第79話・エピローグ・前編・剥奪された勇者の力

私の名はリアンダー・・・。

女神の退屈を満たすべく『勇者』にさせられた、

それが私・・・『白雷の勇者・リアンダー』


今はコナギ様のバージョンアップを終え、

エルがコナギ様の身体を組み立てている・・・。


私は残りの作業をエルに任せ椅子に座り、

コーヒーを飲んでいた・・・。


ふと、組み立てられて行くコナギ様を見ていると、

『顔は似ていないのだけれどね・・・』と心の中で呟いた。


だが、コナギ様はあの方と似ている・・・。

それは顔立ち等ではなく、その内面が・・・。


私はそう思いながら手に持つコーヒーカップの中を見ると、

いくつもの波紋を生む黒い液体の中に、

無表情な私の顔が映っていた。


「・・・リョウヘイ」


そうポツリと無意識で呟いた時、

あの時の光景が蘇った・・・。



決意も新たに『ボス部屋』へと浸入し、

それぞれが『生きて帰るっ!』と信念を抱いていた・・・。


だけどその意気込みも虚しく・・・。

『ボス部屋』には魔物の気配すらなかったのだ。


呆気に取られた私達が唖然として、

国へと帰還しようと意見を一致させ『ボス部屋』の扉に手を掛けた時だった・・・。


『ザワッ!』と突然私の背筋に悪寒が走った・・・。

だけど団長のガナザを含め他の騎士達も誰も気付かなかったのだ。


私は本能に従い皆に『警戒してっ!』と叫ぶと、

突然『ボス部屋』に『オォ~ホッホッホッ♪』と嫌な笑い声が木霊した。


その嫌な笑い声と共に姿を現したのは・・・。

そう・・・この『ダンジョン』の主で在り、

魔界に『城』を構える魔族・・・。

『魔毒の女王・シシリー』だった・・・。


紫色のカールした長い髪を掻き上げながら笑みを浮かべると、

シシリーは口を開いた。


「貴方達・・・。手ぶらで帰るつもりなのかしら?」


一言・・・たった一言そう言っただけにも関らず、

ボーガンを手にした2人は硬直し固まると、

呻き声の1つも漏らす事さえ出来ずにただ・・・そこに立ち竦んでいた。


そしてシシリーが『フっ』と笑みを浮かべた瞬間・・・。

理由もわからずその2名の騎士達は絶命した。


一瞬にして絶命した事に私を含め皆が唖然としていると、

シシリーは『バラの花』を一輪取り出しその匂いを嗅いで見せたのだった。


状況が理解出来ずに居た皆に私は声をかけた。


「私が前に出ますからっ!

 皆さんは落ち着いて戦闘態勢をっ!」


私の声に我に返った騎士達は剣を抜き構え、

先陣を切る私の後を左右に別れ追ったのだった・・・。


私は『バラ』を持ち、未だ匂いを嗅ぐシシリーに肉迫すると、

気合いの雄叫びを挙げながら斬りつけた。


『はぁぁぁぁぁぁっ!』


『ガキンっ!』


「・・・えっ!?」


シシリーは私の剣から逃れる事をせず、

そのか弱い『一輪のバラ』で私の剣を受け笑みを浮かべた。


「クッ!

 そ、そんな・・・まやかしなどっ!」


『ガキンっ!ガキンッ!ガキンっ!』


何度も斬りつけてはみたがその『バラの花』にすら傷1つ付けられなかった。


「そ、そんな・・・」


私は圧倒的なシシリーの力の前に、一歩後ろへと下がった時、

『うおぉぉぉぉっ!』と両サイドから2名の騎士が斬りかかり、

その瞬間私は無防備になったシシリーの負傷を確信したのだが、

実際は違った・・・。


『ズシャッ!グサッ!』


『っ!?』


シシリーはその時何もしなかったのだ・・・。


私の時のような『バラの花』で剣を受ける事も無く、

ただ、棒立ちになっていただけだったのだ。


「くっそっ!?うおぉぉぉっ!」


「こんなバカな事があるかぁぁぁっ!」


2名の騎士はそのまま攻撃の手を緩める事も無く、

何度も何度も、ただ棒立ちになっているシシリーに攻撃を加えるも、

衣服の布にでさえ、傷の1つも付ける事が出来なかった。


驚きの余り後退る2名の騎士達・・・。

シシリーは一度、『バラの花』で顔を隠すと大きなあくびをした。


そして私に向かってこう言った。


「・・・噂の女勇者がどれほどの者かと期待していたけど、

 ふぅ~・・・。

 退屈極まりないわね~?

