おねだり
「キョウちゃん!先程のあれはなんだ?」
お日様が中天に差し掛かろうというところで一区切りして、家の庭に皆で集まった。
そこで僕は自分でもわかるほどに
「先程のって?」
「完全に物理法則を無視していただろう。」
「ぶ、ぶつり?…?」
そう、この世界には物理という概念は存在しない。何故なら、それは魔法があるからだ。魔法は簡単に物理法則なんてねじ曲げてしまう。
「枝から落ちたリンゴは、地面に落ちるんだよ。」
「?」
「キョウちゃんは、魔法は使えないだろ?」
「うん、使えないけど…?」
キョウにはなかなか言いたいことが伝わらない。キョウと話すといつもこんな感じだ。そんな時頼りになるのがヤンである。
「あ、俺わかった気がする。キョウ、おまえ逃げる時、空中で跳んだろ。普通の人はできないからな、それ。」
「おお。それな。」
「あれは、キョウの特性というか、個性というかな。たまにいるんだよ、契約もしていないのに、産まれつきの属性持ちっていうのが。」
契約?なるほど魔法を使うには契約が必要なのか。知らなかった。思いがけず核心的な話だ。しかし、何と契約するのか知らないが、契約すると使えるってどんな理屈だよ。
「ただ、属性を持ってるってだけで、魔法は使えないんだよ。」
「うん。オレ魔法は使えない。」
「じゃ、さっきのは?」
「えっと、…どこから説明すればいいのかな?…魔力?そう、魔力。いいかいヤトリ、生き物っていうのは皆、魔力をもっているんだ。」
「みんな?」
「そう、魔法は使えなくても、魔力ってのは持ってる。俺もヤトリもね。」
「僕も…。」
「ただ、普通は魔力があるだけでは、何かに変化を起こさせることはできない。例えば火を熾したり、水を出したり、風を起こしたりはできないんだ。それらはそれぞれの精霊と契約することで可能になる。」
「せ、精霊。」
魔力きた、精霊きた、いよいよこのファンタジーもノってきた。
精霊と契約ということは、この世界での魔法は基本、精霊魔法ということになるんだな。
「精霊と契約すると、魔力を餌にその精霊が魔力量に応じた力を貸してくれる。それが魔法。」
「へぇ。」
「キョウはね、属性を持ってるから特殊なんだけど、自分の持つ属性に少しだけ干渉できるんだ。つまり、…ちょっとだけ精霊寄りの人間ってことになるのかな。あくまでイメージ的な話だけどね。」
「なんだか、オレ人間じゃないみたいじゃん。」
「ハハハ、だからあくまでイメージだって。それで、キョウは風の属性を持っている。大量の魔力を爆発させることで風を蹴り出すことができるってわけさ。」
「すごい、キョウちゃん。キョウちゃんは、たくさん魔力持ってるんだね。」
「へへ、まぁね。」
「俺ら4人は皆、ある程度の魔力を持ってるよ。鍛えてるからね。」
「魔力を鍛える?魔法は使えないのに?」
「そう、ちゃんと魔力を認識できればね、鍛えることができる。オレらはそれを、村長から教えてもらっているんだよ。魔法学校に入る前からそれを練習していれば、高いアドバンテージになるからね。」
村長、ナイスです。いい仕事してます。
「僕も習いたい。」
思わず言ってしまったが、まだおじいさんとおばあさんの洗脳が完了していないので、難しいと思われる。
「村長は、もうヤトリに教える気満々だよ。」
「えっ?」
「おじいさんとおばあさんが説得できないって言ってたけど、ヤトリから頼めば案外簡単にOKしてくれるんじゃないか?」
「頼む?洗脳じゃなくて…」
「…いま、すごく物騒な言葉が聞こえたけど?」
「あはは、大丈夫、大丈夫…?」
…頼む、か。
そういえば思い返してみると、僕は人に何かを頼むという事を、あまりしたことが無いかもしれない。『頼む』とは、なんとも新鮮な響きだ。そうか、洗脳する必要なんてないのかな。おじいさんとおばあさんは、僕が頼めば許してくれるのだろうか。
なんだか、すごくドキドキしてきた。
「うん、頼んでみる。」
4人はいつも通り、お昼を過ぎたところで村長の家に戻っていく。これから村長のスパルタ教育が待っているのだ。キョウなんかは別れ際にあからさまに嫌そうな表情を浮かべていたが、「何を贅沢言ってるんだ!」と、僕からは言ってやりたくなる。僕もそこに参加したいのだが今はそれはできない。
僕は庭先の舗装されていない道まで一歩出て、4人を見送った。
ほどなく、おじいさんは山での柴刈りから、おばあさんは川での洗濯から戻ってきた。僕は玄関先で2人を出迎えた。
「おかえりなさい。」
「「ただいまぁ。」」
2人の顔がほころぶ。
薪置き場へ薪を運んでから、洗濯物を干す手伝いをする。先に洗濯物の手伝いをしようとすると、おばあさんから「おじいさんのが終わってかぁな。」と注意されるのだ。
家の中で実権を握るのは女性だが、稼ぎ頭が拗ねないように男性を立てる。それで上手く回っているってことなのかな?昔の地球の生活を見ているようで面白い。
物干しにふんどしが靡いている。
「ありがとぉなぁ。」
おばあさんと僕はにっこりと笑い合う。
おじいさんは自分の仕事を終えると、先に居間で囲炉裏に火を入れる。僕らが玄関から入る所で、カチっと火打石モドキを切り掛ける音がする。モドキというのは、ここでは精霊石と呼ばれているのだが、叩き合わせて出るのは火花レベルの話ではなく、それこそ火が熾るのだ。乾いた薪であればそれだけで火が付くほどに。
湯を沸かして、白湯で一息入れる。
僕は意を決して、2人の前に正座をする。
いざ、僕の意思を伝えよう。
…。
なんでだ、言葉が出てこない。いや、出せない。喉の奥が震える。
そんな僕を見て、2人は首を捻っている。
僕はこんなに憶病だったのか。378歳にもなる僕が、なんとも情けない事である。
結局この時は何も言えずに終わってしまった。
その後、また3人で囲炉裏を囲んだ夕食の時、ポロっとこぼれた言葉から、自然と言葉が出てきて、2人に僕の意思を伝えることができた。
そして、また2人を泣かせてしまった。
次の日から、ヤンが言った通り、話はとんとん拍子に進んだ。
養子の話は先に延ばすとして、しばらくは通いで僕はヤン達と一緒に、村長の家で魔法の勉強ができることになった。
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