あれやこれやの短編集

ぬま太郎

 古くからこの町では、海の神を信仰してきた。



 ここで獲れる豊富な海の幸は、人々を決して飢えさせず、この町をずっと支え続けてきた。


 だから人々は毎年夏になると、海祭りをして、海の神へ日頃の感謝を伝える。


 海の神を歌と踊りでもてなし、そして町のみんなで海辺で酒を飲み交わすのだ。


 海と人と、手と手を取り合った、いい町だった。



 それがある年、もう祭りはやめにしようかという話が出た。


 原因は高齢化による人手不足だけでなく、そもそも今では海の神の存在自体を信じる人が殆どいないためである。


 伝統的な舞を踊れる人間は今ではごく僅かであり、その殆どがもうとても踊れる年齢ではない。


 数少ない若者たちも、海の神などという曖昧なもののために、わざわざ進んで舞を覚えようとはしなかった。


 こうして今では、そもそも祭り自体必要ないと思う人がほとんどになってしまったのだ。



 ただ一人、長老のサチコを除いて。



 もうすぐ90歳になる長老のサチコは、小さい頃から海祭りの踊子で、今では舞を覚えている数少ない存在である。


 彼女だけは、海祭りをやめることに断固反対していたのだった。


 なぜ彼女が、そこまで海祭りに拘るのか。


 長老がよく町の人に聞かせる話に、こんなものがある。


 彼女がまだ小さな子供だったある日、海に落ちて行方不明になったという。


 町の人みんなで探したが、全く見つからなかった。


 みんなが最悪の事態を覚悟したその時、波に流されるようにして浜へ帰ってきたのだとか。


 人々が心配して駆け寄る中、幼なかった長老は何度も繰り返し、


「大きな鯨に、助けられた」


 と言ったそうだ。


 幼かったため、長老はその時のことははっきりとは覚えていないらしい。


 でも、確かにあの鯨は神様だったと言い、今でも「この命はあの神様が救ってくれた命」だと言って海の神を心の底から信じている。


 だからこそ長老は、海祭りは絶対に続けるべきだと強く思っているのだ。


 長老の説得の結果、とりあえずその年も海祭りは行われることになった。




 その夏のことだった。




 1週間後に海祭りを控えたある日、長老が亡くなった。


 海と生きた89年の生涯に、突然幕を閉じたのだ。


 あまりに突然だったので、町は驚きと悲しみに包まれた。


 人々は話し合った結果、海祭りよりも先に長老の葬式を行うことにした。












 そして、その日の夜。













 浜に、一頭の大きな鯨が打ち上がった。
















 それ以降の事については、詳しくはわからない。


 ただ一つ確かな事は、現在ではこの海祭りという風習は、この町では見られない。

 


 

 




 




 

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