2段跳び
誰の著作だったか、『誰にでもできる簡単洗脳。』は難解であった。
一ヵ月の長期にわたる洗脳も、おじいさんとおばあさんには全く効果が見られないのであった。
意外にも村長は自分の都合を強制することは無く、僕が村長の家に養子に入ることはひとまず流れたかたちだ。ただ、村長の家にすでに養子に入っている子供たちが、僕の遊び相手をしてくれるようになった。
最年長のヤンが8歳。今年の初めにナラの魔法学校の入学試験を受験したそうだが、残念ながらそれには失敗したのだそうだ。
基本的に受験は無料だが、受験者数はそう多くはない。この国ではまだ識字率が高くないので、受験の申請書の作成自体が十分に一次審査の役割を成すらしい。
およそ2千人程の受験者の中から合格者は50人程度。なかなかに狭き門である。
村長からは「3回、不合格が続けば、魔法学校への入学は諦めろ。」と言われているらしい。
ほかに3人、7歳のキョウとマキ、5歳のセイタ。
面倒見のいいヤンと人見知りのマキ、ワンパクのキョウとセイタ。皆、村長の目に適っただけあって、それぞれに秀でたものを持っている。
大まかに分けると、ヤン、キョウ、セイタの3人は運動、マキは勉強が得意という感じだが、ヤンとセイタは平均値が高いタイプ、キョウとマキはそれぞれに特化したタイプだ。
最初は僕の年齢に驚いていたようだが、子供が仲良くなるのに理由は必要ない。一緒に走り回って、一緒に大笑いしていれば自然と仲良くなるものだ。
運動能力に関しては、僕がダントツに高い。今時点で一般的な大人以上の能力があるので当然だ。ただ、それは子供達の前では披露していない。
今日はみんなで鬼ごっこだ。
「「ジャーンケーン、ポン!」」
「ヤンが鬼だー。」
ヤンを中心に一斉に散開する。
「ヤトリちゃん。一緒に行こうね。」
こういう時は大抵、マキが僕の手を引いて一緒に行動する。
「マキちゃん。僕と一緒だとすぐに捕まっちゃうよ。」
「いいのよ。ヤトリちゃんと一緒の方が楽しいもの。」
マキは鬼ごっこはそっちのけで、花や小動物等、かわいいものを愛でることを始める。マキ目線のかわいいものの中には魔物も含まれるので注意が必要だ。小さな魔物は身を守る為に、毒を持っていたり、催眠や呪いをかけてくるものが多いのだ。そうとは知らないマキは、ただかわいいものに夢中になる。そこからは、僕がマキの手を引いて逃げることになる。
ヤンはそんな僕らを本気で狙うことはしない。ヤンの狙いはキョウかセイタだ。運動能力の高いキョウは、ガチで年長のヤンを撒くことがあるツワモノだ。運動能力で敵わないセイタは、物陰に隠れるのが上手い。
ヤンの目標はキョウかセイタだ。
鬼役がヤンからキョウに移れば、セイタの隠れた場所を知っているキョウからセイタへと鬼役が移る。
セイタが鬼役になれば、その標的は僕とマキになる。そして僕らに鬼役が移る。いつもの流れだ。
今となっては暗黙のルールと化しているが、僕とマキだけは二人一組で鬼役となる。
「ほら、捕まっちゃったじゃん。」
「いいのよ。ヤトリちゃんと一緒なら、キョウちゃんだって捕まえられるもの。」
「キョウちゃん、すばしっこいもんね。」
「ん?キョウちゃんだけじゃなくてね。私ひとりで鬼やっても、誰も捕まえられないの。ヤン兄がわざと捕まってくれるだけなの。」
「じゃあ、誰を狙おうか。」
「誰がいいかな?」
「…キョウちゃん?」
「うん!」
二人共同ではあるが、運動能力の突出しているキョウを捕まえることができることが、マキには何よりもうれしいようだ。マキの満面の笑みを受けて、こちらも気持ちがほっこりとして笑みがこぼれてしまう。
まずは作戦会議だ。とはいえやれることは多くはない。今回は罠を張ってそこに追い込む作戦でいくことにする。これも二人だからできる方法である。
ソナーでキョウの現在位置を確認する。…こちらが見える位置にはいない。
「ヤトリちゃん、何してるの?」
「障害物を作ってるんだよ。」
木々の間に、倒木を立てかけたり、蔦草を網目に這わせる。
「キョウちゃんみたいな野生児はね、ある筈のない所に物があると、小さな隙間は目に入らなくなるから進行方向が限定されるんだ。特に走って逃げてる時なんかはそうさ。ここだと、こっちが崖になってるから必ずこっちに向きに方向転換するわけだ。」
「へぇ~。ヤトリちゃん頭いい。」
「こんな罠をいくつか作っておけば、おおよそどの方向から逃げてきても、逃げ道はここに集約される。だから、マキちゃんはそのあたりに隠れてて。キョウちゃんがここまで来たら飛びつけば捕まえられる。」
「うん、わかった。」
かくして、僕はキョウを罠まで追い立てた。
作戦は順調だ。キョウはマキの潜む方へと逃げていく。もう一息だ。
バサッ!
マキがキョウの前に立ちはだかった。
「マキちゃん!まだはやい!」
運動が苦手なマキは、動く物とのタイミングを取ることが、非常にへたっぴである。こういったハプニングでも、気持ちがほっこりするのはマキの人柄というものだろうか。
「へへ、こんな事だろうと思ったぜ!」
キョウが方向を変えて僕の方へ向かってきた。
幼い僕の方が躱しやすいと思ったか。
「抜かせないよ。」
「どうだか。」
キョウは僕の左を抜けると見せかけて、上へジャンプした。さすがの運動神経だ。だが、そんな事はおり込み済みだ。一度ジャンプした以上、着地点は決まっている。僕はそこへ手を伸ばす。
キョウが空中に足をけり出した。するとどうだ、キョウの身体が空中で跳ねた。
こ、これは、魔〇村のアーサーよろしくの二段ジャンプ!
キョウは僕の頭を軽々と越えて、逃げていった。今回は僕等の負けだ。負けだが…。
「なんだよ。それぇ。」
僕の心の底からの叫びだった。
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