 それに・・・。

 こんな『虫ケラ』如きに攻撃させるなんて、

 期待はずれもいいところだわ」


そう言った瞬間・・・。

シシリーはその両手を後退る騎士達の前へとかざして見せると、

掌から突然『紫色の煙り』を放出させた。


『うがっ!』


2名の騎士達が一瞬そう呻き声を挙げながら藻掻き苦しむと

呆気なく・・・そのまま倒れ絶命してしまった・・・。


『クッ!』と呻いた私に気を向ける事も無く、

シシリーの視線は私の後方に居た『団長のガナザ』へと向けられていた。


振り返った私はその時唖然とした・・・。


団長であるはずのガナザは手にしていたボーガンを咄嗟に捨てると、

突然土下座をしたのだった・・・。


「わ、わわわ私はっ!あ、あああ貴女・・・

 貴女様の・・・て、てて敵では御座いませんっ!」


私はこの時、ガナザの発言に耳を疑う・・・。

いや、理解出来なかった。


「敵・・・じゃない?

 えっ?・・・団長さん・・・一体何を言っているのっ!?」


そう言った私の言葉にガナザは土下座をしたまま答えた。


「き、貴様程度の村娘如きがっ!

 こ、この可憐で美しいシシリー様に適うはずもないだろうっ!」


「・・・えっ?」


未だこの状況が理解出来ない私に、

ガナザは暴言を続けていった・・・。


「シ、シシリー様であればっ!

 こんな小娘勇者など赤子同然っ!

 わ、私はシシリー様の御味方で御座いますっ!

 ど、どうか・・・どうかどうかこの村娘を葬って下さいっ!」


『あはははは』と狂気じみた笑い声を挙げ、

私も『こんなヤツの為にみんなは・・・』と、キレかけた瞬間、

今まで黙ってただ見つめていたシシリーが口を開いた。


「・・・ねぇ、勇者のお嬢ちゃん。

 何なのよ・・・この『ゴミカス』は?」


「・・・?」


「・・・ゴ、ゴミ・・・カス?

 わ、私・・・がで御座いますか?」


「他に誰か居る?」


不機嫌そうにそう言ったシシリーに、

ガナザは慌てて口を開いたが、それをシシリーは許さなかった。


「わ、わたっ、私は・・・」


「黙りなさいっ!」


『キラン』


『ドカッ!』


一瞬シシリーの目が紫色に光ると、

土下座しているガナザの前の床を抉った。


『ヒィィィッ!?』


這いずるように後退るガナザの無様な姿にシシリーは不機嫌になり、

床にはガナザが漏らしたと思われる水の跡が続いていた・・・。


そして一瞬沈黙がこの『ボス部屋』に訪れると、

『失せろっ!』とシシリーの怒号が鳴り響いき、

再び『ヒィィっ!?』と声を漏らしたガナザは、

一目散に扉の前まで駆け出すと、何かを喚きながら扉を押した。


そして扉が閉まる間際・・・。

私に対し狂気な目を向けたまま、ガナザはこう言ったのだった。


「・・・き、貴様の最後は、しっかりこの私が伝えておいてやるっ!

 貴様はここで死ねぇぇぇっ!」


そう叫び声を挙げた瞬間、

再びシシリーの目が紫色に光ると、『ボトッ』とガナザの右耳が床に落ちた。


『ブシュゥゥゥ』っとガナザの鮮血が吹き出す中、

泣き喚きながらも扉を閉め、逃走を計ったのだった・・・。



扉が閉まりその『ボス部屋』には静寂が訪れた・・・。

だが、私はシシリーから視線を外す事無く睨みつけていると、

シシリーはそんな私に笑みを浮かべた。


「貴女も色々と大変なのね~?

