第166話 鈍った刃

 







『血は力なり……』


 俺は詠唱を行い、魔術を起動する。指先から流れる血が、ゆっくりとサーベルの切っ先へと垂れていく。刃は徐々に赤黒く染まり、やがて準備は完了した。


『鮮血は血漿となりてその忌みをもち』


 目の前にいる騎士は、ただまっすぐ俺を見ている。どこか寂しそうに、どこか名残惜しそうに。かつての部下である俺を殺すことを考え、どこか思うところがあるのだろうか。


(随分と甘く見られたな)


 前大戦の終結。それは二度にわたる決闘によりもたらされた。だが、今回は一度で良い。


『黄道は力を呼び、聖火を生む』


(俺が彼女に勝つ。そしてその武名を持って、アウレールに対抗するだけの権力を手に入れる)


 英雄を殺すものもまた英雄だ。そしてその名前に、人が付いてくることは明白である。


 後はアウレールが王国の将軍とつながっている疑いをかければいい。それなりの証拠も持っている。それに、必要なのはきっかけだ。


 大義と理由があれば、あとは力の勝負だ。元ベルンハルト将軍配下の部隊とルイーゼの協力があれば、十分にアウレールを排除できる。彼につく政治家も、結局は強い方になびく。問題にはならない。


(長き、険しい道だ。それに、面倒でもある。とはいえ、あの男にはこれまでの精算をしてもらわなければな)


『誰がためでなく、我がために。今この力を行使せん』


 俺は詠唱を終えて、彼女を見る。


 美しく気高い彼女は英雄の名にふさわしい。それに対して、俺はどうだろうか。


 一体どんな顔をしているのだろうか。


 俺には知るよしもなかった。













 決闘は唐突に始まった。兵の緊張などお構いなしに、二人は対峙したと思ったら次の瞬間には剣を振るっていた。


 それはかつての決闘のように、二人の戦士が己の力をぶつけている。幾度となく互いの得物がぶつかり合い、目にも止まらぬ速さでそれぞれの攻撃を繰り出している。


 しかしかつてと異なる点が一つある。両者の父、フレドリック・グライナーとセザール・ランベール。この二人は類い希なる才能の持ち主であったが、それぞれの純粋な戦闘力は決して同じではなかった。


 英雄としての武名を誇るセザールと、天才としての知性を誇るフレドリック。決闘にいたればセザールに有利であったことは疑うべくもない。


 だが、その子らは違っていた。


 今二人は、明らかに実力が拮抗していた。


「血は、力なり……」


 アルベルトは魔術を重ねがけし、クローディーヌへと突っ込んでいく。これまで幾度となく彼女と訓練をしてきた。そしてそれを書き記した記録は、本の一冊や二冊といった話ではなかった。


(俺が下段から斬りかかれば、彼女ははつい反撃をいれようとしたな……。こんな風に!)


 アルベルトはクローディーヌのカウンターを避けて、小さく突きをいれる。自らの血で纏われたサーベルは触れるものを焼き切っていく。その突きをかすったクローディーヌの防具は、いくらかの焦げ目がついていた。


「っ?!」


 クローディーヌは思いもよらない速度で動くアルベルトに、少しだけ後ろにステップする。驚くのも無理はない。何せ彼女は一度として彼の本気など見たことはないのだから。


 アルベルトはその驚く一瞬すらも計算に入れ、あっという間に距離を詰める。


(戦いは準備だ。戦場で消耗しているお前とは異なり、俺はお前を討ち取るための準備はしてきている)


 アルベルトがサーベルを振るう。それは浅いながらもクローディーヌの肩当てを飛ばし、左肩に傷を付けた。


「っ……」


 クローディーヌの肩からいくらかの血が流れていく。その傷からは焦げるような臭いがしていた。










「おい、いつ撃つんだ?」

「分からない。決着がつくときか、その間際だと言っていたが」


 両軍の兵が決闘に目を奪われている中、物資に紛れて銃を構える者がいた。アウレール配下の狙撃兵である。


「しかし妙に用意周到だ。狙撃兵を十人も配置するなんて」

「隊長も更に上の少佐殿も、この暗殺が失敗に終われば処分されるからな。そのためだろう」


 兵達はそれぞれに隠れながら二人を照準に合わせていく。とてつもない速さで攻防を繰り広げる二人を撃つのは至難の業だ。しかし、決着が付くときには必ず止まる。彼等はそこを狙っていた。


「なあ?」

「なんだ?」

「俺達、なんで撃つんだ?」

「何で?って、それが命令だからだろう?」

「いや、そうだが……」

「じゃなきゃ俺達が処分される。それだけの話だ」

「…………」


 決闘が進むにつれて、二人に傷が増えていく。両者お互いに譲らないながらも、戦いは着実に終わりへと向かってはいた。













(何故だ?何故決めきれない)


 アルベルトはサーベルを振りながら、この状況に疑問を持ち始めていた。


 相手は稀代の英雄であり、そう勝てるものではない。それは当然理解していた。しかし自分はそれを十分理解した上で相手との戦いに挑んでいるのである。


(クローディーヌの戦い方の分析は勿論、彼女が十分に休息をとれぬように狙撃兵の威嚇による妨害工作もしている。それにこれまでの戦いから彼女の体力も限界。秘術だって碌に使えなくなりつつある。……なのに、何故?)


 アルベルトはクローディーヌの剣をサーベルで受け流す。序盤はアルベルトに優勢であったが、途中から戦いは拮抗していた。


(彼女の剣は確実に鈍り始めている。ならば何故……、まさかっ?!)


 クローディーヌの剣が頬をかすめる。少しでも反応が遅れていれば、死んでいるところであった。


(俺の剣もまた、鈍っているというのか?)


 アルベルトは腰から短銃を抜き、彼女に撃ち込む。距離をあけるためであったが、彼女は迷わず突っ込んできた。


「なっ?!」


 そしてクローディーヌが聖剣を突き出す。その攻撃は確かに、アルベルトのもとに届いていた。


「……ぐふっ」


 アルベルトが血を吐き出す。そして何とか力をこめてサーベルを振り、彼女を離れさせた。彼女の剣が抜かれたことで、自分の腹部からは血があふれ出していた。


(魔術が使えなきゃ、致命傷だった)


 アルベルトが魔術で傷口を塞いでいく。塞いだとはいえど、身体へのダメージと内部の損傷は完全に癒えるわけではなかった。


 そしてクローディーヌもまた、無傷では済んでいない。アルベルトの撃った銃弾を避けていないのだ。身体に三発、弾丸をもらっている。


「はあ、はあ、はあ」

「はあ、はあ、はあ」


 ビタ、ビタ、ビタ。お互いの血が流れていく。


 それぞれが流した血が、少しずつ地面を染めていた。





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