第70話 報告:定石を知る強者

 




 帝国軍との戦い。その第一戦を制し、敵の守っていた高所を奪取した第七騎士団は依然として緊張感を保ったままであった。


 敵を待つ団員達は戦士の顔をしており、先程の勝利に酔うことはない。この部隊がかつては賊にすら遅れを取っていた部隊だと言っても誰も信じないだろう。


「この高所を堅守します。ここに陣を敷くことができれば敵の進軍、ひいては敵の補給路にまで攻撃が届きます。一両日守り切りましょう。こちらも落ち着くことができますし、味方も到着します。ここは耐える時です」


 クローディーヌはそう指示を出し、敵の攻撃を防いでいく。陣が奪われたとみて一息つかせまいと応援に来たのだろう。


 敵は魔術部隊であり遠距離からの攻撃を主としていた。しかしそうした攻撃もクローディーヌの秘術で防がれている。


(広範囲に防御できるのは便利だな)


 俺は彼女の秘術を見ながら感心する。彼女の秘術によって、無制限ではないにしても敵の攻撃を防ぐことができる。そしてその間にこちらが反撃の準備をすれば、敵は一気にこちらの攻撃を食らうことになる。敵だって息継ぎ無しで魔術を撃ち続けられるわけではない。必ずどこかで攻撃が薄くなる。


「今です。攻撃してください」


 クローディーヌがそう言いながら秘術を解く。既に準備を終えているドロテ隊が、ありったけの秘術を帝国軍に撃ち込んでいた。


(それに遠距離攻撃なら高所にいるこちら側が有利だ。相手が決戦兵器級の長距離射程兵器を持ってきたなら話は別だが、こんな局地戦でそんなものは使わない)


 大型兵器はあくまで大人数の戦いや都市への攻撃の時にその威力を発揮する。小回りのきく部隊にそんなものを持ってきては、大枚をはたいて建造したそれがただの大きい的になってしまう。何にでも向き不向きはあるのだ。


「副長。言われていた準備、整いました」

「了解。可能性は十分あるから、用意しておいてくれ」


 俺がそう言うと、団員は持ち場へと戻っていく。今は俺の部隊は戦いに参加していないが、決して余らせているわけではなかった。


(まあ、現状俺がとやかく言わなくてもなんとかなるだろう)


 俺はクローディーヌを見ながら、そう考える。


 彼女の成長曲線は他の凡人を絶望に落とすくらいには異常だった。戦いには定石がある。定石は使うかどうかは別にして、それを知っているかいないかで判断の速度に影響が出る。戦術書を戦場に持ってくることなどできないのだ。


 しかし彼女には無用だった。俺が教えたり紹介した程度の定石は、瞬く間に覚えてしまった。それに元々学問の成績も優秀だったのだろう。真面目且つ才能に恵まれた彼女が並レベルの指揮官を超えるのに時間はかからなかっただろう。今まではただ学ぶべきものと、発揮する前提を失っていたに過ぎないのだ。


(自信がつき、目標がある。経験を積み、信念を得た。……そりゃもう手が付けられないわな)


 帝国の指揮官達は優秀だ。これは疑いようがない。


 だが残念なことに彼女はそれ以上であった。いくらかの部隊が反撃にとこちらを攻撃してくるが、クローディーヌはそれを見事に捌いていた。


(となると、俺が注意すべきは……)


 俺は遠くから装甲車が数台こちらに走ってくるのを見つける。


 敵も馬鹿ではない。特に、将軍ともなれば。


「やっとお出ましだ。例のものを用意してくれ」

「「了解」」


 戦いに参加せず、少しだけ体力を持て余した屈強な男達が動き出す。男達はそれぞれ大きな荷物を抱えると、敵に気付かれないように高地を下りだした。













「ふん。あの高地に陣取っているとは。あのセザールの娘も馬鹿ではないという事か」


 カサンドラは舌打ちをしながら呟く。前回の大陸戦争で、彼の父親が何をしたのかを良く覚えている。というより、あの戦争に参加したものでクローディーヌの父親を忘れることができる帝国軍兵士は存在しなかった。


