第17話 報告:秘術を侮ることなかれ
「ふあ~」
俺は馬に揺られながら欠伸をする。どうも最近、体から疲れが抜けない気がする。
自前の低血圧のせいなのか貧血気味だ。朝はそれだけで辛い。それともシンプルに歳をとっただけだろうか。ただ、少なくとも俺はまだ後者の方を認める気にはならない。
「随分とお疲れみたいですね」
後ろから声をかけられる。顔を向けると可愛らしい少女が笑っている。ドロテ隊の団員であるレリアだ。
「俺は元から血が少なくてな。夜遅くまで起きているとどうも翌日に響いてしまう」
「それは大変です。体調の良し悪しは作戦にも響きますよ。副長も若くはないんですから、あまり無理をなさらないように」
「いや、俺はまだ若いつもりなんだが……」
少し心に刺さったが、気にしないことにした。
俺は現在ドロテ隊の後方支援部隊と共に行軍している。白兵戦担当の二部隊はクローディーヌに率いられ先を進んでしまった。俺は護衛もなしに補給部隊を動かすのは危険だと進言したが、防衛に緊急を要すると聞き入れられなかった。
(援護もない補給部隊とは……また随分と危険な配置につけられてしまった)
俺のそんな憂慮を余所に、レリアは少女らしく可愛らしい笑みを浮かべて、俺の方を見ている。そんな目で俺を見ないでくれ。曇りなき純粋な眼は、薄汚く育った大人にはやや痛い。
レリアはこの団で最年少の16歳の少女だ。そう考えれば彼女が、10歳年上の俺を若くないと感じるのも不思議ではない。俺は認めないが。
「それにしても夜遅くまで何をなさっていらしたのですか?」
レリアが聞いてくる。
「何ってそりゃ軍の仕事だよ。報告書をまとめていた」
「報告書……ですか?」
「そうだ」
「しかしそれなら団員に任せてしまっても良いのでは?ドロテ隊長は隊の報告はほとんど私にやらせて……モゴッ」
突如としてレリアの口が塞がれる。いつの間にかドロテ隊長が来ており、レリアの口を塞いでいた。
「隊長!何するんで……」
「……何か?」
「……いえ、なんでもありません」
一瞬だけ冬が来たんじゃないかと思った。ドロテのその冷たい眼差しはレリアの口を一瞬にして封じてしまう。隊の規律がどことなく守られているのも、彼女のこういったうまさにあるのかもしれない。
(しかし彼女とは、ほとんど話したことがないからな)
俺はドロテを観察する。赤髪につり目、少しキツそうな顔立ちではあるが十分に美人な部類だ。その肩程までの長さにそろえられた髪には独特の癖がついており、どこか貴族らしくない雰囲気を醸し出している。
しかし実際には彼女はそこそこの貴族の出身であり、俺からしてみればはるか上位の人間でもある。
「……何?」
「イエ、ナンデモアリマセン」
俺は蛇に睨まれた何かのように固まってしまう。サバサバしていると言ってしまえば良く言いすぎだろう。シンプルにちょっと怖かった。
「む~。でも隊長、そんな怖い顔していると勿体ないですよ!ほら、笑って笑って!」
「……やめろ、触るな」
「ほらほら~」
「上官命令だ。離れろ」
しかしレリアはめげない。近寄りがたいのかと思ったらそうでもないのだろうか。後ろを見るとドロテ隊の団員達もそれなりになれた様子で二人を見ている。
(まあ男臭いダヴァガル隊よりも女性が多いこの隊といた方が気分的にはマシな気はするな)
俺がそんな下らないことを考えていると不意にドロテの元に団員がやってくる。そして小さく耳打ちすると、再び後方へと戻っていった。
「どうした?」
俺は一応聞いてみる。十中八九嫌なニュースであることは分かっていた。
「……敵だ。偵察隊だろう。この部隊と同程度の東和軍が後方から来ているらしい。幸いまだ気付いてはいないみたいだが」
俺は大きくため息をつく。そして次の行動を聞いてみた。
「飛ばすか?逃げられるとは思うが……。ただボルダーまでは少し遠いし、こっちは荷物持ちだ。逃げ切るには物資を捨てなきゃならない」
偵察部隊といえどこちらは後方支援部隊。部隊の性質上どうしても向こうに分がある。
しかし俺がそう聞くとドロテは「やれやれ」といったジェスチャーをとる。なんか男として凄い負けた気分だ。なんかこう、「意気地なしめ」といわれている気がする。
「副長殿、提案よろしいでしょうか」
「……許可する」
俺は力なく返答する。
「一時的に指揮をお預け願えないでしょうか」
「どうするつもりだ?」
「決まっています」
ドロテが続ける。
「たかだか同程度の偵察部隊、この隊だけで撃破してご覧に入れます」
彼女の堂々とした意見に、俺はただ頷くしかなかった。
「ドロテ隊長、後方より敵が接近してきます。どうやら後方の荷馬車を見られ、補給部隊だと見破られた模様」
団員が報告する。
「急いで移動はしていますが、おそらくあと数分で追いつかれるかと」
「わかった。後方の荷馬車はそのまま前進。後は私たちがなんとかする」
「了解しました!」
団員が後方へと戻っていく。俺たちは馬を走らせながら街道を進んでいた。
「副長殿、仕える秘術は?」
ドロテが聞いてくる。
「……ない」
「はい?」
「ない!」
俺はいっそ清々しいくらいに答える。事実なのだからしょうがない。士官学校の秘術の検定試験で、四回の追試をくらったのは生徒多しといえど俺だけだろう。
ドロテはため息をつきながら軽く頭を抱える。
「それでは後ろで見ていてください。この部隊の力をお見せします」
ドロテはそう言うと合図を出し、部隊を左右に移動させる。道を挟んで両サイドに布陣した団員達はそれぞれ慣れた様子で馬から下りる。
「来ました!」
「よし、各員準備!」
遅れてきた馬車がやってくる。既に敵の部隊もそこまで迫ってきており、もうすぐ馬車に追いつこうとしていた。
(何をする気だ?)
俺がそう考える間もなく、彼女達は一斉に動き出した。
『
その瞬間生き物のように動く火の波が東和軍に対して放たれる。先頭にいた一部兵士はそのまま焼かれ、後続の東和人兵士達もその火に立ち往生していた。
「すっげー」
俺はつい子供みたいな感想を呟く。今までに見たこともないような威力だ。士官学校には主に男しかいなかったのもあるかもしれない。これほどの秘術を使うのはほんの一握りの人間だけだった。もっと早くに知っていたら、前回の戦いでもっと楽ができたのに。
「ほら、副長。しばらくしたら炎も消えますから、早く行きますよ」
俺はそう促されて、馬に乗る。しかし後で聞いた話によると強い秘術はそれだけ連発はキツいらしい。何事も一長一短だ。
しかし俺は一つだけ気になったので聞いてみることにした。
「なあ、クロ……団長も秘術はこれぐらい使えるのか?」
ドロテはそれを聞いて、呆れたような顔をする。今日は呆れられてばかりだ。
「団長は別格ですよ。私たちの何倍もの威力を軽く出せます」
それを聞いて、俺は初めてクローディーヌに会ったときのことを思い出す。裸(布一枚)を見てしまったあのときだ。
(あれでも手加減してたのか)
俺は今現在(物理的に)首がつながっていることに感謝する。そして黙っていそいそと馬を走らせた。
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