依頼
現在、僕のメイン武器の中華包丁は、強化クリスタル製なので錆の心配がない。ゴブリンの血も2、3回振り回せば綺麗に落ちる。お手入れが簡単なのは良い事だが、この星にはもうガラス製品はあるのだろうか?当たり前のように人前で披露してしまったが、…ま、当たり前のように鞘に仕舞ってしまえば問題ないかな。
背後から、痛いほどの視線を感じる。
しかし、ここは何事もなかったかのように振り返るのが、得策というものだ。振り返るとやはり視線は真っすぐに僕に向けられていた。
良かった。敵意の有る視線ではない。
良かった。美人さんだ。足元にチラチラともう1人の影が見える。小さいな。身長は僕と同じくらいか。とすると、年齢は7、8歳といったところか。
「あなた、この子と同じ歳くらいなのに、すごいわ。剣筋が全く見えなかったわ。」
そうでしょうとも。透明なので。
青い髪の女性のお尻に引っ付いて半身だけ姿を晒した、同じく青い髪、青い瞳の少女と目が合った。2人は親子だろうか、よく似ている。こちらは身体が小さい分、瞳が大きく見えてとても可愛らしい印象だ。
「こんにちは。」
「こ、こん…。」
少女は恥ずかしがって、お尻の向こうに隠れてしまった。こういうの、ほのぼのするぅ。
僕を安心させるためか、女性が屈んで視線を合わせた。
「こんにちは。私はメイコ。この子はトア。いきなりこんなこと聞くのもなんだけど、あなた、教団の人間じゃないわよね?」
「教団?」
「まさかね。こんな小さな子が刺客なわけないわよね。ごめんね、変なこと聞いちゃったね。」
今、刺客と言いましたね。訳アリのようですが、僕、立場上あまり文明持ちの方と直接的な関わり合いを持つことができないのです。
「私達、
「組織ですか。」
「そう、とても大きな組織よ。」
「教団とおっしゃいましたね。」
「えぇ、宗教団体。国といってもおかしくないくらい、大きな宗教団体よ。もちろん指揮系統なんかは別だとは思うけど。って、わかんないか。」
「うん、わかんない。僕、子供だから。」
どこかの探偵少年のようなセリフだ。
「もしよかったら、私達の護衛を頼んでいいかしら?」
えぇーっ。ダメ、ダメ、ダメです。
「ほら、トアもちゃんとあいさつして。」
トアちゃんがメイコさんに押し出されるように、全身お披露目である。
あ、もう片眼は金色?…いや、やっぱり青か。
そのトアちゃんの大きな目が瞬きをした。すると、睫毛の周りを光の粒子がフワッと舞ったように見えた。錯覚ではない。それは青い睫毛を金色に染めたり、はらはらと落ちて瞳の中に滞留し鈍く緑色に見せたりした。
よく見るとそれは全身を包んでいるようだった。肌や髪の色なども様々な色に光って、トアちゃんの輪郭をぼやかして見せた。
不思議な子だ。
「こ、こんにちは、トアです。よろしくおねがいします。」
トアちゃんがペコリと頭を下げる。か、かわいい。子供ならではのぎこちない仕草だ。
「うん、よくできました。」
メイコさんが頭を撫でると、トアちゃんがクシャッと破顔する。前歯が2本なかった。
見かけだけじゃなく、こういうところも僕等と変わらないんだ。環境が似ていると同じような進化を辿るものなのか。
「ごめんね。話の途中で。…返事を、もらえるかしら。」
「あ、え~っと。僕、子供だから、できるかなぁ?」
「大丈夫。あなた、私が知ってる誰よりも強いわ。自信を持っていいと思う。」
ですよね。完全に無双しちゃったし。
「ゴブリンって、そんなに強いのかな?」
「そうね。単純な力比べだと、大人と1対1でゴブリンの方がちょっと上かしらね。でも、実際戦うと、道具と魔法があるから人間の方がちょっと有利ってところね。余程の事でないと複数を相手にしたくはないわね。」
「え、ゴブリンってザコキャラじゃないの?…そ、そうなんだ。」
「確かに、魔物の中では弱い方かもしれないけど、人間にとっては十分に脅威よ。何しろ数が多いから。」
「魔物!魔物って魔物?」
テンション(再爆)。
「そ、そうよ?でも、きっとあなたの周りでは事情が違うのよね。あなた何処の人?この辺だと、やっぱりキョウトかしら?」
「キョウト?」
「ええ。私達はそこから逃げてきたのだけれど。」
まさか、キョウトとは。さらにそこには国と関わりの深い怪しい宗教の総本山があるとか、危険なフラグがいっぱいなんですけど!
でも、このシチュエーションって、この2人が絶対的に主人公側の人達ってことだよね。助けないとここで早々にゲームオーバー的な?
「違うわね。あなたみたいな子がいたら、絶対に目立つもの。もしかすると南のナラの人?だとしたら私達としてはすごくありがたいのだけれど。」
「え~っと…、」
「ナラに入ってしまえば、教団も簡単には手出しができないわ。」
「ごめん。僕はどちらでもないんだ。その、根無し草というか、もう何年も旅を続けていて、身寄りもないし…。」
嘘はついてないからね。余計なことを言っていないだけ。
「そう、残念。でも、護衛はぜひともお願いしたいわ。ナラまで辿り着ければ、十分なお礼もできると思うの。お願い。」
「ん~まぁ、僕で良ければ…。」
「よかった。ありがとう。」
決してやましい気持ちはない。決して美人さんの頼みを断りきれなかったわけではない。
どのみち情報収集のために、全く関わらないわけにはいかないのだ。護衛が終わるまで、いろいろこの星の事を聞かせてもらおう。無事に送り届けたらそこで、さよならすれば問題ない。
「あなた、お名前は?」
不意のトアちゃんからの質問に、僕はドキッとした。
「あ、なまえは…。」
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