最強の弱点

 「いてて、オレの手はそっちには曲がんねぇの!」


 おや、それはどこかの不良少年がアーミーに取り押さえられた時のようなセリフ。


 「だって、キョウちゃん昨日はこのくらいできてたよ。」

 「昨日は昨日、今日は今日なの。もういいよ。セイタ交代だ。」


 「いててて、キョウちゃん強すぎぃ、折れる~。」


 僕が村長の家で魔法を習い始めて1年になる。

 1日の始まりは入念なストレッチから。魔法の練習のはずなのに、ノリは完全に体育会系である。


 村長曰く、「健全な魔力は、健全な肉体に宿る。」なのだそうだ。


 ストレッチは基本2人一組になって行う。ヤンとマキ、キョウとセイタだ。ヤンは今年も魔法学校の試験に落ちたので、ナラへは行けずに村に残っている。

 因みに僕はペアにはならない。僕の最強の肉体は柔軟性にも富んでおり、雑技団的なポーズもお手の物なのである。


 頃合いを見計らって村長が顔を出す。


 「イメージだ!常に指先にまで神経を集中しろ。足の指の先から頭の先まで、自分の理想の形をイメージし、その通りに身体を動かすのだ。」


 そう言うと村長は、街角太極拳のようにゆっくりとポージングを極めていく。僕の知っている限りで言うと、ほとんどがギャグマンガの極めポーズだったり、芸人の一発ギャグだったりする。

 代表的なものをあげると、ひとつには、心の臓を中心に両腕で陰陽を印をかたどり足を交差することで世界の不調和を体現したピンク色のスーツのイヤミな男の極めポーズだったり、ひとつには、両手をともに影遊びでいう所の狐でコンコンしつつフライティングを決め込んで自身の滑稽さを笑い飛ばした芸人の一発芸だったり。


 皆で横並びで村長に倣い、静かで熱いシュールな時間が流れる。笑いをこらえるのが大変だ。


 「ゆっくりと深く呼吸するんだ。10分間吸い続け、10分間吐き続けるのだ!」


 村長さん、あなた前世は絶対コメディアンです。



 それはさておき、僕は自慢じゃないがパワーとスピードには絶対の自信がある。同じ型でもスピーディに、水が流れるように、蝶が舞うように、そして波が岩を砕くように、蜂が刺すように、という実践型を得意としている。

 ゆっくりと形を追うような型は苦手だ。科学の結晶である僕の最強の重い身体では必要以上に体力を消耗する。


 1時間程続けると、皆一様に汗だくになっているが、清々しい表情をしている。一方僕はというと、汗だくのレベルを超えていた。洪水である。僕一人だけ目が落ちくぼみ、頬がゲッソリとこけて、まるで息と一緒に魂が出ていそうな様相である。


 そんな僕に向かって親指を立ててウインクしている村長が、大変憎たらしい。


 「ヤトリはすごいな。頑張り屋さんだ。」

 「えへ、そうかな。」


 僕の感情を読み取ったのか、ヤンが声を掛けてくれた。

 褒められるのは嫌いじゃないです。たとえ子ども扱いされたとしても。


 「うむ、ヤトリの成長には目を見張るものがあるな。ナイスガッツだ。」


 褒められるのは嫌いじゃないです。


 ここへきて良かったことには、僕にも魔力があることがわかった事だ。外から来た僕には、もしかしたら魔力は無いのではないかと、心配していたのだ。


 『八百万に魔力は宿る』とは、よく言ったものだ。


 村長は最初、僕の身体の組成が他の子供達と違う事に大変戸惑っていたようだったが、その中から魔力を見つけてくれた。因みに村長くらいになると、魔力の流れを読むことで人の身体の状態を見たり、流れを操作しコントロールすることができるらしい。村長がその魔力に干渉し、僕の身体の隅々まで道を作ってくれたので、僕はしみ込むように魔力の存在を理解することができた。


 これはあくまでも想像でしかないが、もし魔法を剣術師範の息子アーロンに学ぶことになっていたら、こうはいかなかったに違いない。きっと今頃は「この出来損ないが~。」と、木刀で叩かれ身体中に青痣を作ながら涙していたに違いない。想像だけどね。



 村長は、あまり人と比べて評価をすることがない。本人の頑張りを褒めるタイプだ。それが良い事なのか、悪い事なのか。この1年、間違いなく皆成長を続けているので、少なくとも悪い事ではないのだろう。

 ヤンは魔法学校の試験に落ちはしたが、何度か受けさせることで学ぶものがヤンにはあると、そういう意図があったのではないかとも思う。そして来年は最後というプレッシャー付きである。年齢的には今年はキョウとマキも一緒に、受験してもよかったはずなのだ。

 ふむふむ、勉強になるな。僕の知識はまだほとんどが現実に活かされたことのないものだ。人によって方針を変えるという事は、それだけ村長は子供達をよく見ているという事だ。


 「さて、お前達。少し休憩だ。小川で汗を流してきなさい。」

 「「「はーい。」」」




 一番深い所でも子供の膝位までしかない、人が手を加えていない小さな川。僕らはそこで汗を流す。流れはあっても水量は多くないので、人が流されるようなことはない。気を付けなければならないのは、たまに昆虫型や蛇などの魔物が流れてくることくらいだ。


 皆がキャッキャッ、キャッキャと水と戯れる中、僕は水の中に倒れ込む。僕の最強の身体は比重が重く、身体全体で川底に堆積した砂を巻き上げる。その砂も汗と共に水の流れに任せて下流へと洗われていくが、僕の身体は決して流されることはない。


 僕のこの最強の身体の唯一の弱点、それはカナヅチであることだった。






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