第148話 奇妙な夢
最近、よく夢を見る。
いや、夢という言葉が正しい表現かどうかはわからない。何せそれは寝ているときでも起きているときでも、何の前触れもなく脳裏によぎるのだ。
場面は一貫性がなく、不統一だ。しかしその多くは、戦争の最中であることが多い。
俺は夢の中で、王国軍と戦っている。多くはたわいもない雑魚達だが、その中で苦戦することがある。第七騎士団と戦うときだ。
他の弱腰な王国軍とは違い、彼等は覚悟を決めて戦いに挑んできている。決死の覚悟で、一致団結して戦いを挑んでくる軍団は恐ろしい。そしてそれが、歴戦の猛者揃いであれば尚更だ。
そして必ず、夢は同じ場面で終わる。
クローディーヌ・ランベール。彼女のその美しい笑顔を見ながら、俺は必ず夢から覚めるのだ。
「ちょっと、聞いてるの!」
「ん?……ああ、すまない」
「もう。さっきからぼーっとして、式典の時もひやひやしたわよ」
俺はどこか呆れたようにそう言うルイーゼを見ながら、あたりを確認する。西の港から帰ってきてからのことは、正直あまり覚えていない。なんだかよく分からないうちに帝都に着いて、今に至っている。
(確か今日は……。そうか、俺は帝都での式典に……)
先程のノルマンドとの戦いで、俺は中佐に昇格した。勲功一番ではなかったが、アウレール配下の彼の次点で勲功を認められたからだ。
先程までの長い式典は、今まで生きてきて最も退屈な時間だったかもしれない。ただでさえ長い話が、更に長く感じられ、もはや永遠の時を生きているのではないかと勘違いしてしまいそうになるほどであった。
「随分と余裕だな、アルベルト。それにルイーゼ将軍も」
「これはっ!?ベルンハルト将軍!」
ゆっくりとした足取りでベルンハルトがやってくる。それを見てルイーゼは慌てて敬礼をしていた。
同じ将軍格といっても入りたてのルイーゼと前大戦の猛者ではモノが違う。ルイーゼ自身もそこは分かっているのだろう。というよりも、将軍であろうとなかろうと、この男に気圧されない人間はいないのかもしれない。
「お疲れ様です。将軍」
「うむ。今回の働き、見事だった。中佐」
俺が敬礼し挨拶すると、将軍も敬礼をする。同じ将軍でもこうも違うものか。ルイーゼとは異なり、ベルンハルトはその所作一つ一つに、威厳を通り越して覇気を感じさせた。
「とはいえ私は中佐には勲功一番を期待していたのだがな」
「……努力いたします」
「冗談だ。目立つばかりが活躍ではない。それに、戦いは一人ではできないのだ。他者と競うものではない」
ベルンハルトはそう言うと、すぐまた踵を返して帰って行く。本当に自分たちをねぎらいに来ただけなのだろう。戦場では暴れ狂う化け物のようであるが、だからといって人間社会でも同様なわけではない。彼についていく兵士が後を絶たないのもよく分かる。
すると入れ替わりで別の人間が近づいてきた。
「これはこれは、グライナー中佐。このたびはご昇進おめでとうございます。ルイーゼ将軍も、此度の戦いでは素晴らしい戦果でした」
ベルンハルト将軍が立ち去ると、俺の元に一人の貴族がやってくる。俺は少しばかり目を細めて、彼の顔を見た。
(まるで戦争そのものをしらないような顔……。俺に近づいてきたのは打算か?だとすれば何のために……)
貴族の人間は基本的にはアウレールの派閥に入っている。それは彼が今最も実権を握る男であり、もっとも恩恵をあずかることのできる擦り寄り相手であるためだ。
しかし俺が不思議そうな顔をしているのが向こうにもわかったのだろう。彼はすこしおどけた様子で説明してくれた。
「そう身構えないでください。私は別に大した考えももっていませんよ。それに権力だって大してありません」
「あっ、いえ。すいません。そんなつもりじゃ……」
「はっはっは。いいんですよ。それに周りの目も気にしないでください。きっと周りの貴族も、落ち目の家が媚びを売りに行ったようにしか見えませんから」
その小太りの貴族は、朗らかに笑うとそう言ってのけた。
度量の広さだろうか。貴族への偏見に少しばかり反省させられる。
「別の人間、というと……」
「まあ貴族というモノは基本的に権力者に寄り付くものですから。今はほとんどアウレール将軍の靴磨きです」
「やれやれ。まいったな」
俺が困ったように頭をかいてみせると、その貴族も楽しそうに笑う。そこで俺は名前を聞いていないことに気がついた。
「すいません。お名前をお聞きしても?」
「これは失礼いたしました。私はフィル・シュターフェンベルクといいます。フィルとお呼びください」
「お呼びください……と申されましても、私は中佐とは言えまだ26。とてもそのようには……」
「いえいえ。構いません。といいますのも、グライナー中佐殿のお父様に、私は助けられた身でして」
「父に?」
俺が尋ねると彼が頷く。
「はい。当時の貴族達は皆、助けられた身です。というのも、帝国は以前貴族制を放棄しかねない事態になったことがありましてな。そこをまだ若かったフレドリック様に仲裁してもらったのです」
初耳だ。父はそんなことまでしていたのか。俺は気になったのでもう少し聞いてみることにする。
「それは一体?」
「あ、いや。帝国が拡大期の終わりが近づく頃、新たに占領された土地では不満が高まっていたのです。そして市民権を求め始め、帝国の支配層、とりわけ貴族側と揉めた。そこを立ち回りおさめたのがフレドリック殿です」
彼の話によると、父は参政権などあげてしまえばいいと主張したようだ。別に少し拡大したからといって、支配層が大きく変わらないとも貴族側に説明した。
多少不満をもった貴族もいたようだが、父のいうとおり彼等の権益は大して変わることはなく、既得権益層に少しばかり新しい連中が増えただけみたいであった。
結局の所、市民から選ばれても彼等が貴族もどきになっただけ。そんなものらしい。
「しかしあそこで揉めていたら、そのすぐ後に起きた王国との戦争で一気に負けていたでしょうな」。彼の言葉を聞くに、親父の真の狙いはここにあったのかもしれない。
「私は時々思うのです。あの人は本当に未来さえ見えていたのではないかと」
「はあ」
「いえいえ。本気です。あの人は何かが見えているかのように、いつも先を見据えておいででした」
「そう言っていただけて、父も喜んでいると思います」
「グライナー中佐も、何かお力になれることがあれば、いつでもお呼びください。今は力もない貴族ですが、この身一つでも駆けつけますぞ」
シュターフェンベルク卿は、そう言ってにこやかに帰って行った。
「随分と、すごいのね。貴方のお父様は」
ルイーゼが言ってくる。俺は内心鼻で笑っていた。
未来が見える?そんな訳あるか。だとすればこの現状をどう考えるというのだ。貴族のために奔走しても、国のために戦っても、今やほとんどがあのアウレール将軍に擦り寄っているではないか。
「……馬鹿な奴だ」
「え?ちょっと、どこ行くのよ!」
俺は小さく呟くと、ルイーゼに敬礼してその場を去っていく。
俺は生き残らなければならない。力を付け、戦い、生き残る。生き残ったものだけが勝者なのだ。
(王国の進軍が再開し始めたときく、おそらく、あいつらも……)
俺は拳を握りしめ、歩く速度を少しだけ上げた。
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