配慮
この星には、妙に地球と共通点が、今のところは特に日本との共通点が多い。
キョウトやナラといった地名もそうだが、メイコさんとトアちゃんの衣服もそうだ。
長襦袢のような前で重ね合わせる形のトップスを帯で留め、旅装だからかおはしょりを多めにとって丈を短くし、その代わりに袴のような余裕を持たせたパンツを履き、膝から下に巻き付けられた鞣した皮は縄で縛りつけられている。親指だけが分かれたソックスの上に履いているのは、草履である。
綿入れ的なものを羽織っているが、夜は冷えるだろう。
全体に装飾はほとんどない。あまり染料などは発達していないのかもしれない。どれも色こそ入っているが、くすんだような色味になっている。
あ、違う。派手だと目立っちゃうからだ。今2人は怪しい宗教団体に追われているのだった。
そして、なんといっても言葉である。
普通に話していたが、この普通に話せるという事の驚き。これは異常ともいえる一致である。
僕には専門外なので詳しい事はわからない。ともあれ土地の文化的な事は、一朝一夕で調べられることでもないので一旦棚に上げておく。
メイコさんとトアちゃんは、ゴブリン10匹の大群を前に相当緊張していたらしい。今は気が抜けて休んでいるところだ。
トアちゃんとは、なんとなく仲良くなり損ねた。名前を答えなかったからだろうか。
…何が原因だかわからないが、いまだに僕は自分の名前を思い出せない。仮の名前でも設定しておくべきだったと、少し後悔している。
さて、これから2人と一緒に行動するとなると、カプセルを同行させるわけにはいかないな。
この辺りは、あまり人が通る場所ではないようだが、念の為、土中に錨を入れて固定した後、軽く落ち葉等を被せてカモフラージュしておいたので、2人の目には入っていないはずだ。しかし、しばらくは使えない。
ここから南のナラまでは、通常20日程かかるらしい。
不思議なものだが、周辺に町などがある気配が全くないのだが、どうしたものか。狙われているという事だから、できるだけ早く送り届けてあげたいのだが、地図上で目標が設定できない。
メイコさんには道がわかっているようだ。街道等も見受けられないが、どのように居場所や目的地を設定しているのだろうか。
聞いてみたがチンプンカンプンだった。要するには魔法の力を使うらしい。僕は本当にただの護衛として、後をついていくしかないようだ。
道中の食事はどうしようか。護衛としてはそのあたりも滞りなくかつ安全に提供したいものだ。
料理は専門外だが、もしもの為に食材や調理方法等、データだけは30年間の漂流中に頭の中に落とし込んである。問題ないと思いたい。
そういえば、僕の専門分野ってなんだっけ?この星に来てから、比較的スムーズに出てきた知識といえば、…ゲーム?やばい。ある意味、究極のアウトロウだ。
「そういえば、森の奥で大きな犬の腐った死骸があったんだけど、あれも魔物なのかな?」
「いえ、死骸が残っていたなら、それはただの動物よ。魔物は死んだら灰になっちゃうのよ。ゴブリンみたいにね。」
「あ、なるほど。じゃ、間違って魔物のお肉を食べちゃったり、なんてことはないんだね。ハハハ、でも、生きてるうちに見分ける方法ってないの?」
「犬の形をした魔物もいるけど、見た目はかわらないわね。でも、見たらわかるわよ。」
「そう。じゃ、見てみないとわかんないね。」
「うん、その時教えてあげる。っていうか、永い事旅をしていた割に、そんなことも知らないのね。意外だわ。」
「た、旅っていうか…。あはは、あんまり気にしてなかったなぁ。」
ちょっと墓穴を掘ってしまったが、こんな時にはこの見た目を頼ると、良い感じに誤魔化しが効く。僕の処世術のひとつに加えよう。
ここから南へ行くとなると、かなり深い森を進むことになる。衛星からの探索は期待できない。使えるのはGPSくらいか。カプセルの機能も使えないので自分の感覚を頼ることになる。
もう少し周囲を調べる時間が欲しかったな。
さてさて、鬼が出るか蛇が出るか、巨獣が出るか、魔物が出るかだな。なんか楽しくなってきた。
「あなた、荷物はないの?」
「ん、ん~。着の身着のままってとこかな。簡単な日用品しか持ち歩いていないよ。」
「…食事は、どうしてるの?」
「食事は、その場その場で、だね。」
「そ、そう。あなた程の力があると、それができるのね。」
メイコさんが、すごく期待込めた目で僕を見つめている。
「…?もしかして、お腹空いてる?」
「もう3日も何も食べてないの!逃げる時は何をする時間もなかったから。」
圧力が3割増した。僕はメイコさんから目を逸らせた。
くるりと背を向ける。
周囲を探索するが、こんな時に限って近くに虫達がいない。少し探索範囲を広げて、…あ、いた。近づいてくる。蚊よりもスピードが速い。おそらくは飛行型の動物だろう。10km以上向こうから、5分ほどでもう1kmほどまで近づいている。
今、この人達を戦闘に巻き込むのは忍びない。離れた所で確保しよう。
「ちょっと待っててね。何かいないか探してくるから。」
はたして、これが食べられるものであることを願う。まだ距離があるうちに拳大の石を手に取る。
もう肉眼で確認できる距離だ。
大きい。どうやらスズメバチのようだ。よし、栄養満点だ。
飛んでいる虫だと簡単だ。どこかの節を落としてしまえば飛べなくなって地面に落ちる。
投擲。命中。
仲間を呼ばれる前に頭を落とす。落ちてくるに合わせてジャンプ。身体にだいぶ慣れたのでジャンプ調整もお手の物。空中で接触。片方の羽を投擲で破っていたので、スズメバチは身体をうまくコントロールできていない。中華包丁で頭を短冊切り。
まだ尾の先の針は通常状態なので毒フェロモンは問題なさそうだ。
この大きさだと地面に落ちると破裂しそうなので、抱えて着地する。
昆虫系は弱点がはっきりしていて、戦闘が楽である。
腹を裂いて胃袋を取り出す。ここには幼虫から分泌された栄養満点の液があるはず。手持ちの小鍋に取り出す。見た目寄生虫はいないようだが、念のため後で加熱しよう。カプセルが使えれば鑑定すれば良いのだが、ひと手間くらいはしょうがない。
毒は飲む分には問題ないらしいけど、なにしろ量が多いからな。燃やすと呼んじゃうかもしれないから、…よし、埋めちゃおう。
虫だけど、これだけ大きいと虫食な感じがしない。肉も鶏肉のような感じだ。そう、これは鶏肉だ。そうしておこう。
女性の中には虫が苦手という人が多いと聞く。僕の直接知っている女性達は、とても強い人達だったから問題にならなかったが、皆が皆そうではないというのはしょうがないといえる。
僕はなんと気の使える男であった。
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