キョウ

 僕はダンジョンへと飛び込んだ。


 結界の内と外の境目を認識できていれば、出口を見失うことはない。キョウはダンジョンに落ちたのが不意だったため、出口を見失ったのだ。結界の認識阻害の魔法によって、自らダンジョンの奥へと嵌っていく。


 穴の底に着地した衝撃で、魔物のターゲットは僕へと向いた。地中にいた他の2匹も土から顔を出し、こちらに向かう体勢だ。

 穴の底は崩れた土砂が殊のほか柔らかく、まるで泥濘に嵌ったかのように動きづらい。しかし、相手の方からこちらに向かってくるので、手間が省けて良い。

 魔物の爪は確かに鋭いものではあったが、僕の肉体を破るほどではない。魔物の攻撃を右手で受け、その肩口に左手の手刀を叩きつける。


 魔物は保有魔力が高いので、身体強化などの魔法を使用していると、強固な肉体となるらしいが、そうでない魔物の身体は人間のそれよりも弱い。僕の手刀は魔物の皮膚を引き裂き、骨を砕いた。何かが血のように噴き出すが、それはすぐに塵のように状態を変化させ、やがて空気中に霧散する。


 「キョウちゃん。左見て!上りの坂あるでしょう。そこを登るんだ。」


 今は、理由は必要ない。気が動転している人間に理由を言っても、混乱するだけだ。明確にやらなければならないことを伝える。キョウが震える足を抑えて立ち上がる。その足が出口へと向かう。

 動き出したキョウに魔物達が反応するが、それは僕という敵を目の前にして、隙以外のなにものでもなかった。


 ま、隙があろうがなかろうが、叩き潰すだけなんだけどね。これは油断ではない。僕とこの魔物達との間にはそれだけの地力の差があるのだ。


 これが最後。と思っていた魔物の身体が空気中に霧散した。


 「ふう。」と、僕は一息ついた。


 そこで初めて、今までなかったはずの別の振動の存在に僕は気付いた。


 油断とは、自分の思いもよらない所にあるもの。


 それは突然、キョウの足元に沸いて出たかのように見えた。


 足は土に嵌って進まない。上半身だけが前のめりになって、僕はその場で転んでしまった。


 「キョウちゃん。足元!」


 そう叫ぶのがやっとだった。しかしその声も、何も見えていないキョウにとっては対応のしようもなく、さらにそれは、逆にキョウの足を止めてしまうという最悪の結果を生んでしまった。

 地中から魔物の長い爪が飛び出す。

 僕の腕にはかすり傷をつけることもできない鈍の爪だが、それはいとも簡単にキョウの左足の脛から下を切り飛ばした。


 駆け付けた僕は、まだ地中にいる魔物に手刀を突き刺した。無性に腹が立って収まらなかった。


 しかし、それ以上ここで魔物の相手をしている暇はなかった。キョウを抱え、いくつかに分かれたキョウの足を拾い集めて、僕はダンジョンを出た。


 足を繋げようとしたが、繋がらなかった。


 以前はカプセルに放り込めば、治癒できたはずのものだ。しかし、もうカプセルはない。一部機能として僕の中に移植され、自己治癒の機能として残っているだけだ。


 しばらくすると、ヤンとマキが村長を連れてきてくれた。

 2人はキョウの姿を目にして言葉を失っていた。


 村長はキョウの状態を見て、首を横に振った。村長が契約している治癒の魔法を持っていない火の精霊では、キョウの足を治す事はできないようだ。火の精霊の中では、最高位の希少なものの中に再生や生命を操る魔法を持つ精霊もいるらしいが、ないものを云っても始まらない。


 「残念だ…。」


 村長は沈痛な面持ちで声を漏らした。この時の僕は、この村長の言葉の本当の意味をわかっていなかった。

 ただ、急場に際して、今まで三百余年かけて蓄えた知識を活かすことができなかったことが、情けなかった。


 村長は血を止める為に、キョウの足の切断面を火の魔法で焼いた。キョウが先に痛みで気を失っていたのは、良かったというべきなのだろうか。


 肉の焼けた臭いが、鼻についた。





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