(堂々たる采配に、その圧倒的な力。いかなる奇策も効かず、堂々と定石通りやってくる。正々堂々とした戦い方は基本的にその手を読まれることになるが、純粋に力で勝っている相手がやるのでは話が違う)


 強者に小細工はいらない。セザールの戦術はあまりにも正直であったが、それ故に手強くなすすべがなかった。定石とは基本的には強者の作法であり、それを忠実に行うことが強者にとっては最善の道なのだ。


(だがあの頃とは違うことを教えてやる)


 カサンドラはルイーゼに運ばせた大量の骨を前に置く。そしていくらかの呪文と共に、それを燃やしていった。


『天は地に、土は空に。理を超え、人知を超え、いま亡者を生者たらしめん』


 カサンドラの周りに、魔術師だけが見えるうっすらとした煙が生まれる。それは魔術の発生に伴う副産物であり、彼の魔術の象徴であった。優秀な魔術師であれば、その様子から魔術師としての力量を把握できる。


 その意味でカサンドラは帝国一の魔術師であった。


「わしが開発したこの亡者兵の術。その真髄を受けてみよ」


 戦場で置き捨てられていた人形達が、亡者兵として生まれ変わる。そして死体もまた、亡者兵として生まれ変わる。


 カサンドラが研究し生み出したこの魔術は、彼の部隊でも主戦術として使われている。しかしこれほどまでに大量の兵を生み出せるのはカサンドラ将軍ほどの技量があってこそだった。


「いくらあの英雄といえども所詮は一人。突如として多方向から敵が現れれば、さばき切れまい」


 亡者兵達が動き出す。英雄が守る頂きを目指して。













「敵、多数現れました。亡者兵と思われます」


 味方の報告にクローディーヌは唇を軽く噛む。亡者兵は一度倒したとしても原型をとどめていれば再利用できることを見落としていた。もっともクローディーヌはそれを知識として知っていただけであり、戦場で頭に入れておくのははじめから難しい話でもある。


 ゆっくりと亡者兵が攻めてくる。これだけ敵が分散していると、守る此方としても難しかった。


(でもこの場所を譲れば、さらなる追撃も受けることになる)


 クローディーヌは咄嗟の事態に、頭が熱くなっているのがわかる。焦りからか上手く頭が回らない。かつての負け続けだった頃、その頃のように頭がパニックになっていくのがわかった。


(どうすれば……)


 そう考えたとき、クローディーヌは自然と視線を彼に向けた。あの頃と違うのは、自分の能力だけではない。この団自体も変わっているのだ。


 彼と目が合う。彼は少し笑って歩いてきていた。


「まあまあ、団長。そんな怖い顔しないで。団員が心配しますよ」


 アルベールはそう言って、クローディーヌの肩に手を置く。そして「ぽんぽん」と軽く叩いてから、更に前に出た。


「あの煙を見るに、やはり来たみたいですね」


 アルベールが指さす方向に、他の帝国兵とは違いローブを纏う男がいた。それがかの将軍であることはクローディーヌにも察しがついた。


「ですが団長が敵を捌いてくれたお陰で、こっちは十分備えることができましたよ」


 新しくできたアルベール隊の面々が整列する。彼等も待機命令をくらい、待ち遠しかったようであった。


 アルベールがクローディーヌに向き直る。


「クローディーヌ団長、アルベール隊に出撃許可を」

「許可します」


 クローディーヌの言葉にアルベールが敬礼をする。そして合図を出すと、団員達が一斉に動き出す。


 団員達に迷いはない。王国でなく東和出身の者が大半を占めるその混合部隊で、不敵に笑うその指揮官はこの上なく頼もしく見えた。






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