スポ根
10日間、キョウの苦しむ姿を見ていたが、別れというのは突然訪れるものである。
最初の2日間は意識が朦朧として、会話もろくにできない状態だったが、それを過ぎると意識ははっきりとしたようだ。意識がはっきりすれば当然痛みもはっきりする。暴れないようにベッドに固定されたキョウの身体は、ずっと震えていた。ふと、震えが止まったかと思うと、気を失っているのだった。また、熱が下がらず、重湯をとっては吐瀉するという事を繰り返した。この10日間は、ヤン、マキ、セイタと僕とで交代で看病したが、あの健康を絵にかいたようなキョウの身体が、みるみるうちに痩せていく様は、見ていて辛かった。
どう思っていたのかはわからない。この10日間、僕がここにいる間、村長は1回も顔を出さなかった。頭の片隅に不安がよぎるが、今の状況でそれを口に出すことは憚られた。他の子達はどう思っているのだろう。
看病の11日目。僕が村長の家に行くとキョウの姿が無かった。
一瞬、何がどうなったのか何も考えられなかった僕に、ヤンが教えてくれた。グッと手を握って。
「キョウは昨日の夜、ナラに発ったよ。」
「ナラに?」
「昨日、ヤトリが帰った後にね、ナラの高名なお医者さんが来たんだ。」
「お医者さん!」
「そう、パパが手配してくれたらしい。」
「…村長が。そうか、良かった。」
「傷口を見てね。あまり状態が良くないから、すぐに手術が必要だって、夜の内に…。」
「手術。できる人がいるんだ。そっかぁ。」
ほっとした。ほんとにほっとした。医者がいることも村長のことも、モヤモヤとやり切れない思いがいっぺんに晴れた。医者という事は、この世界にも医療が存在するという事だ。この村にはいなかったので、勝手にいないものと思っていた。治癒の魔法持ちは希少なため、国の上層部に囲われていることが多く、一般庶民がその恩恵にあずかることは稀であるのだ。内心では、何時まじない師などの怪しい輩が出てこないかと、気が気ではなかったのだ。
足を元に戻すことは如何にファンタジー世界といえど無理なようだが、今以上に悪化させないためには今のままではダメということらしい。
廊下をコツコツと音を立てながら、村長が顔を出した。
「おぉい。始めるぞぉ!」
「村長。」
「おはよう、ヤトリ。マキとセイタは、もう準備できているぞ。」
少しやつれたように見えるが、いつもの調子で村長が言った。
僕は少し後悔していた。いつの間にこれほど深く関わってしまったのか。
何事もなかったような空気、いつもと変わらないヤンの手と村長の声、みんながあったかく胸に染みて、涙が止まらなかった。
「おぉ、どうした、どうした?キョウがいなくなって寂しいか?」
「ち、ちがうぅ、んぐ、ぼ、僕、ずっと一人だったから、みんなといっしょにいて、でもひとりはなれて、それでもみんな、…。」
これ以上は、声にならなかった。
「むぅ、この子はどんな感受性をしとるんだ。ヤン、この子はほんとに2歳なのか?」
「俺に聞かないでよ。」
「うむ、そうだな。」
よく見ていなかったが、きっと村長は泡を食ったような表情をしていたに違いない。しかし、村長はしばらくの間、僕の頭を撫でていてくれた。
「ごめんなさい。」
「ん?何を謝るんだ?」
「僕は、村長を疑ってしまいました。」
「そうか。しょうがないな。キョウの病床には、ほとんど顔を出せなかったからな。」
村長が目を閉じると、その目尻には深い皴が刻まれた。それが彼の人柄を思わせた。
力のある子を育てる。それはもちろん村の為である。しかし、養子に迎えた子達を見る彼の視線は、本当の親にも思える程、厚いものであるように感じられるのだった。
部屋には、穏やかな空気が流れた。
キョウを見送れなかったのは残念だが、無事に戻ってくるのを待とう。
「キョウが行きがけに言うんだ。『俺の方が先にナラに行くことになったね。』ってさ。震えながらそんな事を俺に言うんだ。悔しくってさ、俺、がんばんないとな。」
ヤンのやる気スイッチに火が付いた瞬間だった。
「そうだね。」
「いや、『そうだね。』じゃなくてさ、もっと応援しろよな。」
「そう?ん、がんばってね。次で最後だから。」
「最後のいらねぇ。でも、がんばる。がんばるから、パパ、これかは今まで以上にビシバシお願いします。」
ヤンの言葉に、村長が目を潤ませている。なんだか二人が変なテンションになってきたぞ。
「ヤンよ、よく言った。その意気や良しだ。ビシバシやるから覚悟するがよい。そして、今から俺はお前の、…師匠だ!」
「お、おっす!師匠!」
アツいの来た。いいな、こういうの。青春スポ根ドラマだ。ただ、関わりたくはないよね。見ている分には良いんだけど…。しかし状況は、当然のことだが関わらないわけにはいかないのであった。
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