第143話 恐怖はいずれに味方する







「ダメです、もう持ちません!」

「諦めないで、これ以上引けば市民達が巻き添えを食らいます」


 ルイーゼは必死に味方を鼓舞しながら自らも戦闘に参加する。既に魔術を数え切れないほど放ち、身体の内部では至る所で危険信号をならしている。限界などとうの昔に越えていた。


(だめ、まだ意識を失っては……)


 おそらく傷口も開き始めている。彼の魔術は素晴らしく、帝国の医術よりもはるかに高度な治療を自分に施している。しかしそれでも万能というわけではなかった。まあ実際これほど無理をすれば傷がなくても体中で異常をきたすものだが。


「敵、攻撃苛烈!これ以上は……」


 屈強な魔術部隊も無理は通せない。相手は四方に広がり、半包囲をする形でこちらを攻撃している。一方で此方は後方の市民を守るために動くこともできない。どう考えても、勝利の目はなかった。


 彼女達だけでは。


発射ファイエル


 激しい発砲音と共にノルマンドの兵士が倒れていく。ルイーゼが目を向けた先には、南西に配置していた部隊がいた。


「嘘、そんな都合良く……成る程ね」


 ルイーゼはほっと息をつく。その油断は咎められるべきだが、それは安堵するに十分な光景だ。


 アルベルト・グライナーが脇を固め、彼等を援護している。手を取り合うはずのない部隊が、共闘していた。













「もう少し早く助けに来られなかったのかしら」


 アルベルトの部隊が南方向から敵部隊を押し上げるように進み、そのままルイーゼの部隊と合流する。アウレール配下の部隊が手柄を得ようと懸命に戦っているおかげで、アルベルト部隊は比較的仕事が少なくて済んだ。


「随分な言い草だな」

「そうかしら?」

「まあ、礼を言えないのは大人も子供も同じか」


 アルベルトはそう言いながら銃弾を込めていく。自らの血を塗ったその弾丸は長距離の狙撃に適している。アルベルトは手早く構えると、次々と遠くの敵兵を撃ち倒していった。


 パンッ……パンッ!



「これからどうするつもり?」


 ルイーゼが尋ねるも、アルベルトは返事をしない。ひどい銃声と、戦士達の雄叫びが声をかき消しているのだ。勿論彼の銃声もその一つである。


「ねえ、聞いてるの?ねえっ!」


 パンッ!パンッ!


 アルベルトがリズム良く引き金を引いていく。ルイーゼはただ黙ってその様子を見ていた。


 パンッ!パンッ!


「………ありがとう。助けてくれて」


 ルイーゼは斜め下に視線を向けて言う。どうせ聞こえていないのだ。少しくらい感謝してもいいだろう。


 そして少ししてから視線を戻す。するとアルベルトが銃撃をやめ、笑みを浮かべながらこちらを見ていた。


「どういたしまして。ルイーゼ嬢」

「っ!?あんた嫌い!!」

「まあまあ。そう怒るなって。それに見ろ。ノルマンドが北へと追いやられていく。となれば北西側の船から撤退を試みるはずだ。先回りしてやるとしよう」



 ルイーゼの言葉にアルベルトはからかうように笑っていた。














『クソッ、何だあの部隊は!あんな所にいたって事は、わざと俺達を素通りさせていたのか!?』

『隊長!どうしますか』

『とにかく北の部隊と合流して下がるぞ。北の敵軍は徹底的に防衛戦に徹しているとのことだ。軽く牽制さえすれば、撤退ぐらいできるだろう』


 ノルマンドの隊長が混乱の中判断を下す。一時は上手くいったとはいえ、帝国軍の強さはこれまで以上となっていた。


 兵士達の質が大きく変わったわけではない。ただこれまで司令官に無能が多かった帝国軍が、今回は異常な程優れた判断を下している。


(帝国には珍しく……、いや異常事態ともいえる女性の指揮官の力なのか?それほどに優秀が故に、彼女は抜擢されたのか?)


 海を隔てたノルマンドも、帝国の将軍ぐらいは知っている。そしてそれが女性であるとすれば尚更である。ルイーゼはその意味では有名な将軍でもあった。


『た、隊長!あれを……』

『……終わったか』


 ノルマンドの部隊が足を止める。止めざるを得なかったというべきか。帝国軍が自分たちを取り囲んでいた。


 ノルマンドの隊長が息をはく。やはりそうだ。この戦い、彼女以外にもう一人優秀な人間がいる。それが彼女の横で此方を見ている、あのどこか冴えない男である。隊長はそう判断した。


「降伏しなさい。命まではとりません」

『………』


 帝国語は分からないが、おそらく降伏を迫っているのだろう。しかしそんなことをしてかえってきた兵士達はいない。ノルマンド部隊の共通認識であった。


「えっと、誰か通訳を……」

『貴公らに問う!』

『っ!?』


 不意に女将軍の隣の男が話し始める。多少癖はあるが、かなり綺麗なノルマンド語だ。


『此度の侵攻、いかなる理由によるものか』


 意外な質問に兵士達もざわめき出す。何を答えるべきなのか、疲れ切った脳では判断もつかない。


 こうなれば本心で話すほかなかった。


『もう一度問う、此度の侵攻、何故のものか』

『防衛戦だ!』


 ノルマンドの隊長が力強く言う。


『侵略しているのに、防衛戦と?』

『そうだ』

『その心は如何に』

『お前達が領土拡大と軍備拡張を進めるが故に、今攻撃しなければいずれ海を渡り此方を攻めてくる。そう国王は判断なさったのだ』


 ノルマンドは王国や帝国とは違い、王に強い権限が残されている。それ故に国としての行動の速さもノルマンドの特徴だった。


 帝国の男は少しばかり考えた後、兵に指示を出す。すると退路の方向を塞いでいた部隊が、銃を下ろして道をあけた。


 男は何も言わない。いや、言わぬが花と言うこともある。国は違えど、その部分で共通認識があった。


『行くぞ。撤退だ』

『え、しかし……』

『いいから行くぞ。奴らの気が変わらないうちに』


 ノルマンドの部隊が足早に撤退していく。帰り際、殿についたノルマンドの隊長は男に問いかけた。


『私の名はカーティス。貴公の名を教えいただきたい』


 その言葉に男が振り返り答える。


『アルベルトだ』

『そうか。……さらばだ。アルベルト殿サー・アルベルト


 そうとだけ言うとノルマンドの部隊は撤退していく。


 気まぐれだったのだろうか。それとも、あのアルベルトという男には思惑があったのだろうか。しかし戦場で戦い、興奮のるつぼに身を置いた後では、生きるという本能しかなく、武人としての価値観など無かった。


(今は帰れることに安堵しよう。細かいことはそこから考えれば良い)


 ノルマンドの隊長はそう考えながら、兵達を船へと撤収させる。船が沖まで離れたとき、彼は気を失うかのように眠りについた。




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