食物
しかしそれは、人というには少し歪に見えた。
その緑色の肌は、一体何から組成されているのか?葉緑体でも持っているのか?植物か、植物から進化したのか!
身長は僕と同程度で1mくらい。大きな黄色い目に尖った耳、突き出た花、いやらしく曲がった口元、ひょろっとした手足で腹だけがポッコリと出ている。言葉は持っていないようだ。鳴くように「ゴブゴブ」としか発していない。
記憶の中にダブるモノがひとつあった。
ファンタジーの世界に登場する『ゴブリン』である。
精霊が悪さを続け堕落し、行き着く先の姿という事だが、…ぜひとも検体として1匹確保したい。
あれらが本当にゴブリンというならば、逆に精霊というものが存在するという事になるのだろう。非常に興味深い。あれは常識的な科学とはおよそ交わらない存在であるからだ。ただ、この世界はすでに僕にとって十分非常識である。
まずは受け入れよう。
こいつは『ゴブリン』だ。
弱い者の常としてゴブリンは基本単独行動はしない。身体だけでなく頭も弱いので、逸れゴブリンという例外は常に存在する。
今回は例外には当てはまらない。僕に目をつけたゴブリンが、他のゴブリンに合図を送る。7匹のゴブリンがこちらへと向かってくる。
数を恃んでも、所詮はゴブリン。連携などは図るべくもない。バラバラと力任せに押してくるだけである。
僕は腰に下げたクリスタル中華包丁を構える。
僕は7匹ひと通りの攻撃をすり抜けて、くるりと反転する。ゴブリン達は皆バランスを崩して、僕を見失っている。
僕はクリスタル中華包丁で、最後尾のゴブリンの首を飛ばした。
僕の力と中華包丁の重さ、遠心力で、ゴブリンの細い首は容易く断裁できた。おそらく強化クリスタルには刃毀れもないだろう。
虫を倒した時とは比べ物にならない、何かが僕の中に流れ込んでくる。僕は驚いてクリスタル中華包丁を取り落としそうになったが、何とか堪えた。
昔、訓練の中にあった。
悪に染まりかけた仮想世界を、その元凶である魔王を打倒し救うというRPGというジャンルのゲームである。
皆でゲームクリアまでの時間を競ったのだが、ほとんどの訓練生はプログラムを解析して、簡単に魔王を倒すことができる仕様にだったり、魔王が病死するようにだったり、最初から魔王の存在を消してしまったり、とプログラムを書き換えたのだった。それはそれでプログラム自体にトラップが仕掛けられていて、苦労があったようだった。
最初からゲームを楽しんでクリアしたのは、僕とコロンだけであった。
結果として、この訓練だけは僕とコロンで最下位を競ってしまったのだが、この事がきっかけで僕とコロンとの仲は深まったのだ。
同様のゲームや物語などを探して、2人で国立図書館のデータベースを漁ったのは、懐かしい思い出である。
固まっていた2匹を1振りで両断する。残りの4匹がそれぞれ方々に散って逃げの体勢に入るが、1歩で間合いを詰めて1匹、同じように続けて2匹を両断した。心の準備さえできていれば、もう武器を取り落としそうになることもない。
この身体とこの武器は、完全にチートである。しかし、ここは宿屋に泊まるだけではHPが完全回復しないリアルでの事と、ご容赦願いたい。
クリスタル中華包丁の刃をくるりと返して、最後の1匹の首元を打った。
ゴブリンは声も上げずに地面に倒れた。
「
そういえば、カプセルに入れば一晩で完全回復できるのだったな。
考えてみればテレビゲームとは、そもそもチートでできているのである。
戦利品として、気絶させたゴブリン1匹と、大きな犬の死骸の一部を持って帰ることにする。犬の死骸に集っている虫達に気づかれる前に退散するとしよう。
ゴブリンの身体は殊の外、脆いものだった。
脇に抱えて戻る途中でこと切れてしまったゴブリンの身体が、煙草の灰が落ちるように、ほろほろと崩れ去ってしまったのは想定外だった。
その一部を持ち帰ってカプセルで解析すると、その中には僅かも有機物が含まれていないことがわかった。
これがゴブリンである頃からそうだったのか、それとも死んでからそうなったのか。いずれにしても不思議な事実であった。
犬の肉は、犬の肉だった。腐っていなければ食用に出来そうだ。
さて、犬や虫達と、ゴブリンとの差とは、いったい何なのだろうか?
だいぶ日が落ちてきた。本日の調査はこの辺りで打ち切ることにした。兎にも角にも、僕のこの星での初めての食事は虫食であった。
補足
この星の大きな虫は、神経系に関しては地球のモノとそれほど変わりないが、筋肉に関しては大きく発達していた為、なかなかの食べ応えであった。
また、僕自身、今日1日の行動での身体への負担を調べる為、カプセルの中で1日を終えた。
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