ぼくだけのお星さま
「わぁ…!」
カイは、空を見上げた。
もう太陽が沈んでからずいぶん経って、家の時計の針は0を過ぎようとしている頃だろう。カイの頭上には、きらきら輝く星の大海原が広がっていた。
「すごいや、お天道様みたいに眩しいや」
赤や黄色、白に青色。あっちには緑の星も。それはまるで黒い上品な布の上に一つ一つ丁寧に置かれた、何百もの宝石の展覧会だった。カイは空を指差して、前に読んだ宝石の図鑑を思い出しながら言った。
「あれはアメジスト、こっちはエメラルド。サファイアにガーネット、あれがオパールだ」
宝石の一つ一つを指差しては、その美しい光にうっとりした。そしてその宝石で作った指輪なんかを想像した。そしてその指輪を誰かに渡す様子なんかを想像した。
「お母さん、これを全部あげたらきっと喜ぶぞ」
空に光る星々は、手を伸ばせば届きそうだった。カイは思わず、アメジスト色の星へ手を伸ばした。すると、その星は黒い夜空の背景からスポッと抜けるようにしてとれてしまった。そして星のあった場所には小さな穴ができ、それがぷしゅうといって縮んでなくなった。
カイは驚いて、少し固まった。恐る恐る握った手を開くと、そこには世界中の女性が悲鳴を上げて飛びつくほどの大きなアメジストがあった。
「やった、、やった!やっぱり、本当に星は宝石だったんだ!」
カイは大喜びして、また手を伸ばした。次はサファイアにした。やはり、夜空の黒からすぽっととれた。手には大粒の青い光を放つ宝石が、ずしっと乗っていた。空の穴がぷしゅうといって塞がる。
「やったやった!もっともっと!」
エメラルド、トパーズ、ルビー、ガーネット。カイは次から次へと星へ手を伸ばし、すぽっととった。カイは両の手からこぼれるほどの宝石をとった。そして満足したカイは最後に、大きなオパールへ手を伸ばした。それは他の宝石より、一際大きかった。
「えいっ」
大きなオパールが、空からずぼっとぬけた。その瞬間、今までよりずっと大きな穴が空に開いて、ぐごごごごと物凄い勢いで周りの星々を吸い込んでいった。最後の星が吸い込まれ、ついに夜空はただの黒になってしまった。
「ど、どうしよう。。。とりあえず、帰ろう」
星の光をなくした夜は、本当に真っ暗だった。カイは慌てて宝石を鞄に詰め込んで、家へ向かった。しかし、なにせ一歩先も見えない暗闇なので、右へ左へとうろうろと進んだ。
暫くそうしていると、目線の先にぼんやりと明かりが見えて来た。さらに近づくと、シルエットが見える。家だ。
「しめた!着いたぞ!」
喜んだカイは思わず駆け出し、家の前へ着くと、大慌てで戸を叩いた。すると扉があいて、出て来たのは知らない人だった。家なのに帽子を深くかぶって、コートを着ている。
「おやぼうや、こんな遅くにどうしたのかね。それにしても今夜は、いやに外が暗いねぇ」
カイは逃げるようにして走っていった。しばらく走ったところで、他の家の明かりが見えてきた。カイはまた近づいて、恐る恐る戸を叩いてみた。裾のひらひらしたダボっとした服を着た、知らない人。
「あら、どうしたんだいこんな時間に。一人かい」
カイは急いで走っていった。そして走っている途中、人の少ない森の近くで、知らない人に会った。とても背が高く、黒くて長い、何かを背負っている。
「おっと、驚いた。こんな時間に、こんな子供に出会うとは」
カイは大急ぎで走り去った。暫くしてカイはついに、本当に迷ったのだと思った。闇の中にたった一人。
泣きそうになったその時、遠くから光が近づいてきた。ゆらゆらと揺れながら、少しずつこちらに近づいてくる。そして耳をすますと遠くで、どこか暖かい響きで、自分の名前が呼ばれているのが聞こえた。カイは大きな声で、ほとんど泣きながら叫んだ。
「お母さーん!ここだよ!」
声を聞きつけたのか、明かりがぐんぐんこちらに近づいてきた。それはやはり、母親だった。母親も必死な様子だったが、カイの姿を見るとすぐに安堵の表情へと変わった。
「おばか。こんな時間に外に出るんじゃありません」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
カイは泣きながら母親に抱きつき、ごめんなさいと繰り返した。母親はカイの頭をぽかっと優しく叩くと、ギュッと抱きしめ返した。
「それにしてもこんなに真っ暗で、お星さまは何をしてらっしゃるの」
「違うんだ、僕がとったのがいけないんだ」
カイが鞄いっぱいの宝石を見せると、母親はひどく驚いた。
「いけません、お星さまをとってしまうなんて。夜に外へ出なければならない人たちもいるんですから、こんなに真っ暗じゃ大変でしょう」
「だって、お母さんきっと喜ぶと思って」
カイは泣きながらそう言った。すると母親は微笑みながら、優しく返した。
「いいかい、私にはおまえがいればそれでいいんですからね」
カイはもっともっと泣いた。そしてもっともっと強く母親を抱きしめた。母親も、もっともっと強く抱きしめ返した。
その後、母親はカイの鞄に詰め込まれた宝石を祈りの泉へと投げ入れて、そして心からの祈りを捧げた。
「天におられる偉大なる星々よ、此度の我らの愚かさをどうか御赦し下さい。どうか我らの暗い夜を優しく照らしてください」
すると、宝石たちはくるくると回りながら空へと昇っていき、それぞれが元いた場所へ向かうと黒い背景にすぽっとはまった。数は減ったが、夜空に光が戻った。
申し訳なさそうに、カイが言う。
「僕のせいで、前より空がずっと暗いや」
母親はそっと微笑んで、包み込むように言った。
「いいかい、これからは夜はちゃんと家に居るんですよ。それが一番、明るい夜なんですからね」
「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん」
カイという名のその男は、冷たい鉄格子の檻の中で、空中に向かってそう繰り返した。何かへ手を伸ばして空振り、そのまま自分の両肩を抱きしめている。
「いい加減にしろよ、うるせーな。隣のあいつ、何とかなんねーのかよ」
「無駄だよ、ずっとあの調子だ」
「ったく、こう喚かれちゃかなわねぇな。一向に話も通じねぇしよ」
「きっと辛い経験をしたんだ」
「んなこた知るかよ。アイツらもよぉ、こんなとこに放ってねーでさっさと連れてけってんだよ」
「連れてくって、何処へ?」
「決まってんだろ、病院だよ、ビョーイン」
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