ダンジョン

 「これって、ダンジョンだよな。」

 「違うだろ。ただの穴だ。」

 「だって、昨日までなかったんだぜ。今日になって急にこんな大穴が開いてるなんておかしいじゃん。普通じゃないじゃん。ってことはダンジョンだよ。」

 「どっちにしたってだよ。危険な場所には変わりない。子供だけで入っちゃダメなんだ。」


 キョウが目をキラキラさせながら、村長の言いつけを外れてサボろうとするのを、ヤンがたしなめている。

 村長からは、午前中はまず基礎体力作りを目的として、野山を駆けまわるように言われている。もちろん村の結界内でだ。


 ダンジョンは結界の内でも外でも地上でも地下でも場所を選ばず突然現れる、この世界のうろである。まだわからないことが多いため、一般人が進んで入っていい場所ではない。ダンジョン内は地上よりも強い魔物がいることが多いが、有用な資源があることも多いため、専門の調査隊に任せることになる。それは国の軍隊であったり、領主の雇った冒険者であったり、ダンジョンの規模による。

 ダンジョンとはそんな場所なので、いくら結界内とはいえ、外扱いが当然である。


 また、ダンジョンじゃないとしても、昨日今日で急にできた直径が10m以上もあろうかという大穴なんて、危なくて近寄るものじゃない。ヤンの言うとおりである。


 「おーい、ヤトリ~。こっち来いよ。探検しようぜ。」

 「駄目だよ、キョウちゃん。危ないから戻っておいで。」

 「えぇ~。なんだよ、小さい親みたいなこと言って…。しょうがないなぁ。」


 渋々ながらキョウが穴を離れた。ヤンがなにやら複雑な表情をしている。

 このところ僕とキョウとの関係が微妙に変化した気がする。というか、文句を言いながらも、僕の言う事は聞いてくれるようになった。僕の方が年少だから気を使ってくれているのかもしれない。キョウにそういう気遣いがあることが、ちょっと新鮮な発見であった。

 

 僕はマキと一緒に雑談交じりにゆったりとジョギングを楽しんでいた。マキはかわらず小さな弟を守るお姉さん的立場だ。


 最近セイタは一人でいる事が多い。第1次反抗期は終わってるはずなんだけど、…などと考えつつ遠くに独り言を呟きながら歩いているセイタを眺める。

 チラと目が合うと、プイとそっぽを向かれてしまう。

 あ、そうか。

 セイタは金髪の綺麗なツヤツヤの髪だから、きっと村長に丸坊主にされたことにショックを受けているのだろう。

 うん、そうに違いない。


 2時間程身体を動かした後、身体が活性化している、村長曰く『ガンバレール・タイム』の内に1時間ほどの座学を挟んでお昼の予定だ。お昼は村長の家で軽食が振舞われる。ひとまずは、皆そこを目指してみんな頑張るわけだが、キョウだけは違った。自分が見つけたダンジョン?が気になってしかたがない。近くを通るたびに、フラフラと道を外れて、そちらへ身体が泳いでいく。「危ないよ。」と、声を掛けてやっと我に返るといったありさまだ。

 

 何度もそんなことを繰り返すうちに、ついに恐れていた事が起こってしまう。


 「あ"あ"ぁぁっ。」


 ガラガラという土が崩れる音と共に、キョウが悲鳴を上げた。

 しかし、声のした方、つまり穴の方を見てもキョウの影は見当たらない。微かな土煙だけがその痕跡として残っていた。


 「キョウちゃん。キョウちゃん!」


 僕が大声で呼びかけると、穴の底から「んん。」と、呻き声のような反応が返ってきた。慎重に穴の中を覗き込むと、キョウの足が見えた。


 「キョウちゃん、だいじょうぶなの?」


 震えながら様子を見ていたマキが手持ち無沙汰を我慢できずに近づいてきたので、掌を向けてそれを制した。


 「今、確認してるから、そこで待ってて。…結構深い。5mくらいか。キョウちゃん!大丈夫か?」

 「ヤトリ?だ、大丈夫。大丈夫だ。」

 「よし、良かった。…マキ、ヤンを呼んできて。」

 「う、うん。わかった。」


 マキがヤンを探して駆けていく。

 キョウが立ち上がり、こちらを見上げた。良かった。砕けた土がクッションになったのか、この高さから落ちて、立ち上れるなら運がいいというものだ。

 また、キョウが落ちた側は斜度90°に近い崖だが、逆側から穴の中央辺りにかけては、平らだった地面が底から地表に掛けてのスロープのように残っているのも良かった。


 「ヤトリ、そこにいるのか?こちらからは見えないな。」

 「…?キョウちゃん、怪我はない?」

 「あぁ。大丈夫。かすり傷くらいかな。」

 「良かった。後ろの坂道を登って、反対側から上がってきなよ。」


 「…ん?あ、こっちか…。…?」


 キョウは穴の中央付近まで行くと、不自然に辺りをキョロキョロと見回した。スロープに足をかけては下ろす、そしてまた辺りを見回す。そんな挙動を何度か繰り返す。

 何かおかしい。僕の呼び掛けに対しても反応が不自然だ。何が不自然かといわれれば、キョウらしくないというくらいでしかないのだが。

 スロープは平面とはいえ、雑草などで凹凸があり登れない角度ではないはずだ。


 キョウは何をためらっている?


 地面に付けた僕の手に、人間の足音ではない何か別の振動が届いた。


 嫌な予感がする。ソナーを使うと、生物か魔物か、地中に3つの影があった。それらがゆっくりとキョウへと近づいていく。


 「キョウちゃん。はやく坂を登るんだよ!」


 穴の底、キョウから2m程離れた場所が盛り上がった。土をボロボロと落としながら、全身黒い毛に覆われた魔物が姿を現した。

 頭身は人間に似ていて子供程度の大きさ。前足には鋭く長い爪が4本ずつある。2足歩行はできないようで、猫背で4足を地につけてキョウを警戒しながらゆっくりと近づいていく。


 キョウが腰を抜かして、穴の底を這いずり回る。


 僕は、はたと思い当たる。

 キョウにはこちらが見えていないのではないか。そして穴から這い出ないように認識を阻害されているのではないか。


 つまり、それは結界の内と外を隔てているものそのもの。


 結界の内と外も関係なく、突然現れる世界のうろ


 魔物の巣食う、外界と隔てられた特殊な空間。


 ここはまさしく、ダンジョン。



 最早、迷っている時間はなかった。僕は地面を蹴って穴の底へと飛び降りた。






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