油断

 メイコさんとトアちゃんに好評を得た偽装鶏肉は、味付けは塩のみ。塩はこの星に降りて海水の成分を調べるついでに生成した物である。直火で焼く時は少し多めに塩を振ってやると、焼く過程で油と一緒に程よく落ちて良い塩梅になる。

 彼女達の笑顔が胸に染みた。1人の時間が長かったからだろうか。あまり今までに経験したことない心持だった。

 とにかく、どうやらこの肉が虫肉であることは、うまく隠し通すことができたようだ。


 メイコさんはおそらく、口内炎か虫歯があるのだろう。左頬側を気にしながら咀嚼していた。蜂毒を持ってこなくて正解である。スズメバチの毒は血中に入るのはNGだ。

 さて、続いては蜂由来の甘味(胃袋の内容物)である。この甘味を口に含んだ瞬間、明らかに空気が変わった。この世界では甘味というのはかなり高級な物であるようだ。このような、所謂嗜好品の扱いで、その土地の文明度の高さを窺い知ることができる。



 文明の発達に欠かせない物、それは欲である。その欲を妨げる壁を乗り越えることで文明は発達する。

 今この星は、まさにその壁に当たっているところではないかと思われる。これから大きく発展するその途上なのだろう。貧富の差が大きく、権威、権力の優劣が最も明確に分かれている時代ともいえる。


 そんな時代に翻弄される二人の女性というところなのだろうか。しかし、寄り添う二人にそんな鬱屈した感情は感じられない。


 「ね、ヤトリ。」

 「…。」

 「あなた、ヤトリみたいに強いのでしょう。メイコが言っていたもの。」


 不意にトアちゃんが発した言葉。意味は分からなかったが、顔を上げると瞳を爛々と輝かせたトアちゃんの顔が、僕を真っすぐ見ていた。てっきりトアちゃんからは避けられてると思っていたから、こんな表情をされるとちょっと嬉しい。甘味の力は偉大である。

 ところで、ヤトリとは何だろう?

 疑問に思っていると、それを察したメイコさんが解説を入れてくれた。


 「…、あ、僕の事?ヤトリって?」

 「ヤトリはね、悪の大魔王と戦う少女戦士達を、影で支える王子様なの。」

 「しょ、少女戦士?王子様?」


 それにしても、大魔王とか、少女戦士とか、漫画的なネタには驚いた。地球であれば騎士とか、侍が物語の中心的な存在である時代かと思っていた。…魔物等が存在する世界では、逆にこれが普通の事なのだろうか。


 「ヤトリと5人の少女戦士の伝説よ。300年程前に、その命と引き換えに大魔王を封印した英雄の話。」

 「え!実在した?」

 「えぇ、と言われいるわ。そしてその封印の効力がここ数年で弱まっている、という話よ。」

 「だ、大魔王ですか。」


 トアちゃんの話に、メイコさんが付け加えてくれた衝撃の真実。

 なんてファンタジーな。SFのFは、フィクションではなく、ファンタジーだった的な?

 いや、当然といえば当然か。地球でも昔から正体のわからないものは、神様の御業か、妖怪等の魑魅魍魎の仕業と、山のように話が残っている。単語の違いだ。


 なるほど、今は戦争か天候不順か何かで飢饉等の危機に晒され、そこへ変な新興宗教団体が力をつけてきたと、そんなところか。


 「では、ヤトリ。話の続きは道中にでも。日が暮れる前に少しでも進みたいのだが、良いだろうか。」

 「うむ。」


 追われる立場としては当然だ。メイコさんの表情からは、先程甘味に浮かれていた面影は消えていた。

 そして、僕はさも当然のように『ヤトリ』という名前に収まってしまった。



 いざ、出発。


 トアちゃんが手を握ってきた。満面の笑みである。遠足にでも行く気分なのだろうか。そんな様子をメイコさんが微笑ましく眺めている。

 危険が差し迫った状況に関わらずこんな優しい表情ができる、メイコさんの人柄が覗える。


 でもね、メイコさん。僕、実はあなたの倍は生きてると思われます。



 小一時間歩いたところで、いよいよ森に突入する。ここから先は上空の衛星からは確認できていない、動物や魔物が多くいるはずだ。距離がある為カプセルからの補助も受け取れないので、自分の五感に頼るしかない。


 やはりというか、森の中は生き物でいっぱいであった。

 トアちゃんには、メイコさんと手を繋いでもらい、僕が先頭を歩いた。土地勘のない僕が?とも思ったが、メイコさんからは方向の指示をもらうだけにして、効率を優先させた。

 というのも、小刀で枝を払ったり、襲い掛かってくる魔物の攻撃を受け流す様は、流麗で見惚れるほどだったが、隠しようのない育ちの良さがにじみ出て、現場で慣らした感が全く感じられなかった。

 僕はどうだと聞かれると、もちろん現場経験などはないのだが、道なき道を切り開くのは僕のような力押しの方が効率が良い、というか時短になるのだ。


 目の前の物、すべてを薙ぎ払いながら進むのは、気持ちがいい。なんか楽しくなってきた。

 動くものは大抵が魔物なので、良心を痛めることなく蹂躙できる。身体を動かすのにも、だいぶ慣れてきた。


 などと、気楽に考えていた。


 それは僕の油断であった。ふと、僕等追われている状況でこんなに痕跡をばらまいて大丈夫かなと思ったりもしたが、今はスピード優先と誤魔化していた。


 何かが近づいてくる気配。僕はそれを魔物の気配と誤認した。今ちょうど木の影になって見えない。回転しながら刀身に力を乗せて、一歩を踏み出す。魔物を視認したと同時に上下に両断する。


 そのはずだった。


 しかし、目の前に現れたのは、魔物ではなく人間であった。


 攻撃を止めることで精一杯だった。

 身体が硬直した。


 僕の身体は動かないまま、周りの景色はゆっくりと動く。目の前に立つ人間の拳が、予備動作も無しに動き、僕の鳩尾に吸い込まれる。


 穴が開くかのような衝撃が、僕の身体を突き抜けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る