第12話 報告:やはり予想通りに事は運ばない

 






「あれ?副長は?」


 クローディーヌが尋ねる。宴もはじまってから時間が経っていることもあり、団員達はそれぞれかなりできあがっていた。


「副長殿?ああ、彼なら先程外へ出て行きましたよ。意外とお酒弱いんすかねぇ」

「そう。ありがとう」

「いえ!団長殿!」


 団員がふざけた様子でわざとらしく敬礼する。勝ったことがそれだけうれしかったのだろう。クローディーヌも酒の席での振る舞いをいちいち咎めるようなことはしなかった。


「しっかし、あの副長殿。案外やるもんだよな」

「そうそう。急にあの剣幕になった時は、どうなることかと思ったぜ」

「『静まれ!ウジ虫共!』だっけか?あれはびっくりしたな。でもあのお陰でいま美味い酒を飲めていると思うと、責める気にはなれねえな」


 団員達が彼の話をしている。その話に、クローディーヌにはどこか自分のことのようにうれしく感じていた。


 クローディーヌは楽しそうに話している団員達を背に、貸し切っている酒場を後にした。














 祝いの酒の席、嫌いではないが、出世のための準備をおろそかにするほど間抜けではない。俺は酒場の外の席を借りて薄暗いランプを用いながらいそいそと報告書を書いていた。


「こんな所にいたのね」


 後ろから声がする。その透き通った声は見なくても誰かがわかる。俺は振り返って敬礼した。


「いいわよ。そんなかしこまらなくても。それに今日は祝勝の席なのだから」

「では失礼して」


 俺は再び席に着き、ペンを走らせる。スピード勝負だ。王国の書記官達に勝手に記録が作られる前に、ぐうの音も出ないほどに細かく書いた報告書を提出する。せっかく書いた成果を変に改ざんさせるわけにはいかない。


「貴方、随分仕事熱心なのね」


 クローディーヌが驚いたように聞いてくる。


「別に熱心ってわけじゃありませんよ」

「じゃあ、何故?何もこんな時まで仕事をしなくても……」

「ただ欲には忠実なもので」

「欲?」

「はい」


 俺はペンを走らせながら説明する。


「成果が認められるのはその勝利によるものではありません。報告、そして上層部の認識があってからです」

「でも私たちは実際に勝ったじゃない」

「いえ、報告次第では勝利すら消し去られる可能性だってあります。だからこそ報告や文書の保管は何より重要なのです。……命がけで戦わされて、成果を没収されたくはないですからね」


 俺はそう言って最後のページを書き終え、その書類をクローディーヌに差し出した。


 よくよく考えれば酒の席で大事な書類を渡すのもどうかと思った。しかし彼女は酒で羽目を外すタイプではないだろう。俺は無意識でそう判断し、何も考えずに渡していた。


「九割以上完成させました。後は団長の署名と、団長による勲功報告だけです。勿論勲功一番は団長殿ですが、私も四・五番あたりにいれてくれると助かります」


 勲功報告とは要するにこの戦いで誰が一番成果に貢献したかである。大体は相手の対象首をとったものや隊長格に与えられる。しかし兵卒にそのチャンスが無いわけでもなく、一番乗りや敵を倒した数によっては上位で表彰されることもある。こうした表彰は見栄を大事にする騎士団では重要な事だ。


(まあ俺としては四・五番に入れてもらえるだけで出来過ぎだが……まあここまでしたんだ。入れてくれるだろう)


 本来後方支援は勲功報告では軽視されがちだ。俺は今回の戦いで一人の首もあげてはいない。そう言う意味では騎士団の価値観では評価されないのだが、報告を書いてしまえば話は別だ。あたかも俺も仕事したかのように書けばいい。


(こういう所をおろそかにする奴が、馬鹿を見るんだな。これが)


 クローディーヌは書類を受け取ると、その場で目を通しサインをした。


「できたわ」

「もうですか?もう少しじっくり見ても大丈夫ですよ」

「問題ありません。貴方の報告ですから」


 そう言ってクローディーヌはにっこりと笑う。


 なんだよ高飛車な貴族の娘にしては。けっこういい笑顔が作れるじゃねえか。正直ぐっとくるものがあった。


 俺は誤魔化すように咳払いをして続ける。


「それでしたら明日、団長の方から本部へと提出してください。一応説明役として私も同行いたしますので、10時ほどでどうでしょうか?」

「わかったわ。では10時に本部前で」


 それだけ聞くと俺は敬礼して、彼女が立ち去るのを待つ。しかし彼女はきょとんとした顔をして一向に立ち去る気配がなかった。


「あの……団長殿?」

「ええ、どうしたの?」

「いや、此方としても団長殿が行ってくださらないと敬礼もやめられませんし……」

「え?」

「私ももう少し外の風を浴びながら飲んでいきますので」

「え?では私も一緒に……」

「え?」

「え?」


 頭が混乱する。彼女は彼女で「そっ、そうよね。馴れ馴れしかったわね」といいながら慌てている。


 なんだよ高飛車な貴族にしては、しおらしいところもあるじゃねえか。正直ぐっと(以下略)


「私、もう行くわね」


 恥ずかしそうにそう言うクローディーヌの手を俺がつかむ。失礼かとも思ったが、ここで行かせてしまう方が失礼だ。冷静に考えなくても、そうわかる。


「団長殿、明日も報告がありますから少しだけですが……」


 俺がグラスに酒を注ぎながら続ける。


「一緒にどうですか?」

「はい!」


 彼女は微笑みながら席に着いた。


 彼女もそんなに悪い人間ではない。俺はそう思いかけていた。


















 だがそれは一日で崩れた。















「成る程。報告は受け取った。大義であった」

「はい!」


 クローディーヌが堂々と返事をし、敬礼をする。俺はなるべく目立たないように同様に敬礼する。


(しっかしイライラしてるな。目論見はずれて怒り心頭といった感じか?)


 俺は内心でほくそ笑みながら本部の人間を観察する。ほとんどが反クローディーヌ派の人間、ひいてはその親父を憎んでいた口だろう。見るからに権力が好きそうなタイプだった。


(まあ、俺はあまり関係がないからのんびり見てられるがな)


 そんなことを考えていたときであった。


「しかしアルベール・グラニエ副長。其方も活躍していたようだな」

「へ?」


 俺は急に向いてきた矛先に冷や汗が流れる。何故此方に敵意ある視線を向けるのだ。コレが分からない。


「いえ。私ごとき、全ては団長及び団員達の成果です」

「ほう。随分謙虚であるな。勲功第一位は余裕があると見える」


 え?


 今なんて?


 俺は彼等の嫌みったらしい言葉など耳に入ってこなかった。それ以上に、疑わしい事実が俺の耳に飛び込んできたからである。


(勲功第一位?は?)


 俺は隣のクローディーヌに目をやる。クローディーヌはうれしそうに微笑んで此方を見ていた。


 多分善意でやったのだろう。それに本気で思っていたのだろう。だとしても彼女のやったことは俺にとって最悪であった。


「その名前はしっかりと覚えておくことにしようアルベール・グラニエ副長」


(この馬鹿女~~~~~!!!)


 俺は内心で叫ぶ。どこか順調だった歯車が致命的に狂いだしている気がした。




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