哺乳?

 蚊の、正確には蚊らしき物の死骸が転がっている。あまり側にあって気持ちの良いものではない。しかしこの未知の地にあって重要なたんぱく源となるかもしれない物ではある。

 カプセルの中にいた時は、素となる物を消費していればよかったが、身体を再構築してしまった後では、栄養源は自分で確保するしかなかった。


 僕の脳が無くなったカプセルは、優秀なAIの制御により、僕の助手として役立ってくれる。カプセルと僕の脳は常に無線でコネクトしており、またメモリーも一部は共有しているため、リクエストもレスポンスも滞ることはない。


 カプセルには8基の子機から情報を集積している人工衛星となった宇宙船から、絶えず情報が送られている。それにより惑星全体の地形や気候の区分はあらかた把握することができている。後は年間を通しての情報を分析すれば、より正確なデータが取れるだろう。僕のやることは、当面は生体系の調査になるだろう。


 身体を再構築した際に念の為、僕の素をタンクに少し残してある。しかしそれはこの星には必要ないように思える。


 衛星からの動体検知、熱検知、カプセルからの振動検知で周辺の生物の反応を確認すると、そのいくつかがこちらに向かって動いていた。

 羽音は聞こえないので、飛行型の生物ではないのだろう。センサーがあるので、もうすぐそこにいる事はわかっている。しかし、うまく草叢に隠れて移動していて、特に背の低い僕の肉眼では姿を捉えることはできていない。


 知能は高くないのだろう。草を掻き分ける音を消そうとはしていない。居場所がまるわかりである。先程の蚊と同じ、所詮は虫だ。

 出てきたのは、特大サイズの蟻だ。

 出会い頭に、頭を抑え込む。この肉体は小さいながらも虫の力にも負けない。さらに力を加えると蟻の固い頭が縦に割れた。体液が漏れ出し、口元のはあぶくが湧いた。


 続いて同じサイズの蟻が1匹。最初の蟻を踏みつけるように飛びかかってきた。連携も何もない大味な攻撃だ。もう1匹、脇の草叢から顔を覗かせたが、すぐに襲ってくる気配はない。

 僕は襲い掛かってくる蟻の攻撃を掻い潜り、節の一番細い部分を叩いた。蟻の身体が2つに分かれるのを見届けて、残りの蟻へと向かう。

 蟻は無表情にこちらを見ている。

 

 動き出そうとした足を叩くと、その足は簡単に落ちた。僕はすかさずもう一歩踏み込んで、次の足を落とした。

 片側の2本の足が無くなると、蟻は自重を支えきれずその場で藻掻くしかない。


 僕は蟻の頭を砕いて止めを刺した。

 戻って、他の蟻にも同じように止めを刺した。


 また僕の身体に何かが流れ込んできた。


 「解析」…。


 結果は同じで、この「何か」を特定することはできなかったが、気になることがひとつあった。

 蟻の顎部に違う生物の痕跡があった。


 それは解析したところ、遺伝子的に見れば犬と酷似したものであることが判明したのだ。


 血液成分が固まっていない、まだ新しいものである。

 近くに絶命して間もない犬の亡骸があるかもしれない。それがあるという事は、近くにその群れがいるかもしれないということだ。


 昆虫、未確認だが魚類、そして、哺乳類。とくれば、希望的観測だがおそらく途中の両生類に爬虫類もいるに違いない。鳥類は…いた。遠くに小さく見える、が…まさか大きな虫じゃないよね。うん、あの羽ばたきは間違いない。鳥だ。


 これは、まさに地球の生態系そのままである。



 新たな情報を入手したので調査を進めよう。と、その前に、今のまま素手で、というかマッパで散策するのは良策ではない。少しでも傷つけば感染症の危険があるからだ。

 間に合わせで、辺りの雑草由来の繊維で衣服を作る。予想外に着心地が良い。これは、このままでもいいかも。

 続いて刃物。これは土壌から珪砂を取り出して加工する。用途に幅を持たせたいので、多少大きめに、あと重さも必要だ。熱加工が必要なものは多少時間がかかる。1時間ほどで強化クリスタル製の刃渡り40cm、厚みが4cmもある、かなり肉厚な中華包丁が仕上がった。持手や鞘は、また雑草由来の繊維を利用する。腰に下げるためのベルトも同様である。


 全身オフホワイトの全く飾り気のないコーディネートであるが、まぁこんなものだろう。



 蟻の足跡が消えないうちに逆行追跡する。

 カプセルは足が遅いので置いて行く。時速36km程の速度で森へと入る。

 しばらく障害物も無く進むと開けた空間に出た。幅が5m程、左右どちらを見てもどこまで続いているかわからない長い空間。まさか、獣道ってことはないよね?こんなデカい生物なんてあまり想像できないが。鯨か!


 大きな空きは足跡を紛らわせてしまうので、ご遠慮いただきたい。とはいえ、これもこれで面白い。


 一旦落ち着こう。

 この空間はそれほど古くはないが新しくもなさそうだ。二兎を追う者は一兎をも得ず。今は蟻の逆行追跡を優先しよう。

 いくつかそれらしい道が見受けられた。血の痕でも残っていればわかりやすいのだが。

 ひとつづつ当たっていくしかないかな。


 あっ、ひとつ目で当たった。5分程進むと、辺りに腸を破いた時の腐臭が漂い始めたのだ。そして、この臭いこそまさしく地球でいう哺乳類の特徴のひとつでもある。

 程なくして臭いの素が姿を現した。

 半分骨になった犬だ。デカい。横になったアバラの骨だけで高さが2m近くもある。とすると、体長は10mはあったのだろう。生きている姿を見たかったものだが、これはまた後から、いくらでも機会があると信じよう。

 

 それはさておき、そこで僕は、今までの驚きを掻き消すほどの、新たな驚きを目の当たりにした。


 蟻や蠅が集っている中に紛れて、巨大な犬の亡骸の朽ちた乳首にチュウチュウと吸い付いているそれは、見紛う事なき『人型』の生物だった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る