第40話 報告:第七騎士団ここにあり






王国に咲く青い花フルール・ド・リス


「うわぁああ!」

「第七騎士団だ!」

「退却!退却!!」


 衝撃波と共に青白い光が走る。彼女が一度剣を振れば、敵兵が吹き飛び、陣営が崩壊していった。ここまで圧倒的に戦闘を進めてきたのは初めてだろう。もはやそれは戦闘なのかすら怪しいものであった。


「こりゃあやることないな」


 俺はのんびりとクローディーヌの勇姿を見ながら呟く。今回の任務は敵が制圧している王国の村を解放することだ。しかし戦闘開始から幾ばくか、彼女の強さに今にも任務が終わろうとしていた。


 かつて彼女の父親を相手にした帝国軍もこんな感じだったのだろうか。いくら帝国の機甲師団でも、あんな馬鹿みたいな秘術を使われてはどうしようもない。


(とはいえ敵は南部戦線で綻びが出たことで、補給路に攻撃をうけるようになった。ここの部隊もその影響は受けていそうだな)


 現在敵の東和人部隊は半ば孤立しているような状態である。攻め手を欠き、かといってその村を放棄して良いかはわからない。指示も補給もないままに、苦手な防衛戦を強いられている。


 それに対してこちらは補給も戦意も十分な騎士団だ。防衛戦で騎馬の機動力がうまく使えない相手はそんなこちらと真っ向から近接戦闘をしなければならない。はじめからわかりきった戦況だった。


 ボルダーで戦ったあの指揮官はおそらく北部にいるのだろう。ならば今のうちに、南部の拠点を解放するべきだ。


「本来は騎馬とそれを利用した補給、伝達が強みですからな。それを欠いては、格好の武勲稼ぎになってしまう、といった感じですな」

「……ダヴァガル隊長。貴方攻撃に参加する予定では?」


 急に現れ声をかけてきたダヴァガルに俺が答える。


「はっはっは。抜けてきました。フェルナン殿もクローディーヌ団長も張り切っておりますから」

「……さいですか」


 俺は意外と強かな大男を横目に、小さくため息をつく。


 まあ正直いらないだろう。というかかえって邪魔になる。今の彼女は文字通り一騎当千の英雄なのだから。後方で待機しているドロテ隊も怪我人の収容にだけに専念して、援護はほどほどにしている。


「しかし聞きましたぞ。副長、貴方も隅に置けませんな」


 ダヴァガルが笑みを浮かべながら聞いてくる。


「はあ?何のことだ?」

「とぼけないでください。あのクローディーヌ団長を部屋にお招きしたのでしょう?もっぱらの噂ですよ」

「……嘘だろ」


 俺は頭を抱える。となりで楽しそうに「がはは」と笑う中年が恨めしかった。


「……別に何もしてないぞ」

「本当ですか?」

「本当だ」

「信じがたいですな」

「お前、わざと言っているだろ?」


 俺をからかうことに味をしめたのか、ダヴァガルは楽しそうにしている。そして一通り楽しんだのか、ダヴァガルが再び口を開く。


「まあ、実際の所そうでしょうな。副長殿はどちらかと言えばヘタレの部類ですから」

「おい、一応上官だぞ」

「おっと、これは失礼しました!」

「……絶対思ってないだろ」


 元はといえば唐突に尋ねてきたあの女が悪い。普通約束を取り付けるのが筋だろう。子供でも分かる。友達と遊ぶときには約束してから遊ぶものだ。いや待てよ?ひょっとしてあいつ友達とかいなかったんじゃ……。


 ……これ以上は英雄に対する不敬罪だ。俺はそれ以上考えるのはやめる。


「しかし彼女の表情が変わったことは紛れもない事実です」


 ダヴァガルが少し真面目な顔で言う。


「今までの彼女は、戦場でも日常でもとにかく何かに怯えるような目をしていました。そしてそれを紛らわすかのように、訓練に励む。自らや他者にも厳しくしようとしていたのは、そういう想いから逃げたかったからでしょう」

「………」

「貴方が来る前なんてもっとひどかった。いつも一杯一杯で、なんとか英雄の娘として尊厳を失わないようにしていた。見ていて辛いもんですよ」


 ダヴァガルは遠い目をしながら話す。そんなにかわっただろうか。俺は前を知らないから分からない。


 それに変わったとして、俺が原因ではないだろう。会ってそんなに年月の経っていない相手の言葉で、人はそんなに変わったりはしない。


「しかしその割に貴方は彼女を気にかけているようですね」


 俺はダヴァガルに聞いてみる。


「少し、無神経かも知れんが……。その、奥さんの話を聞く限りでは王国の兵士など、特に英雄の娘などには思うところがあるんじゃないか?」

「はっはっは。流石副長。痛いところを突きますな」


 豪快に笑うダヴァガル。かなり踏み込んだ質問をしてしまったが、その男は何一つ嫌な顔をしない。その大きく強い身体に懐の深い広い心は風と呼ぶにふさわしい。少なくとも、俺はそう感じた。


「はじめは私もあまり良く思ってはいませんでした」

「……やはり」

「でも今は違いますよ」


 ダヴァガルはきっぱりと否定する。


「今は彼女を認め、敬意を払っています」


 ダヴァガルは俺の方をまっすぐ見ながら、そうはっきりと告げる。上官に何か思うところがあれば軍隊はうまく機能しない。そういう意味ではその言葉に一つ安心ができた。


「だから貴方にもお願いしたのです。彼女を守ってくれと」

「何故そこまで?それに俺には無理だと前に言ったろ?」

「はっはっは。そうでしたな。副長は秘術が使えないのでした」

「やはり馬鹿にしているだろ?」

「いえいえ。まったく」


 ダヴァガルが続ける。


「それと団長を気にかける理由ですが……」


 ダヴァガルがこちらを見る。俺がよく分からないような様子をしていると「ふっ」と小さく笑った。


「秘密です」

「おい、そりゃないだろ」


 そんな話をしている内に、戦闘はほとんど終わりそうであった。


 秘術はその心を映し出す。今のクローディーヌは誰にも止めることのできぬ騎士であることはまごうこと無き事実であった。


 






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