第124話 死にたがりの踊り
「死にたがりに付き合うほど……」
セザールは既に何度もフレドリックにその剣を打ちつけた。そしてそれは、フレドリックに浅くない傷を負わせている。
血が吹き出る。しかしフレドリックは、それすらも自らの支配下に置いていく。
血は力なり。噴き出す血しぶきは忌まわしき呪いとなり、セザールを蝕んでいく。
「悪いな。最後まで付き合ってもらう」
フレドリックはそう言って、その赤黒いサーベルと突き出した。
決闘は唐突に始まった。兵の緊張などお構いなしに、二人は対峙したと思ったら次の瞬間には剣を振るっていた。
フレドリックは既に詠唱を済ましている。戦いに必要なのは徹底した準備だ。それを怠るほど、フレドリックは馬鹿ではない。
両者とも、一撃で決めるつもりで剣を振るっていた。
「貴様、何故こんなことを……」
「野暮だぞ、英雄」
フレドリックは隠し持っていたピストルを抜き、セザールへと撃ち込む。セザールは一瞬躱す構えを見せるが、すぐに反応して剣で弾いた。
「貴様……」
「よく分かっているじゃないか。俺はなりふりなど構わないぞ」
今の銃弾。セザールが弾かなければ後ろで見ている王国の兵士に流れ弾が当たっていただろう。こんな決闘、見に来るなと言って来ない方が珍しい。王国軍も帝国軍も、皆が夢中になってその戦いを見守っている。
「たまらんな。この視線は?」
「何?」
フレドリックの言葉に、セザールが聞き返す。
「お前だってたまらないだろう。このような見られ方」
「皆の期待を背負う身だ。力が入る」
「……救えないな」
フレドリックがサーベルを振るう。珍しい大振りの剣だ。セザールは顔の皮膚をわずかに切らせ、そのまま懐に潜る。
「その腕、もらう!」
鮮血が吹き出した。
「「おおーー!」」
歓声とどよめき。
ボタボタと血が流れている。それもそのはずだ。今し方サーベルをもった腕を切り飛ばされ、少し後方に落ちているのだから。
「勝負は着いただろう。引け」
セザールはフレドリックに聖剣を突きつけて言う。フレドリックは血が流れ出す右腕をだらりとさせながら、ただまっすぐ背筋を伸ばしていた。
「お前は、まだ戦う気か?」
「何?それはこちらの……」
「この戦争の話だ」
「っ!?」
フレドリックのその視線に、セザールは一瞬だけ気押される。自分が戦場でこれほどまで圧力をかけられたのは、おそらく初めてであろう。
しかしそれ以上に投げかけられた言葉が心をえぐる。彼は今、自分のもっとも触れられたくない部分に、的確に、そして確実にその刃を突き刺そうとしている。
フレドリックは突き刺すような視線をそのままに、話を続ける。
「この果てに何がある。お前の見る先は何だ?」
「どういう意味だ?俺はこの戦いを終わらせるために……」
「始めたのは王国なのにか?」
「発端は帝国側の領土問題で……」
「見ろ。もう争いがはじまった。終わらせる前に争いが始まったのなら世話がない。もっとも英雄さんにはそれが都合がいいのかもな」
フレドリックの言葉に、セザールは言葉が出ない。彼が言おうとしていること、そして自分が言われてもっとも嫌なことをまざまざと見せつけられている。
戦いにあるのは、綺麗事などではない。欲望のために敵を殺す。戦争はそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
そして、自分の中にある黒い部分も。
「戦いがあってはじめて英雄が生まれる。逆に言えば、戦いのない世界なんてもの英雄にとって退屈だろう」
「……黙れ」
「だが注目されることで生まれる気苦労もあるな」
「黙れ!」
「薄々気付いているだろう。戦争を終えたいという気持ちと、強くありたいというエゴに」
「黙れと言っている!それに私は、娘のために……」
「……俺にだって息子がいる」
フレドリックが続ける。
「息子はライン川よりわずかだけ帝都側の村に預けてある。ここで負ければ、お前たちが蹂躙するであろう村に」
「っ!?何故そんな場所に……」
「君とは違って、こっちは内部にも敵が多いからね」
「くそっ!」
これ以上彼のペースに乗っていてはまずい。セザールはそう判断する。
「覚悟!」
セザールが剣を振り上げる。
フレドリックが笑った。
「視野が狭いぜ。英雄さん」
ズブリ。
瞬間、腹部に鈍い痛みが走る。自分が切り落とした、あるはずのない彼の右手が、自分の脇腹を刺していた。
「くっ!」
「血が止まっていることに気付かなかったか?それとも一瞬怒りに支配されたか?勿論タネは教えないぞ。小説でもないのだからな」
「何とでも言え!」
セザールは一時的に距離を取ると、すぐに力強く地面を蹴って接近する。そこからはお互いノーガードの切り合いであった。
「都合が良すぎるんじゃないのか?自分たちの味方が、どれだけ帝国の村々を襲ったと思っている」
「そんなもの、戦争ではつきものだ。帝国も領地を広げる際にはいくらでもやっていたではないか」
「ほう。英雄の化けの皮が剥がれたな」
フレドリックは笑いながら次々と英雄に攻撃を仕掛けていく。血の魔術で身体能力の限界を引き上げている。その分、身体への負担は大きい。
「わかるぜ。その気持ち。皆に期待され、自分の実力に絶大な自信を持つ」
身体の節々から血が漏れ出してくる。それはセザールの攻撃から来る傷によるものではない。身体は既に悲鳴を上げ、内部から壊れてきているのだ。
「だから欲するんだよ。次の戦場ってね」
「黙れ!」
セザールの剣がフレドリックの腹に突き刺さる。しかし急所を外された。フレドリックはそのまま同様にサーベルを突き刺してくる。
「期待に応える?違うだろ。自分の欲求を満たすために、お前は殺しているんだ」
「黙れ。それが戦争だ。戦わなければ死ぬだけだ」
「ああ。そうだ。だからこそ戦争が起きない世界を目指さなきゃいけない。なのにどうしてかな?そこには不思議と頭がいかないんだ」
両者ともに剣に力を込めていく。共に流れる血の量が増えていた。
「簡単なことさ」
フレドリックが言う。
「何のことはない。俺達も戦争を求めているんだ」
セザールがフレドリックを蹴り、距離を取る。そして再び剣を構え距離を詰める。
「黙れ!貴様に何が分かる。この重責も、誇りも、家族さえも……」
「わかるさ」
フレドリックが小さく呟く
「かつての俺がそうだったんだからな」
「っ!?」
セザールの剣が再びフレドリックに突き刺さる。しかしフレドリックはそんなもの意にも介さない様子であった。
そのままセザールの腕を掴み、彼を放さない。
「傲慢で、英雄気取りで、そんな自分に酔っていた。勿論表には出さないようにしてたがな」
セザールは剣を抜こうと腕に力をこめる。しかしフレドリックから逃れることはできなかった。
「なんだ?足も動かない……」
「あんたと俺との違いは、戦場での敗北経験、そして……」
「彼女に出会ったかどうか。その違いさ」。フレドリックは笑いながらそう言っていた。
セザールは何度も距離を取ろうと試みるが、フレドリックの血がセザールの足へとくっつき、動かさせない。セザールは顔を上げ、フレドリックの顔を見る。
その顔は白く、今にも死にそうであった。
「死にたがりに付き合うほど……」
「悪いな。最後まで付き合ってもらう」
フレドリックはそう言って、その赤黒いサーベルと突き出した。
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