第二章 東部戦線異状あり

第13話 報告:人生は苦難の連続である

 








「きゃははは!やっぱり、上手くいきすぎだと思ったんだよねぇ」

「人の不運がそんなに面白いですかね。マリーさん」


 いつもの安食堂、向かいに座る小さめの女性は楽しそうに笑っている。むしろ笑いすぎて涙が出てきている始末だ。解せぬ。


「しかしあのお嬢様も良いところあるじゃん。もう一生こんな機会がないアルベールに、わざわざ花を持たせてあげるなんて」

「へいへい。どうせ俺は強くないですよ」

「こらこら。いい歳した男が拗ねないの」

「いい歳した女性が可愛い子ぶるのはどうなんだ……って、痛っ!」


 俺は蹴られた脛をさすりながら、マリーの方を見る。マリーは笑っていたが、目が笑っていなかった。俺はとりあえず「ゴメンナサイ」と謝っておく。


「しかし今回は苦労したよ。急に来てメモだけ渡して、『これやっておいて』なんて言うんだから」

「まあ、それは感謝してるよ。お陰で助かった」

「よろしい!」


 俺は素直にマリーに礼を言っておく。実際問題助かったのだ。いくら生き残っていても、上層部の人間に事実をねじ曲げられて伝えられては意味がない。しかし一度民衆に広まった事実は、そう簡単に改変することはできない。


「でも本当に勝つとはね。私も帰ってきたときはびっくりしたよ」

「おいおい、信じてなかったのかよ」

「うん!」

「お前……とりあえず笑顔で言えば許されると思うなよ?」


 俺の言葉などどこ吹く風、マリーは楽しそうに食事をしている。まあでも彼女に助けられた部分は多い。今回は黙ってごちそうするとしよう。


 俺はそんな風に考えながら今日回ってきた軍の報告をみる。報告と言っても新聞にも掲載されている公の情報だ。読んでいても問題はない。


『王国騎士団、東の大地で勇戦せり!』。見出しにはそう書いてあった。俺達の事ではない。つい最近行われた本隊による迎撃作戦だ。新聞ではあたかも上手くいっているという様に書かれている。


しかし実態がどうかは疑わしい。


「その情報、結構歪んでるよ」


 マリーがスープを飲み干してから言う。


「そうなのか?」

「うん。これは記者の人間なら皆分かってる」

「何故そう言える?」

「今朝方、君たちが連れ帰った捕虜がひっそりと運び出されているのを何人もの記者が見た」

「……成る程ね」


 捕虜を持ち出す理由は基本的に一つしかない。それは返さざるを得ない状況が来たと言うことだ。有り体に言えば王国軍が敗北し、捕虜を返してもらう代わりにこちらのを引き渡すということだ。


「それで?今はどうなっているんだ?」

「詳しいことは私にも分からないけど……少なくとも停戦はしているみたい」

「まあ一大決戦でもなければ、一度の戦いで負けが決まるわけじゃないからな。損害は分かるか?」

「そこまでは、まだ」

「まあ仕方ないか」

「……ごめん」

「馬鹿言うな。軍の俺が知らないことをお前が知っている方がおかしいんだ。感謝こそすれ、謝られることはない」

「……ありがとう」


 マリーが何か言った気がするがよく聞き取れない。まあいいだろう。そんなことよりも戦況の確認だ。


 俺は再び報告に目を通す。


(しかし嫌な予感がするな)


 俺は前回の戦いで見た東和人の指揮官を思い出す。おそらく立場的には俺と同じぐらいだったのであろう。部隊の副長クラス。提案はできるが、指揮権はない。


 しかし事前準備やその後の対処を見るに有能であることは疑いようがなかった。


(前回は権限の関係であの男の能力が発揮されていなかったんだろうが、隊長がいない今あいつが暫定的に前線部隊の指揮をとっていても不思議じゃない)


 逃げる際にぶつけてきた、あの視線を思い出す。何を勘違いしていたのか知らないが、あれほど戦場で目立っていたクローディーヌを差し置いてあの男はまっすぐ俺の方を見ていた。


「はぁ。憂鬱だ」


 俺は小さくため息をついて、なじみ深いその安料理を口に運んでいった。
















 アルベールがのんびり食事をしていた頃、前線の東和人野営地には薄暗い光がともっていた。


「ダドルジ隊長代理。捕虜交換、終わりました」

「報告ご苦労。大義であった。下がっていいぞ」

「はっ!」


 部下が報告を終えてテントを出て行く。一つ前の戦いではそれなりに被害を出したが、ほとんどが捕虜になっていたことが幸いした。おかげで今回の一戦で取り返すことができ、損耗は馬だけになった。


(これで大隊本部も俺を正式に先鋒隊の大隊長に任命するだろう。そうすれば副官とは違い、できることが増える)


 無能な指揮官のせいで死んでいった仲間達は少なくはない。自分にもたくさんの兄弟がいたが、結局生き残っているのは長男の自分だけであった。


(これ以上仲間を無駄に死なせるわけにはいかないからな)


 ダドルジはそう考え再び地図と資料に目を通していく。武闘派の多い東和人において彼のように戦略や戦術に明るい人間は珍しく、しかも積極的に学んでいる人間はさらに珍しかった。


(部下の報告書……正確ではあるが見るべきポイントが正しくないな)


 ダドルジはそう考えながらページをめくっていく。前回の戦いで敗れたあの騎士団。あれは間違いなく前大戦の英雄の娘のものであったが、彼が気になっていたのは彼女ではなかった。


(彼女が英雄の素質をもっていることは間違いない。だがその裏に参謀がいるはずだ。それは彼女じゃない。あの男だ)


 事前の調べで王国のおおよその情報は知っている。彼女のこれまでの戦績からは、とても今回の作戦を立案できる能力があるとは思えない。


 そう考え、資料をめくっていく。その多く頁がクローディーヌのことに割かれ、他の隊員についてはあまり書かれていなかった。


(見るからに派手な鎧を着た貴族の隊長でもない。東和人の隊長でも、ましてや女の部隊長じゃない。あの男はどれだ?それともこの報告は外れか……ん?)


 最後の頁で、その手がとまる。


『アルベール・グラニエ』、最近後方から異動してきた副長。目立った戦果もなく、有名な家柄でもない。それだけに名前だけの情報として一番最後に小さく記載してあった。


 しかしダドルジにはそれで十分だった。この男だ、間違いない。そう判断した。大した戦果をあげてこなかった部隊の唯一の変化、彼に違いない。


「アルベール・グラニエか。覚えたぞ」


 小さく笑い、その書類を火にくべる。必要な情報は既に頭に入れており、もう必要はなかった。


(既に森は越えた。後は平地を進むのみ。……前回のように地の利は活かせないが、はてさて)


 ダドルジは外に出て星空を見つめる。


 負けるわけにはいかない。そう静かに決意して。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る