魔法

 僕がおばあさんに拾われて、1年が経った。


 あの夢現のカプセルの言葉を信じるならば、僕は一度死んだらしい。

 カプセル内のタンクにもしもの予備に、僅かに残しておいた『僕の素』から、僕は再構築されたのだ。予備の量が少なく完全な形での再構築が出来なかったために、身体のコントロールもまともにできなかったようだ。


 記憶のバックアップは残っていたようで、最後に見たあの女の無表情な顔もしっかり思い出すことができた。まだ身体こそ小さいが、運動能力は回復している。ただ、あの女と再び相対するためには、なんとしてでも魔法の謎を解明しなければならない。もう捨てる命は残っていないのだ。


 おじいさんとおばあさんはとても良い人達で、血の繋がりのない僕をかいがいしく面倒を見てくれた。

 ここは、ナラよりもさらに南に山を越えて500km。僕が漂着した海岸からは、大きな半島の逆側の海岸に程近い、魔物の跋扈する人間には優しくない世界においては決して豊かとはいえないが、大きな太陽の下で皆が健やかに生活を営む、シラハマという人口250人程の穏やかな気質のちいさな村である。


 今日もまた、おじいさん(通称チョウさん)は山へ柴刈りに、おばあさん(通称トキさん)は川へ洗濯に行く。もう僕は一人でも留守番できるくらいには信用されている。しかし、家でじっとしているなんてもったいないので、積極的に外に出るようにしている。おかげで村内では1歳にして意思疎通が可能な賢い子、程度の知名度を獲得している。


 床の間に安置されている機械仕掛けの剣に手を合わせる。

 この機械仕掛けの剣は、僕が川上からどんぶらこしてきた時、傍らに添え置かれていた物である。元カプセルさんである。

 この家ではすっかり縁起物として板についてきた。外出の際には、安全を祈って手を合わせる。このルーティンは欠かせない。床の間にずしりと居座って、最近ではめっきり貫禄まで出てきたように思う。


 カプセルさんは、死んだ僕を再生するにあたり、いくつかの重要な機器を僕へと移植した。機能の減ったカプセルさんのAIが、これから最も役立つと思われる形態を自ら選択し、この剣へと自らを改造したのだ。


 AIの英断に敬意を表して、『グラディオ・エクス・マキナ』と命名した。


 因みにファンタジー世界にはお誂え向きに、闇以外のメジャーな属性攻撃および、限定的な錬金スキルが使用可能だ。科学の力でだけど。


 おじいさんとおばあさんは、手を合わせる時間が僕よりも2呼吸程も長い。その間に僕は外出の準備を整える。テキパキとしたその動きは傍から見ると異様な光景だろうが、おじいさんもおばあさんも慣れたもので特に違和感を覚えることはない。


 「おばあちゃん!まだ?はやく、はやく!」

 「はぁいぉ。」


 「ほんに、よくできた子だぉ。」

 「かしこいえぇ、かしこいえぇ。」


 これから行われるであろう井戸端会議では、僕の様々な偉業が語られるであろうが、孫自慢にツッコミを入れるような無粋な人はいない。だから僕はいまだに、ただの賢い子でいられるのである。


 「今日はじいちゃんと行くぉ?」

 「え?」


 そうか、山へはしばらく行ってなかったな。

 でも、山は何処まで行ってもおじいさんひとりだから、伝手が拡がらないんだよね。


 「うん。おばあちゃんと行く。」


 「うっ。」


 おじいさんへのデバフ効果。


 『おじいさんの背中が2°曲がった。』



 魔法に関しては、グラディオ・エクス・マキナにより解析を進めているが、わからないことが多すぎる。わかっていることといえば、解析不能の物質が関わっているという事だけ。

 村長が祭事の際に魔法を披露しているのを、こっそりスキャンさせてもらったところ例外なく、この物質に動きがあったのだ。

 この物質は何処にでも存在する。大気中やあらゆる物質の中、それは人の体内も例外ではない。それはおそらく、人の思考というか思念、もしくは言葉、言霊に反応する特性を持っているらしい。


 実はこの物質を動かすだけならば、僕にもできる。何の力にもならないけどね。時間があればメイコさんに聞いておきたかった。


 また、これも魔法に関することだが、衛星からの映像で町や村が確認できなかった件に関して、理由がわかった。

 町や村には、周囲に結界が張られており、外からは中を見ることができない。鬱蒼とした森に一歩、足を踏み入れると視界が急に村の景色に変化する。加えて認識阻害とでもいうのか、自然と意識がその場から逸らされるカラクリも使われているのだそうだ。


 だから、迂闊に村から外に出ると、2度と戻れなくなる。


 もしかすると僕は、一生をこの星で誰にも会えないまま終える、という可能性もあったわけだ。


 怖ろしや、怖ろしや。


 村の中で魔法を使えるのは、村長と他1人だけ。誰もが使える能力ではないようだ。こっそり血を調べてみたが、特に共通点は見当たらない。使えない人との相違も特にない。男女も関係ない。共通点といえばは、皆それなりに裕福な家庭であることくらいか。


 今のところ直接話を聞くことはしていない。

 僕の場合産まれが普通ではないので、特異なことに自ら首を突っ込むことでが出ることを嫌ったからだが、そこには僕の別の思惑もあった。


 川の洗濯場には、4人の先客がいた。皆すでに顔なじみである。

 白髪まじりの熟女2人と若奥様とその娘。


 「おはよう。」

 「おはよう。あら、ヤトリちゃん今日もお手伝い?」

 「えらいねぇ。」

 「うん!」


 満天の笑顔で掴みはOK、子供の特権である。


 いつものあいさつを済ませると、僕はもみくちゃにされながら作業を開始する。作業といってもフリだ。水に浸した洗濯物を石に乗せて、平手でペチペチと叩く。いい子の演出だ。

 背後から一同の黄色い声援を受けながら、僕はその作業をしばらく続けた。


 近づいてくる足音を僕は誰よりも早く察知していた。ついに待ち人がやってきたのだ。


 「おはよう。皆、精が出るね。」

 「おや、村長さん。めずらしいね、こんなとこに。美人に引き寄せられたのかい?」

 「はっはっは。ワシがあと10年若けりゃな、皆まとめてお相手したんだがな。」

 「やだ、村長さんったら。10年若くたって70のおじいさんじゃないか。」

 「はっはっは。それはさておき、トキさん。その子、ヤトリくんの事で話があるんだが、いいかな?」





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