 敵である私も少しは同情しちゃうわ・・・」


ガナザに置いて行かれた私に対し、

哀れんだ視線を向けて来るシシリーに、私は苛立ちを感じずにはいられなかった。


「フンっ!あんたに同情される謂れはないわっ!

 私は必ず・・・生きて帰るっ!

 こんな所で私は死ぬ訳にはいかないのよっ!」


「フフフッ・・・。女勇者殿・・・。

 この魔毒の女王たるシシリーにそれだけの大口を叩けるなんて、

 貴女・・・中々面白い娘ね?」


「・・・私はあんたを倒してここを出て行くっ!

 魔毒の女王・シシリーッ!

 その首・・・もらい受けるっ!

 はぁぁぁぁっ!」


「・・・ホホホ♪

 ほんと・・・人族ってのは・・・」


私は自分に持てる力の限りの攻撃を行った・・・。

魔法や神力・・・そしてスキル。

だがそんな私の必死の攻撃にシシリーは笑みを浮かべ、

『バラの花一輪』だけで全て防いだ・・・。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・。

 つ、強過ぎ・・・る、私の攻撃が・・・全て・・・」


肩で荒く息をする私に対し、シシリーは平然としており、

それどころか再び退屈そうにあくびをしていたのだった・・・。


「・・・ほんと、退屈ね~?」


「クッ!」


「これなら南の地で派手に暴れている『勇者君』の方が、

 色々と楽しめそうね?」


ニヤけながらそう言ったシシリーに私は声を挙げた。


「・・・わ、私以外にも勇者がっ!?」


私の言葉に嫌な笑みを見せたシシリーは、

楽し気に私に説明し始めた・・・。


「えぇ♪居るわよ?

 貴女はそんな事も知らなかったの~?

 おめでたい娘ね?」


「・・・わ、私の他にも・・・そんな・・・。

 国王から勇者は私1人だと・・・」


「フフフッ・・・。

 もうお話はこのくらいでいいかしら?

 いくら魔族の中でも慈悲深いと言われているこの私でも、

 そろそろ本気で退屈になってきたわ♪」


目を大きく見開きそう言ったシシリーに、

私の背中に再び悪寒が走った・・・。


そして私は・・・。

呆気なく負けた・・・。


私の攻撃など一切気にする事無く・・・。


でも何故か・・・。

シシリーは私を殺さなかった。


「ど、どうして殺さないのよっ!?

 さっさと殺りなさいっ!」


力を振り絞ってそう声を張り上げた私に、

シシリーは笑みを浮かべながらこう言った・・・。


「・・・さっさと殺してしまってもいいのだけれど、

 貴女には、ほんの少し・・・。

 光るモノを感じるのよね~?

 だからもう少し、虐め・・・じゃなかった。

 鍛えてあげて私が満足するまで付き合ってもらおうかなって・・・♪

 とりあえず、その怪我を治すポーションは沢山置いていってあげる♪

 そして完治し勇者として経験を積んだ頃・・・また遊びましょ♪」


そう言うだけ言って高笑いをしながら姿を消し、

1人残された私は泣いた・・・。


その悲しさに・・・その悔しさに・・・。

そして多くの命を失った事に・・・。


私は床に何度も拳を打ち付けて気の済むまで泣いた。


そして私は決めた・・・。


『何が何でも・・・。

 例え敵から施しを受けてでも・・・

 必ずシシリーを倒すっ!』と。


それから私はシシリーが置いて行ったポーションで回復すると、

『ボス部屋』を出て先へと進んだ・・・。


階層をクリアして行き『ボス部屋』へと辿り着くと、

そこには必ずシシリーが居たのだった。



それが何度か続いた或る日・・・。


何度目かの敗戦の時、私を退屈しのぎに利用したあの『女神』の声が聞こえた。


「このクズ女っ!

 何度同じ相手に負ければ気が済むのよっ!

 何度も何度も何度もっ!

 いい加減にして頂戴っ!この役立たずっ!」


そう一頻り怒声を放った女神は、

何の反応も見せない私に言った・・・。


『もういいわっ!あんたは用済みよっ!

 私を楽しませられないお前にはがっかりしたわっ!

 変わりはいくらでもいるっ!

