「キョウちゃん!」


 巨大猫サーベルタイガー(仮)の去った方を向いて固まっているキョウに声を掛けると、やっと僕の存在に気付きこちらを振り向いた。油の切れたロボットのように「ギシギシ」と擬音が聞こえるような動きだった。


 結界の外を知らなかったキョウは、初めてその脅威を目の当たりにしたわけだ。十分すぎる効果が見て取れる。

 僕もあまり人の事は言えなかったが…。

 あれに遭遇して、命があっただけでも僥倖といえる。


 「ヤトリ~。」


 あのキョウが半泣き状態だ。面白いから、画像に落してキープしておこう。とりあえず「大丈夫、大丈夫。」と、頭を撫でてやると少し落ち着いたようだ。


 「あれは何だったんだ?」

 「サーベルタイガー(仮)だよ。」

 「うへぇ。あんな化け物がいるんだ。」

 「気をつけようね。結界の外には出ないようにしないと。」

 「あ、ここ結界の外なの。やば。」




 耳鳴りが消えない。最初に比べるとかなり小さくはなったが…。というか、これは耳鳴りじゃない?機械音のような、声のようなそんな感じだ。

 キョウと来た道を戻っていると、音が大きくなった。どうやら最初に音を聞いた木に近いほど、音が大きいようだ。いつ戻るかもしれないサーベルタイガー(仮)も気になるが、この音も気になる。


 「キョウちゃん、ちょっと待ってて。」


 僕はキョウの返事を待たずに、木を登っていく。好奇心に負けました。

 まっすぐ背の高い針葉樹だが、周囲の木々や絡まる蔦なども利用すれば簡単に登れる。

 登るにつれて音も大きくなってくる。先程はバランスを崩されたが、わかっていれば問題ない。先程と同じ位置まで登り音の出所を探る。少し見上げた位置にある、木の幹の虚の辺りが怪しい。


 虚の縁に手をかけ、中を覗き込む。その内には珠がひとつ。鳥の卵?…ではないようだ。


 手に取ってみるとそれは、少し透けた深い青に黄の斑の模様の入った石だった。


 解析…家の床の間に安置してあるグラディオ・エクス・マキナと接続しておこなう、簡易的なものである。…の結果、謎のマイナス質量の物質の結晶であることがわかった。


 これまでに行った解析の中で、何度もデータとしては検出されていたが、その物自体を目にすることはできなかった、世界に存在するはずのないマイナスの質量を持つ物質。その結晶が思いがけず僕の手の中にあった。


 質量がマイナスなのだから、間違いなく空気よりも比重が軽いはず。なのに飛んでいかずに掌に乗っている。なんでだろう?

 ま、質量がマイナスってことは、そもそも概念というか、存在次元が違うのだから重さで比べられないのかな?単純な表記数字じゃなくて絶対値で量られてるのかな?そういうことにしておこう。


 ふと、視界が深くかすんでいることに気が付いた。なんてことだ、ひどい眩暈がする。いつの間にか魔力が半分以上無くなっている。急激な魔力の低下で気を失いかけているのだ。


 僕は虚を掴んだ手に力を込めた。


 半分意識を失いかけたが、どうやら落ちずに済んだようだ。視界がクリアになる。魔力がほとんどない状態で、その減少は止まっていた。

 手に握られた石はかわらず青く澄んでいる。


 いつの間にか、耳鳴りに似た音は止んでいた。


 「おーい。ヤトリ、早く戻ろうぜ。」


 キョウが小声で呼びかけてきた。キョウの声は囁くような声だが、離れた場所でもよく聞こえた。これも風の属性持ちというのが関係しているのだろうか。

 それはさておいて、僕は静かに木を降りた。


 「ゴロゴロ…」と、猛獣の唸り声が地面を揺らした。


 ビクリと、僕とキョウは肩をすくませ、顔を見合わせた。言葉はなかったが、お互いに「急いで戻ろう。」と頷き合った。


 風で草木が擦れ合う音一つ一つに身の竦む思いをしながら、僕らはおじいさん達の元、もとい結界の中へと戻った。


 みんな無事で一安心。お昼前には家に戻った。

 今日はそこで解散することになった。午後からはおじいさんとおばあさんの畑の手伝いをした。畑の作業は、日が傾き空の色が変わり始めるころには終える。


 農具各種を納屋にしまい込んだ頃には、空はほんのりと茜色に変わりつつあった。


 懐にいれていた青い石を取り出すと、日に当てられて青い光の糸を引いた。「きれいだな。」と、素直に思える。空に透かして見ると、石の中に吸い込まれた僕の魔力が小さな砂の粒のように、きらきらと明滅して見えた。


 …吸い込まれた僕の魔力?…!


 犯人はお前かー!

 と、犯人がわかった所でこれを手放す気はないんだけどね。これに関しては、全く未知の領域なので、調べることは山ほどある。さわりだけでも、魔力との密接な関係がわかったわけだし。


 すぐにでも、この青い石をグラディオ・エクス・マキナと対面させたいのだが、そうもいかない。基本家事は日が沈む前までに終わらせたいのだ。

 お勝手の奥からコンコンと戸を叩くような音が聞こえる。おじいさんが囲炉裏にくべる薪の準備をしているのだ。僕は火おこしのための細かい枝を囲炉裏に運ぶ。框を上がるとそこには、重い足取りで居間から土間へと降りる、おばあさんの姿があった。


 最近、洗脳の必要がなくなってから、すっかりご無沙汰になっていたことを反省する。晩御飯が終わったら、おじいさんとおばあさんにマッサージをしてあげなければ。


 3人で囲炉裏を囲んで、食事の準備が始まる。


 「ヤトリちゃん、村長さんとこはどおだぉ?たのしいかぁ?」

 「うん。」

 「そぉかぉ。」


 なんとなく胸がチクリとする。気を使わせてしまったのだろうか。おじいさんとおばあさんは少し寂しそうな表情に見えた。





 「ぇえぇ~。」

 「やっぱ、ヤトリちゃんはマッサージうまいだぉ。」


 2人とも良い表情だ。ホクホクと茹だったように頬を赤くしてご満悦のようだ。自分でいうのもなんだが、僕も褒められて満更でもない。ついつい笑みがこぼれてしまう。

 居間に、ほんのりとお花畑の映像が浮かんだような、そんな穏やかな空気が流れる。


 やはり家の中はこうでないといけない。






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