第67話 報告:魔術師の脅威

 





 魔術と秘術。それは人類が生み出した叡智の結晶であった。


 遙か昔、その力をもって二つの国が大陸に栄えた。それも必然と言えよう。王国と帝国はその異能の力をもって領土を広げ、巨大な国家を作り上げたのだ。


 この二つの御技は異能の力を利用するという点では共通しているが、そこには明確な違いがあった。


 まず第一に魔術は信仰を必要としないという点だ。媒介となるものを使い、魔力を込め、呪文を唱えることでその技を発動させる。術式によっては様々な方法を使うことはあるが、少なくともそこに信仰の介する余地はなく、それ故魔術師を崇めるということは多くなかった。


 一方で秘術は秘術で、媒介や面倒な呪文等は必要ない。ただ信仰と血統、そしてそれを信じていく訓練をするだけで使うことができる。そしてその過程で神官は崇拝され始めた。信仰が宗教へと繋がるのは容易だろう。


 秘術には難しい手順は必要ないが、信仰のないものには一向に使えるようにはならないのも事実だった。


 第二に汎用性の違いである。魔術は魔力の込め方によって多少威力や効率に違いが出るが、それはそこまで大きいものではない。誰だって呪文や媒介物等を学べば基本的には使える。


 一方で秘術はそうではない。誰だって秘術自体は使えるようにはなるかもしれないが、クローディーヌ以外に『王国に咲く青い花フルール・ド・リス』を撃つことはできない。その他にもレリアの秘術やダヴァガルの術など、人によってかなり個性が出る。


 無論クローディーヌほどの天才となれば別だが、再現性、あるいは汎用性には基本的に欠けている。


 秘術と魔術、価値基準は様々であろうがその地位はあまりにも異なっていた。


 王国では秘術は英雄が用いた力として未だその価値を保証されている。一方で帝国での魔術は年々その地位を下げている。


 それは何故か。


 それは新たな人類の叡智、科学技術の発展によるものだった。












「今だ、第三騎士団。突撃する!」

「いくぞ!正義は我らにあり!」


 ぶつかり合った軍団は、徐々にその力の差を見せ始める。王国軍は正面決戦を是としているだけあり、まともにぶつかって勝てる部隊は大陸を探しても存在しなかった。


 魔侯将軍カサンドラの魔術機甲部隊も徐々に押されて戦線を下げていく。


「ふふふ。馬鹿がいきがるわい」


 カサンドラは少し下がった高地の上から戦場を俯瞰している。連れているのはわずかな魔術師、そして副官のルイーゼだった。


「ルイーゼ、何をしておる。早く移動するぞ」

「すいません。カサンドラ様。荷物が重くて」

「言い訳をするな、小娘。これだから女子おなごは使い物にならん。儂がお前の親父と懇意だからよいものを。お前は仕方なく儂の部隊で副官にしてやっているだけなのを忘れるなよ」

「はい。今行きます」


 ルイーゼは重い荷物を担ぎながら、カサンドラについて行く。


「カサンドラ様は相変わらず手厳しい」

「ああ。あの荷物だってほとんどはカサンドラ様自身の魔術媒体だっていうのに」

「そもそもなんでわざわざ一番非力のルイーゼにあんな仕打ちを」


 近衛の魔術師達が話す。男社会の魔術師達の世界でも、ルイーゼの待遇には同情するものがあった。


「何か聞こえたかの?」

「いえ、何でもありません!」


 ギロリと見開いたカサンドラの魔眼が魔術師をとらえる。魔術を使わなくても、その目に睨まれただけで動きが封じられるようであった。


「フン。さっさと行くぞ」


 そう言ってカサンドラは帝国式装甲車に乗り込んでいく。ルイーゼはそれを追ってせっせせっせと荷物を運んだ。


「せいぜい魔術の真髄を見せてやろう。馬鹿な王国軍に、そして帝国軍の無能共に」


 カサンドラは不気味な笑いを浮かべながら、自らの杖を撫でていた。













「初戦は王国軍の負けか」


 俺は記事を読みながらため息をつく。どうして嫌な想像は現実になってしまうのだろう。勝って欲しいときには必ずと言っていいほど王国軍は負ける。まあ、そもそもそんなに勝ったとこを見てない気もするが。


「なんでも、敵の魔術部隊に手玉に取られたみたいですよ。自分たちが勢いよく倒していたのは実は魔術で作られた亡者兵で、突出し始めたところで後ろから兵士達が起き上がったらしいです」

「手応えのない人形でも後ろから来ればパニックになるからな。それにそこに乗じて本物の魔術機甲部隊も現れたんだろう。それじゃ勝負にもならないな」


 亡者兵とは帝国の魔術で作られる生命のない兵隊のことだ。昔は人間の死体が使われてたって話だが、今は効率の観点から魔力を込めた核が入った人形を使っているらしい。人形といっても身体の素材はかなり人間に近づけているようだ。それが魔術の効率性を高めるらしい。


 とはいっても所詮は人形。秘術で強化した騎士団の敵ではない。だから油断した。


「副長、報告が」


 少し慌てた様子で、団員が兵営所に入ってくる。彼は俺に耳打ちすると、すぐに居直って指示を待つ。


「グスタフが脱走した?」

「はい。団員3名が負傷しました。いずれもフェルナン隊です」

「……見張りには向いていないみたいだな」


 俺はやれやれと首を振りながらも、それほど心配はしていなかった。何故なら彼は既に帰る場所を失っているからである。何の理由かは分からないが、彼は少なくとも命を狙われている。しかも高確率で味方である帝国にだ。


(うかつに帰るほど馬鹿でもないし、帰ったら処分されるだけだろう。それに……)


 既に情報はある程度得ている。少なくとも、敵も一枚岩でないことは確実だ。それ以上の情報は彼から得ることはできないだろう。


(エース級の戦士といっても指揮官級ではない。持っている情報は限られている)


 もっともこれからクローディーヌや俺の命を狙ったりするなら話は別だ。だがそういうわけにもいかないだろう。


 彼も人である以上、まずは生きることに必死になるはずだ。それにまだ彼はうちの将軍達が軍の要だと思っているし。その実彼らは足枷だというに。


「しかし副長、危険は危険です。早めに探して始末した方が……」

「確かに軍務規定に則ればそうだが、そうなるとフェルナン隊長の処罰と、責任を取って捜索もやらなきゃならん。俺達がグスタフを独自で尋問していたことは公にしてないし、それにたかだか三百ちょっとで一人を見つけるのは難しすぎる。あと反クローディーヌ派がやいのやいのと押し寄せてくるかもしらん」

「それは……」

「それに……だ」


 俺が続ける。


「別にあいつが狙うのが上層部なら、まあ無視でいいだろ」


 俺のあまりにもな発言に団員は呆れて、それ以上何を言うこともなかった。俺が堂々と言い放つそれは、王国から見れば背任行為だ。


 だが皆が皆、王国に命を捧げているわけではない。少なくとも、あの豪華な椅子でふんぞり返る連中に、命をかけようとは思わない。


 俺に忠誠を期待するな。生き残ること、それが至上命題でありそれ以上を考えてなどいないのだから。












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