 だからお前の勇者の力を剥奪するわっ!』


「なっ!?」


そう女神が言い放った瞬間・・・。

私の身体が一瞬光を放つと急激に倦怠感に包まれ床に片膝を着いた。


「私の遊び道具にもならないなんてっ!

 だから人族という生き物はっ!

 お前はもう用済みよっ!

 だからこのダンジョンで死になさいっ!

 惨めにお前は死ぬがいいわっ!」


そう怒鳴った女神の声が私の頭の中から消えると、

私はポーションを手に一気に飲んだ・・・。


「・・・め、女神が何と言おうとも・・・

 そして例え勇者の力がなくとも私はっ!」


力の限りそう怒鳴った私は立ち上がると、

そのままダンジョンを進んだ。



そんな或る日・・・。


シシリーにボロボロにされた後、

いつもの如くポーションを飲み回復した私はこの階層の『ボス部屋』を出た。


すると、そこにはダンジョンはなく、

荒れた岩肌が剥き出しになった場所に出た・・・。


「・・・ダ、ダンションを突破・・・した?」


そう、私は女神に勇者の力を剥奪されたのにも関わらず、

自力でこのダンジョンを突破したのだった・・・。


「・・・こ、此処が、魔界?」


私は目を見開きこの光景を刻みながら歩き始めると、

やがて全貌が見渡せる場所に出た・・・。


私が立つこの岩場の高台から見た風景は、

私の想像を越え、緑溢れる大地が広がっていたからだった。


圧倒するこの大自然に私は『ごくり』と息を飲み、

そしてその先に見える・・・『城』に愕然とした・・・。


「こ、これほどの規模とは・・・」


私は無意識に両拳に力が入り、決意を新たにしながら、

シシリーが待つ『城』へと歩き始めた・・・。



何時間経ったのだろう・・・。


密林とも言える樹海を歩き、漸く道らしき道に出た私は、

坂道を上り終えると、そこにあったのは・・・。


そう・・・。

あの岩場の高台から見えたシシリーの城だった・・・。


「・・・これが『魔毒城』

 圧倒的な魔力を感じるわ・・・凄い。

 見ているだけでも息苦しくなるわね・・・」


私がそう声を漏らした時、

突然何処からともなくシシリーの高笑いする声が響き渡った。


「オォ~ホッホッホッ♪

 やっと来たのね・・・勇者のお嬢ちゃん♪

 これまでの道中で貴女は勇者としての力を付けたはず。

 さぁ、舞台は整ったわ♪

 お互いに楽しい戦いをしましょう♪」


『ギィィィィィ』


シシリーの高笑いが終わると同時に、

城のゲートが降り、先へと進むよう促された。


「・・・ふぅ~、例え力が使えなくとも・・・」


そう呟きながら、私はゲートを通り抜けると、

突然目の前の全ての空間が歪んだ。


身構えていた私がふと気付くと、

そこは見慣れない場所に私は立って居た・・・。


その場所から周囲を見渡すと、

円形状の広い場所と観客席らしきもの・・・。


そう・・・。

此処はどうやら『闘技場』のようだった。


すると『ブゥン』と目の前の空間が渦を巻きながら広がると、

その黒い穴から魔毒の女王・シシリーが現れ、

私に対し深々とお辞儀をして見せながら口を開いた。


「我が『魔毒城』へようこそ♪

 城の主であるこのシシリー自ら歓迎致しますわ♪」


笑みを浮かべそう言ったシシリーを私は睨みつけた。


「フフフッ♪いいわ~・・・その目♪」


紫色と黒の豪華なドレスを翻し、

身を捩りながらそう答えるシシリーに、私の苛立ちはピークに達していた。


「ふざけるのも大概にしなさいっ!

 私に施しを与えた事・・・必ず後悔させてあげるっ!」


そう言い放った私の声に、シシリーはニヤ~っと不気味な笑みを見せた。


「そう・・・それよ・・・ソレ♪

 私に向けるその憎悪の目♪

 堪らなく美味だわ~♪」


「この変態っ!」


「フフフッ・・・。

 正直此処まで辿り着けるかどうか、

 賭けに等しかったのだけれど、どうやら貴女は1つ・・・

 壁を越えたってところね?」


「・・・黙れっ!

