そんなことより、これからダンジョンの調査に向かおうと思うんだけど、いいかな。」

「よくない。よくない。よくなーい!これは大問題よ。死活問題だわ。私のかわいいを返しなさーい。」


 あぁ、そういうのか。と、心で呟く。決して声には出さない。これまでの様子を見る限り、パールの性別が女なのか男なのかはわらないが、女よりであることは間違いない。下手なことを言えば手痛い反撃が来ることは確実だ。


「石っころの方が良いの?」

「石っころじゃないってのよ!」


 このくらいが無難な応対だ。

 重要なことは、そこではない。パールが自分の機能を十分に理解できていない所が、性格的なものか、それともただのおバカさんなのかということだ。


「気に入らないなら、自分好みにアレンジしちゃえばいいんじゃない?」

「ア、アレンジィ!」

「そう。そっちのパールの元の機能を使えば、簡単だと思うよ。」

「はぅ。決まったわ。決まっちゃったわ。」


 パールは両手を口元に当てて、瞳をウルウルのキラキラにした。うん、パールは女の子だ。僕の中のひとつの指標である。妄想に浸っている時の表情がかわいければ女の子、気持ち悪ければ男だ。(偏見)


 人型パールが、おもむろに武器型パールに手をかけると「シュー」と空気の抜ける音がして床の間のパールが持ち上がった。

 なるほど、床の間からは僕が見たことのない管が生えていました。

 不測の事態の時に足が付かないように、直接つなげることはしていなかったのだが、空気を読めない子は人の思惑など簡単に外してくる。


「パール。」

「ア、アレンジはするからね。絶対する。」

「それは良いんだけど。地下倉庫の事は人に知られたくないから、この管はわからないようにしてもらえるかな。」

「めんどうな人ね。あなためんどうだわ。とってもめんどう。。」

「やって。」

「ふぅ。」


 パールは一見とても天真爛漫なようだけど、頼み事は断れないタイプなのかもしれない。もう一度「ふぅぅ。」と深いため息をついて、人型パールは管の中に入っていった。


 なんだか地面が揺れているのは気のせい?まさかパールの仕業じゃないよね?


 しばらくすると、管が地面に吸い込まれた。残った穴の中から人型パールが、直径が自分の身長程もある泥団子を抱えて戻ってきた。人型パールはその泥団子で穴を塞ぐと、ペタペタと叩いて床を平らに均した。その様子は何処からどう見ても、子供の泥遊びのようにしか見えなかったが、仕上がりを見るとちゃんと木の床になっていた。なかなかに良い仕事をしている。グラディオ・エクス・マキナの機能を、しっかり引き継いでいるようで安心した。


「じゃ、私の仕事は終わったから、あとは好きにさせてもらうよ。」

「好きにというと…?」


 その「好きに」はどのくらいの範囲のことを言っているのかな?


「こいつよ。この厨二仕様のゴリマッチョを私好みのかわいいに変えてやるんだからぁ。」





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