第118話 ライン会戦〈南部・魔術戦線〉
(そういえばあの男が言っていたことがあったな)
帝国領南部。ライン川の上流に位置するその場所は、南側に高い山々があることもあり傾斜のきつい地形となっている。大陸は比較的なだらかな平地が広がっているため、こうした場所に住む住民は多くはない。訪れる人も、山登りを楽しむ人ぐらいなものである。
カサンドラは山の中腹当たりに陣を構え、その時を待つ。自分よりも一回り若い男に指示されることに、不思議と怒りや不服などという感情が湧くことはなかった。
(『帝国が目指した近代戦への道筋、それ自体は間違っていない』だったか?)
かつて帝国がその領地を広げるために、軍拡を進めてきたことはそう遠い話ではない。今まで白兵戦を主としてきたその場所で、帝国は火砲を中心とした近代式の軍隊を整備し、一大国家となった。
しかしこうした戦い方も王国が主とする『秘術』の前では機能しなかった。銃弾は防御秘術の前に効果は薄く、大砲も攻城戦にこそ役立つが、防衛の際には遠距離秘術の的にもなっていた。
その結果、帝国は急遽魔術師部隊の拡張を決定。カサンドラを始めとする魔術部隊は日の目を浴びることとなったのだ。
(だが魔術は再現性は高くとも、銃のように誰でもすぐに使えるようになるわけではない。秘術に対しても火力不足が否めない。やはりあの男が見据える先は、銃を始めとする軍事技術を必要としている)
帝国は征服と拡大の性質から、領地内に様々な民族を含んでいる。そういった人々が皆一律に魔術を使えるようにするには、それなりにコストと時間がかかるのだ。
だが彼の男、フレドリック・グライナーが提唱する戦いの変革は単純に火砲の強化によるものだけではない。「魔術」や「火砲」、それに加えて「近接戦」や「情報戦」まで組み込んだ複合的な戦争であった。
「カサンドラ大佐、王国軍の部隊が東より接近しています」
「わかった。手筈通り準備しろ。それから砲撃部隊、銃撃部隊はどうしている?」
「はっ!現在指令書の指示にあったように、陣列にそった穴のようなものに身を隠しております。『塹壕』?だったでしょうか?」
「そうだ。できているならそれでいい」
カサンドラはそう言って部下を戻させる。もうじき王国軍も到着する。既に決戦は避けられない。南北に流れるこの長い川、一部でも突破を許せば一気に後ろに回り込まれてしまう。この戦いの敗北は即ち帝国の敗北だった。
(まったく、あの若造が……)
カサンドラは呆れたように小さく笑みを浮かべる。
『指令書は出しますが、細かい部分は大佐にお任せします。伝えたいことは伝えましたし、現場にいる人間の声を最優先にすべきですから』
彼はそんな風に言いながらあっさりと南部の指揮権を自分に譲渡した。この一大会戦に投入した三割以上の兵士がカサンドラの指揮下にあることになる。これは一昔前、ただの魔術部隊の一隊長であったカサンドラからすればとてつもないことでもあった。
(あっという間に出世した若造に文句の一つでも言いたいところだが……、今回ばかりは従ってやるとするか)
カサンドラは歩を進め、自らの部隊が整列している兵営へ行く。既に魔術師達をはじめ帝国軍部隊が整列し、彼の言葉を待っていた。
カサンドラは壇上に上がり、一呼吸置く。仰々しい言葉も、長ったらしい文句も必要ない。カサンドラはゆっくりと話し出す。
「カサンドラ指揮下の全部隊に通達。作戦目標、王国軍渡河の阻止。命を賭して戦え」
カサンドラの言葉に、兵士達が一斉に敬礼する。一糸乱れぬ統率のとれた動きだ。彼等のような戦士がいて、負けるのならば自分の責任だろう。カサンドラは率直にそう感じた。
「「「ジーク・ウェイマーレ!!」」」
「ジーク・ウェイマーレ」
カサンドラはただ尊敬の意を込めて、兵士達に敬礼を返した。
「敵、川の向こう岸で陣列を組んでいます。此方の渡河を阻止せんとする模様」
「ふんっ。帝国といえどもこの川が最終防衛ラインであることぐらいは理解しているようだな」
王国軍の指揮官が馬鹿にしたように笑いながら、答える。ライン川を越えればほとんど平地が続く。そうなれば帝国に王国を止める手段ははっきり言って無いに等しかった。
「だが『分かっている』ことと、『できる』ことは違う」
これまででも帝国は様々な策を講じてきた。しかしその多くが王国の秘術という圧倒的な力に阻まれ、侵略を許してしまっていたのだ。
「報告!敵部隊には魔術師部隊がいるとのことです」
「魔術師?あの面倒な部隊か」
「何か追加で指示を出しますか?」
「いや、構わん。あれも面倒とはいえ、数は多くない。これまで通りの小規模の進軍ならば足止めくらいできたかもしれんが、今回の大軍なら余裕で踏み潰せる」
指揮官はそう言って、部下を下がらせる。
『魔術部隊の存在』。それは良い知らせとは言い難い。しかしそれでも悪い知らせとも言い切れなかった。
何故ならそれは即ち、ここにいる指揮官は魔術師であり、『彼』では無いことを示すのだから。
(セザール・ランベール……、あの英雄気取りは気に入らんが、それでも戦闘力だけは本物だ。その男に負傷させ、後退させた男がいないのならば、此方としてはありがたい)
無論、その男がこの場所にいないという確証は無い。しかし同じ戦場に大隊指揮官クラスを複数配置できるほど、帝国にも余裕は無いはずだ。彼はそう判断した。
(まあ帝国の上層部も、その男はセザールにぶつけたがっているのだろう。せいぜい共倒れにでもなってくれ)
この戦い、おそらく一番に川を突破したものが勲功第一に選ばれるだろう。そしてそれは即ち、戦局を決定づけた戦いに名を刻むことになる。それは王国の貴族としてはこれ以上無い誉れであった。
(うかうかしてはいられないな)
王国の指揮官はそう思い、指示を出す。
「全軍、進軍開始だ。王国の圧倒的な力を見せてやれ!」
王国の大部隊が進軍を始める。
ライン会戦、その序戦がはじまった。
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