第71話 報告:誇りが勇気の敵をする

 







「そらそら、どうする。王国の新しき英雄よ」


 カサンドラはそう言いながら亡者兵に魔力を送り込む。亡者兵の動きは普通の兵士よりは遅いが、それでもその数にものを言わせてどんどん王国軍へと近づいていく。


「何故かはわからんが、あの第七騎士団とかいう部隊、率いている兵自体は多くない。機動性か、はたまた彼女自身それを望まなかったのか。どちらかは分からんが今回はそれが仇となったな」


 軍隊において必ずしも兵が多い方がいいわけではない。無論、総数は多いに越したことはないが、部隊によっては機動性や隠密性の観点から少数精鋭を良しとする部隊もある。もっとも第七騎士団の場合は純粋に兵を回してもらえていないことが原因ではあるのだが。


「報告!」

「ん?」

 

 唐突に慌てた様子で部下がやってくる。カサンドラは振り向いて何事か尋ねる。


「どうした?何が……ん?」


 同時に、カサンドラ自身も異変を感じる。自分が送り込んでいる魔力が、どうもうまくいきわたっていない独特の感覚がした。


「そうか、そういうことか」


 カサンドラは報告を聞くまでもなく起きている問題を理解する。そしてそれが自身にとって十分すぎるほどに問題であることも。


 遠くを進む亡者兵の動きが、どんどんと鈍くなりはじめていた。









「そろそろ敵さんも気付いたころかな」


 俺はそう呟きながら戦場を俯瞰する。高所だけあって状況を確認しやすい。それに近づく敵をほぼクローディーヌに任せておける分かなり余裕があった。そしてその精神的余裕は、そのまま冷静かつ視野の広い判断へとつながっていく。


「反転攻勢はまだだ。もっと敵をひきつけ、そして疲弊させろ。もしかしたら落とせるかもしれないと思わせるギリギリのラインで戦う」

「了解」


 俺の部隊も近づく敵を排除しながら、その時を待つ。しかし彼らは反撃の主力であり、決して出すぎるようなことはしなかった。


 今回俺が用意していたこと、それはいくらか魔術核を傷つけた亡者兵を戦場にばらまいたことである。亡者兵は遠くから魔術師たちが魔力を供給することで動き出す。しかしその魔力の供給は特定の個体に送る厳密なものではなく、不特定に送るものなのである。


 それ故に一部故障した人形があればどうなるか。手や足に欠損があっても亡者兵は地を這ってでも近づいてくるため十分に脅威だ。しかし魔術核に欠損があれば十全には動かない。しかしそんな個体でも核が完全に破壊されていなければ魔力の供給は受けてしまう。そうなれば無駄に敵に魔力を消費させることになるのだ。


「それどころか本来なら別の個体に送られる魔力すら吸っちまうから、全体の動きも鈍くなる。時間がなかったから用意できたのは数百体っていったところだが、足を引っ張るには十分だったみたいだな」


 敵がこの戦場に亡者兵を投入していたことは幸いだった。それだけに打ち捨てられた人形は数多く、調達には困らなかった。


「まあ敵がすっぱりと亡者兵を諦め一時撤退とかしてくれたら厄介だが……。そうはならなそうだな」


 撤退の判断は時に敵に向かう時よりも勇気がいる。敵に背を向けることは恥であり、免れぬ嘲笑を受けるからだ。


 それに敵は魔術に対するプライドももっているだろう。だから簡単には引き下がれない。たとえ現在、自分が苦境に陥り始めていても。


「さあさあ茹で上がるぞ。どうするんだ将軍?」


 俺はそう言って、反撃の合図を出した。











「カサンドラ様、無茶です。ここは一時撤退して立て直しましょう」

「黙っておれ、ルイーゼ。多少小細工を弄そうと、この魔術機甲部隊の力を止められはせぬ」


 カサンドラをはじめ魔術師部隊はその亡者兵の操作をやめようとはしない。彼らにとって魔術こそが誇りであり、戦場こそその意味を示すチャンスなのである。だからこそ撤退という判断をとることはできなかった。


「敵軍、反撃来ます!」


 こちらが疲弊し、亡者兵の動きは弱まったところで王国軍が動き出す。おそらくは予備兵力を温存していたのだろう。彼らは百人程度ではあるが、血気盛んにこちらへと向かってくる。


「だめです。亡者兵たちでは相手になりません。まっすぐこちらに向かってきます」

「魔術部隊の攻撃も間に合いません。このままでは……」


 部隊はその大半を亡者兵を使うことに使ってしまっている。そのため多くの魔術師はすでに疲弊しており、突撃してくる兵士たちを跳ね返すほどの魔術を打ち込むことができないでもいた。


(相手も魔術とは違う技を使っている。あれがうわさに聞く秘術か)


 ルイーゼはカサンドラをおいて走り出す。


「待て、ルイーゼ!」


 ルイーゼは振り返ることなく陣頭に立ち、その呪文を唱えた。


『地は力なり。その恵みをもって、今こそ我に力を与えたまえ』


 ルイーゼがそう言って地面に手を当てると、次第に地面が揺れ始めた。


「ウゴアアアアアアア」


 突如として地面から土でできた巨人が現れる。そしてその巨人はまっすぐ王国兵へと向かっていった。


 巨人の動き自体はさほど俊敏ではない。しかしその巨体は十分に頑丈であり、敵の攻撃をもろともしなかった。


「よし、十分に足は止まりました」


 ルイーゼは巨人を動かして敵に攻撃していく。攻撃自体は当たらなくてもいい。敵をけん制し、動きを止められれば十分だ。


「このまま動きを止められれば、亡者兵たちで袋叩きに……」


 それこそがルイーゼの狙い、しかしそれも儚く打ち砕かれた。


王国に咲く青い花フルール・ド・リス


 その瞬間、巨人の腕が吹き飛ばされる。そしてさらなる一撃で、完全に体を破壊された。


「あれが、英雄……」


 ルイーゼは「ぺたん」と力なく座りこむ。そのあまりにもの威力に、もうなすすべがなかった。


「このままじゃ、私たちは……」

「いいや、よくやったぞ。ルイーゼ」

「へ?」


 いつの間にかやってきていたカサンドラが、ルイーゼの肩に手を置く。見ると王国軍が急に反転して、撤退しはじめていた。


「理由は分からんが、彼らの脇を固めていた王国軍が撤退した。あやつらは完全に孤立しており、奴らもそれに気づいたのだろう。それで慌てて逃げておるが……そこを逃がすほど甘くはないわい」


 カサンドラは追撃の指示を出す。敵の罠である可能性は低く、絶好のチャンスであった。


「そっか。良かった……」


 ルイーゼはそう呟きながら離れていく敵の背中を見る。


 クローディーヌ・ランベール。女性でありながら先頭に立ち、堂々と戦うその姿は、ルイーゼにとってもどこか憧れを覚えずにはいられなかった。






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