魔力のコントロールも慣れてきた。これを何かに利用できないものだろうか。

 例えば、魔力を目に集中すれば視力が良くなるとか、足に集中してジャンプ力アップとか…、いろいろ試した結果、効果は認められなかった。


 もどかしい。


 魔力はあるのに何の役にも立たない。


 …もどかしい。



 さて、今日は月に1度の自由の日。久しぶりにおじいさんと一緒に、山へ柴刈りに来ている。

 おじいさん、ニコニコだ。

 それもそのはず、僕が久しぶりに一緒にきただけでなく、ヤン達も一緒に来ているのだ。子供達5人に囲まれてうれしくてしょうがないのだ。

 そんなおじいさんが、大きな声を張り上げた。


 「ヤトリ、それよぉいったぁだめだぉ。」

 「へっ?」


 振り返るとそこにはおじいさんの姿がない。


 「皆、ちょっと待って。」

 「「どうした?」」


 僕の声に皆が集まってくる。

 少しすると何もいないところから、もやッとおじいさんが姿を現した。


 「うわぁ、おじいさんどこから出てきたの。」

 「おじいさん、すごーい。魔法みたい。」


 ちょっとしたことで子供達は大騒ぎだ。そうか、いつの間にか村の結界から出てしまっていたんだ。

 「すごーい。すごーい。」と、いいながら、マキとセイタが結界を出たり入ったりして遊んでいる。


 「そたぁまもぉがおるかぁなぁ、きをつけてぉ。」

 「おじいさんは結界の境目って、どうやったらわかるの?」

 「それはな、あそこのでっぱり岩からぁあっちのがけなぁ、のばしたほぉの…。」


 わからない。

 海で観光案内をしている船乗りさんレベルで理解不能だ。


 ただわかったのは木を目印にしてはいけないという事らしい。この森は皆の資源である。その中には当然木こりを生業としているおじさんもいて、いつの間にか木が無くなったりは普通の事らしい。

 しかし、意外だったのは子供達は、結界の外に出た経験がないという事だった。キョウなどは止めても出ていきそうなものだけど…。


 「あれ?キョウがいない。」


 ヤンの言葉に血の気がひいた。と、同時に「だよね。」とも思った。辺りを見回しても見える範囲にはキョウの姿はない。ふと、おじいさんの方を見ると目が合った。おじいさんの顔色がみるみるうちに青ざめていく。


 「みんな、動かないで。」

 「ヤトリ?」

 「大丈夫。じっとしてて。」


 僕は地面に手をあてて、キョウの足音を探る。


 「いた。」


 キョウは結界の外にいる。本人は気付いているのか、いないのか。

 おそらく気付いてないな。たぶん何かを追いかけているのだろう。キョウの不規則な足音とは別に、近くに小さな足音がある。


 「連れ戻してくるから、みんなここにいてね。」


 皆には有無をいう暇を与えず、僕は飛び出した。僕の一歩には誰の視線も追い付いていなかった。

 村を囲む結界は、視覚阻害と意識阻害の2つの効果があるが、ちゃんと結界内を意識できていればそれらの効果は打ち消される。

 僕は村の各所を体内の記憶媒体の地図に座標登録してあるので、位置を間違えることはない。


 気になるのは、獲物を追っているキョウを、さらに付け狙っている何者かの存在である。おそらくキョウは獲物に集中して周りが見えていない。少しずつ自分に近付いて来る者の足音なんかまったく耳に入っていないに違いないのだ。

 この感じは、ネコ科の肉食獣だろう。


 そして、そのキョウを狙っている肉食獣は、自分を狙う存在を、近付く僕のことなんて、まったく気付いていない。


 念には念を入れて、僕は木の上を駆ける。


 肉食獣の姿をとらえた。サーベルタイガーという奴だろうか。容姿はでかい虎。ただ、なによりでかい。4mはある。そして大きな牙。今にも跳びかからんとお尻をフリフリしている猫型の猛獣を、僕は真上から見下ろした。今、石でも投げてお尻にぶつけたら、びっくりしてピーンと足を伸ばして、3mくらい跳び上がったりするのかな?なんて、試してみたいけど、そんな場合じゃないよね。


 これを退治するのは簡単だ。しかし、殺してしまえばここに遺骸が残ることになる。そうすると血の臭いに、他の猛獣や魔物が寄ってくることになるだろう。結界の外とはいえ、それほど離れた場所でもないので、それはあまり好ましい事ではない。

 首を絞めようにも、あの太さだと僕の手じゃとても回らないし…。回んなくても絞められるかな?猫って皮膚が柔らかいから裂けちゃうかも。となると、力業しかないか。


 適度に痛めつけて逃げてくれたら一番いいんだけど…。


 考えても仕方ないか。とりあえず痛めつけて様子を見よう。

 そう考えて、木の上から一歩を踏み出そうとした、その時だった。


 「キィィーーン!」と、強烈な甲高い耳鳴りのような超音波に、頭が揺らされた。僕はバランスを崩して、足場だった木の幹に尻もちをつき、勢いで前方に半回転、頭から地面へと落下した。

 どれだけ力があったとしても、流石に落下中に空中で体勢を変えるようなことはできない。そのまま地面に激突する。


 その音に驚いたサーベルタイガー(仮)が、足をピンッと伸ばして3m程上空へ跳ねた。「あ、やっぱり猫なんだ。」と、思わず僕はにやけてしまう。


 それはさておき、サーベルタイガー(仮)が着地する前に、僕は身体がちゃんと動くか確認する。後で痛むかもしれないが、今のところ動くのに支障はないようだ。

 すばやく身体を起こし、サーベルタイガー(仮)が降りてくるのを待つ。


 まずは、サーベルタイガー(仮)が地面に降りて身体が沈みこみ全体重が足に乗っかった瞬間に、足の一本でもいただこう。

 タイミングを合わせて足を蹴り出す。一瞬、時間が止まったような感覚に襲われた。それが、感覚的なものだったのか、それともサーベルタイガー(仮)の蹴り足から生まれた衝撃波によって物理的に止められたのか、はわからないが、一瞬の間があった。


 サーベルタイガー(仮)の巨体の姿が消えた。背中を冷汗が流れた。


 しかし、サーベルタイガー(仮)は僕を襲うでもなく、キョウに飛び掛かるわけでもなく、明後日の方向に走り去ってしまった。


 よほど、びっくりしたのかな?


 「…猫。」


 と、ひとりつぶやく。

 サーベルタイガー(仮)のあの姿に、こんな感想を持つ人間はこの世界にはきっといないだろう。


 なにはともあれ、無事に済んでよかった。

 あの巨体であの瞬発力。正直甘く見てた。まともにやりあったら、やばかった。






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