村長

 この星ハラテβでは、人間が生きていくうえで魔法が非常に重要な役割を担っている。魔物の驚異から人間の生活圏を守るために、町や街道等を光学的に迷彩しているのも、またそれらから気を逸らすように仕向けるまじないの様なものも、魔法である。そのおかげで衛星からの情報では人口の分布などは、いまだ不明な点が多く残ったままである。

 ただわかることは、この星は今までもこれからも魔法を軸にして発展していくのだろうということだ。地球での物理学や化学等はこの星には当てはまらない。この星ではこの星の、別の科学として様々なものが究明されていくのだ。


 さて、人間の生活が大きく魔法に依存しているのは確かなのだが、実際に魔法を使える人間は多くないのが現状のようだ。つまりそれは、魔法を使えることのステータスというのは相応に高いという事を意味する。

 魔法の多寡によって生活圏の広狭が決まるのであれば、優秀な魔法使いの存在がそのまま町や村、ひいては国のステータスにもつながると考えられる。


 「養子ですか。ヤトリちゃんを…。」

 「そうだ。悪い話ではないと思うが。」

 「でも、この子はまだ1歳になったばかりで…。」

 「うむ、はやい方が良い。」

 「…。」


 この村の中で、魔法を使えるのは2人だけ。そのうちの1人が村長である。もう1人はこの村の剣術道場師範の息子アーロンだ。


 蛇足ではあるが、剣術道場を開いたアーロンの祖父は、世界各地を流浪し剣の腕を磨き、全国から腕に覚えのある猛者が集まる大会で優秀な成績を収めたこともある。村で道場を開いてからは、他国からも彼の名声を頼ってくる者も多く、村への貢献も大きい。村の有力者として発言権も大きい人物であった。数年前に病により他界したらしい。

 その孫アーロンはというと、絵にかいたような駄3代目である。剣の腕はからっきし。親のすねでナラの魔法学校へ通わせてもらい魔法を修めたとのことだが、なにせ下手である。

 何度か目にする機会があったのだが、僕の目から見ても下手であった。

 何とか一族の有力者としての体裁を整えようと「努力はしましたが失敗しました」感がありありと伝わる。こちらサイドとしては、これからの展望が全く感じられない彼とは、お近づきになりたくない人物である。


 比べて村長は村の祭事などで魔法を披露するが、こちらは煮詰まった感があった。そして年齢の事もあり、後継者となり得る優秀な人材を探してもいた。

 すでに何人かを養子に迎えて、教育を施していることも村内では知られており、魔法の事を学ぶのであれば断然こっちで、僕がこのような社交場を利用して、自分をアピールしたのは偏にこの村長の目に止まるためであった。


 しかし、これ以上おばあさんの青い顔を見るのは忍びない。


 「あばあちゃん、大丈夫?」


 僕はおばあちゃんの袖を引いて言った。


 「大丈夫だぉ。心配いらないぉ。」

 「このおじいちゃん、怖い人?」

 「いんや、この村ぁでいちばん偉い人だぉ。ヤトリちゃんがあんまりかわいくて、息子にしたいなんて急に言うからぁ、おらぁびっくさこいたんだぉ。」

 「僕、おばあちゃんの方がいい。」

 「そぉかぁ、そぉかぁ。」

 「うん!」


 おばあちゃん殺しの、まだ歯の生えそろわない1歳のほほえみ。どうだ。


 うむ。効果てきめんだ。


 そんな祖母孫のやりとりを黙って微笑みながら、村長は見守っていた。


 おばあさんが落ち着いたのを見計らって、村長が近づいてきた。しゃがんで僕を真っすぐに目を合わせてきた。


 「ヤトリちゃん。あしたもここにおいで。お友達を連れてきてあげよう。」

 「おともだち?」

 「そう、ヤトリちゃんと歳の近いお兄ちゃんだ。」

 「うん。」


 ほう、直接僕を取り込みにかかってきたか。1歳の赤ん坊への対応じゃないな。さすがは村長。よく見ている。


 話はそこまでで、村長は帰っていった。

 引き際はさっぱりとしたものだ。僕も黙って見送った。初対面としては上々の感触だろうと思う。


 洗濯を終えて家に戻ると、ほどなくしておじいさんも戻ってきた。洗濯場での出来事を伝えると、今度はおじいさんが顔を青くした。

 それにつられてか、おばあさんも再び顔を青くした。

 長く連れ添うと似るものなのだろうか、2人は性格も見た目もそっくりだ。

 今は勝手知ったる屋内なので、後ろに転がっても平気だし、思う存分青くなってもらおう。

 おじいさんとおばあさんを交互にマッサージし血流とリンパの流れを促進する。活を入れるよりも健康的な蘇生法である。ショックがトラウマになりにくいという利点があるのだ。そして、それを利用した心理的刷り込み術を僕は知っている。

 ホクホクと2人とも幸せそうな表情になってくる。


 「村長さんって、良い人そうだよね。」


 「「!」」


 「僕以外にもいっぱい子供がいて、一緒に遊んだり、お勉強したるするんだって。楽しそうだなぁ。」


 「「!」」


 「別の家で暮らすのは怖いよね。」


 「「!」」


 「おじいちゃんもおばあちゃんも優しいからなぁ。」


 「「!」」


 「でも、僕もっと世界中のいろんなこと、知りたいな。」


 「「!」」


 「同じ村内なんだから、会えないわけじゃないし。」


 「「!」」


 おじいさんとおばあさんは、僕が何か言うたびに青くなっては、マッサージによりホクホクを取り戻すことを繰り返した。

 20分程すると、何が何だか分からなくなった2人は、気持ちよさに身を任せて眠ってしまった。血流と一緒に発汗も促進されていたので、汗を拭って毛布を掛けてあげた。

 2人が寝ている間に、昨日の残りの芋煮を温め直しておく。

 30分程して2人が気持ちよく起きたところで、あったかい芋煮でお腹を満たせば…、


 「おじいちゃん。おばあちゃん。いままでありがとう。僕、村長さんのとこでがんばるよ。」


 「「!」」


 …あれ?2人とも箸を落としてらっしゃる。

 顔色がみるみるうちに青くなって…。

 おかしいな、刷り込みできてるはずだったんだけど、笑顔で送り出してくれるはずだったんだけど、はて?どこか間違ったかな?





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