第18話 報告:人は集まり、そして馬鹿になる








「がっはっはっは!そうかそうか。副長殿は勲功無しであったか」

「おい。そこまで笑うことはないだろう」


 大げさに笑うダヴァガルに俺は非難の視線を送る。しかしその大男はそんなものはお構いなしにと更に煽るように笑ってきた。……解せぬ。


 先に出ていた二部隊に合流した俺たちは、無事に防衛対象である都市、『ボルダー』に到着する。しかし偵察隊とやり合ったということは少なからず敵の部隊もこの近くに来ているということである。そのためいち早く三隊長とクローディーヌを招集し報告を行った。


「うるさいぞ、東外人。そんなことより早く敵部隊の位置を調べて攻撃を加えよう」


 フェルナンが失礼な態度で言う。『東外人』とは東和人の蔑称だ。俺は流石に咎めるべきかと考えたが、ダヴァガルの素早い目配せがそれを控えさせた。


『この程度気にもしない』。貧乏くじを引かされ続けた男はその経験から貴族に口を挟まない方が良いことを理解していた。無論かといって言うことを聞くわけでもない。強かな男である。


「フェルナン隊長。言葉には気をつけてください。以降の発言次第では団長権限で処罰します」


 クローディーヌが言う。フェルナンは何も言わず舌打ちをした。


 まあ俺やダヴァガルが言うより、頭の堅い女団長が言う方が面倒ではないだろう。女性というだけで『これだから女は』と溜飲を下げることができる。それが良いことかどうかは別として。


 俺はそのまま報告を進めた。


「報告を再度まとめますと、ドロテ隊が敵を攻撃したのがこの位置、見つけた場所がこの位置です。ここからは私見ですが、おそらくボルダー南方に主力がいるかと」

「それは私も同意見です」


 クローディーヌが話す。


「私たちはボルダーの責任者から先に話を聞いていましたが、どうやら現在南方面の門が一部破損しているようです。そのため彼等もそれを狙って南側に布陣している可能性があります」


 クローディーヌの情報を聞きながら、俺は次にどうするか考える。相手の位置が分かっているのであれば此方から先制攻撃を仕掛けてもいい。彼等がここに来たのは最近であり地理に詳しいわけではない。それに平原なら秘術も使いやすい。町に損害を与えないという点ではメリットが無いわけではない。


(だがリスクもそれ以上にある)


 敵の偵察隊は優秀であり此方が攻撃する前に見つかる可能性は十分ある。それでも偵察部隊を撃破することは可能であろうが、本隊への攻撃はできない。そうなればわざわざ出向いてまでやったにしてはメリットが少なすぎる。


 それに相手が予想以上に強い可能性もある。秘術や地の利込みで奇襲を仕掛けても、純粋に負けるようであればそもそも作戦として成立しない。実力差があるのならば都市の防御力を利用した方が良い。


(だが一番の問題は情報の信憑性だ)


 俺は後方勤務時代の王国軍部の情報の扱い方を思い出す。そもそも千人隊が一部隊向かっているという情報が本当かどうかわからない。敵の数を位一つ間違えたと言われても、俺は信じるだろう。そのレベルにずさんだ。


 俺はクローディーヌの方を見る。彼女はどちらかと言えば打って出たいだろう。その方が町の人間に被害が出なくて済む。俺なら町の人間がどうなろうと軍の損耗が少ない方を選ぶが。


「なら話は早い」


 フェルナンが話し出す。


「敵の位置が分かっているなら、此方から仕掛ければ良い。この都市の南方面には守りに適した場所はない。秘術を撃ち込んでから突撃すれば、楽勝さ」

「しかしフェルナン殿、急いては事を仕損じますぞ」

「東外……いや、ダヴァガル隊長殿。そのような勇なき判断では団員、ひいてはこの都市の住民に不安を与えかねません。これは王国の威信を賭けた戦いです。私たちが先頭を切り、勝利をもたらしてこそ意味があるのです」


 ダヴァガルの言葉にフェルナンが明らかに苛立った様子で答える。一応クローディーヌの前ということで言葉は選んだのだろう。ぼっちゃんにしては、いくらかまともだった。


 俺は他の人間の様子をうかがう。会議において、組織において、下される判断が必ずしも合理的であるわけじゃない。後世の歴史家が呆れたように記述する采配が、過去の戦争でとられていることもある。


 だが本質はそこじゃない。そんなものは後からならなんとでも言える。問題はどうしてそういう判断がとられるのかという今の話だ。


 これは別に難しい問題じゃない。誰もが薄々気付いている。要するに組織の選択は『正しいと思われるかどうか』ではなく、『声の大きい人間が出したかどうか』によって決められるからだ。それっぽいことを堂々と口に出した者の意見が、得てして通ってしまうのだ。


(三人集えば賢者に比すると言うが……それ以上になるとまた話が違ってくるな)


 俺はここでどうしたものかと考える。反対意見を出しても良いが、それはそれで問題だ。都市に籠もることを進言すれば、仮に採用されたとしてもあとで言いがかりを付けられ、成果をねじ曲げられるかもしれない。


 何より失敗したときに責任を押しつけられることは明白だ。つまり貧乏くじを引かされる。


(だからこういうときは皆黙っちまうんだよなぁ)


 王道の意見や前例のある意見は通しやすく、責任を負わなくて済む。失敗したとしても『そういうものだから』と言えば済むのだから。だがその反対意見は別だ。間違いなく責任をとらされる。


 しかし命を捨てるよりはマシだ。死んだ人間は他の全ての人間より馬鹿なのだ。泥をすすって、惨めに生きながらえた方がはるかにマシだ。少なくとも俺はそう思う。


 俺がそう考え手を上げようとしたとき、不意にクローディーヌと目が合った。

















「報告!偵察隊が王国軍を発見。戦闘に入っています」

「何ッ!?全軍戦闘態勢に入れ。馬を駆け一気に殲滅する」

「はっ!……しかし隊長殿。ダドルジ大隊長の命では合流するまで攻撃を控えろとのことでしたが」

「ここで退けば舐められ、士気も下がる。それに仲間を助けるのは当然のことだ!」

「はっ!了解しました!」


 無能な部下だ。千人隊の隊長はそう考えながら、自らの馬に乗る。


 あの若い男に戦果を奪われてどうする。そもそも都市には王国軍はなく、防衛隊だけとのことだ。今来たとしても大した人数ではないだろう。またとないチャンスだ。


(この部隊で十分に都市を落とせる。奴らを敗走させ、逃げ帰るところを同時に襲えば、門を閉じることもできない。あの大都市を落とせば、大隊長の座も見えてくる)


「準備整いました!」

「よし、出陣!偵察隊を援護し、そのまま都市も落としてやれ!」


 兵士達がかけ声と共に馬を走らせていく。


『ボルダー防衛戦』。その序章がはじまった。





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