 私はどんなに苦渋を舐めてでもっ!

 あんたを必ず殺すと決めたっ!

 だから・・・」


私は使えなくなった神力ではなく、

魔力を放出させると、シシリーは顏を顰めた・・・。


だがこの時私は、己の身体から放出される『魔力量』に驚き、

シシリーと対等に渡り合えると思っていた。


一度は驚く顔を見せたシシリーだったが、

どうやらそんな事で驚いていた訳ではなかったようだった・・・。


「あ、貴女・・・し、神力は?」


そう驚きの声を挙げたシシリーに構う事無く、

剣を抜いた私は『魔力弾』を放ちながら駆け出した。


『うおぉぉぉぉぉっ!』


『ガキンっ!』


「クッ!硬いっ!」


いとも簡単に魔法を躱し、私が幾度も繰り返し攻撃を行おうとも、

シシリーは相変わらず『バラの花一輪』だけで弾き返していたが、

渾身の一撃を込めたその攻撃を今度は受け止めたのだった・・・。


『ガキンっ!』


「クゥゥゥっ!?

 こ、この攻撃も・・・クッ!」


そう呻いた私にシシリーは囁くように言った・・・。


「・・・お嬢ちゃん、勇者の力はどうしたのよ?」


「ちっ!」


舌打ちをしながら後方に飛んだ私は着地すると、

風系の魔法を自分にかけ、速度のブーストを謀った。


「これならぁぁぁっ!」


雄叫びを挙げながら速度を増した私は、

シシリーの周辺を駆け回り、それはやがて私の残像を生み出すまでとなった。


「これならどうよっ!」


そう声を挙げながら移動して行く私を、

シシリーは見る事もせず、ただ突っ立って居るだけだったのだ。


(・・・いけるっ!)


最高速に達した私はタイミングを計りながら突進し、

炎の魔法で剣に火属性を付与した・・・。


『ゴォォォッ!』と私の炎が剣から轟音を放ちながら接近すると、

一気にスキルを発動し声を挙げた。


『フレイム・スラァァァシュッ!』


『ガキーンッ!』


「・・・そ、そんなっ!?

 こ、この攻撃でも・・・」


こちらを見る事も無く『バラの花一輪』で受け止めたシシリーに、

私は歯を食い縛り、奥歯が『ギチギチ』と立てながらも力押しに出た。


「こんのぉぉぉぉぉっ!」


魔力を最大放出させながら力押しに出た時だった・・・。


突然『ブチッ』と聞き慣れない音が、

私の耳を掠めた・・・。


そして私は見た・・・。


『バラの花びら』が一枚・・・。

ヒラヒラと舞うように地面に落ちて行くのを・・・。


そう・・・。

まるでスローモーションのように、

ゆっくりと地面に落ちて行くその光景を・・・。


すると一度も私を見る事がなかったシシリーが、

私を・・・いや、その舞い落ちる花びらを見た途端、

怒りの形相を浮かべ声を荒げた。


「小娘ぇぇぇぇぇっ!

 よ、よくもっ!よくも私の花をーっ!?」


突然激怒したシシリーに私は抵抗を試みるも、

その力と速度に全く着いて行けずただ・・・

一方的に攻撃を喰らい続けたのだった・・・。


「よくもっ!よくもっ!よくもよくもよくもよくもぉぉぉっ!」


殴られる度・・・。

私の身体は宙に浮いたまま攻撃を受け続け、

『ドサッ』と地面に落ちた時、シシリーからこんな声が微かに聞こえた。


「・・・ちょっと小突いて見てわかったのだけれど、

 貴女、やはり勇者の力を失ったのね?」


その声が微かに聞こえた私は、

うつ伏せで倒れながらも顔を向け『フッ』と笑みを浮かべ答えた。


「・・・そ、そんな・・・モノ・・・

 わ・・・たしに・・・ひ、ひつよ・・・うないわ」


「ふ~ん」


倒れる私を見下ろしながらそう言ったシシリーは何かを考え込んでいた。


そしてしゃがみ込みズタボロの私の顔を覗き込みながら、

『あのさ~・・・』と何故か話しかけて来た。


「・・・勇者の力がないのに、1人で此処まで来れたって言うの?」


「・・・・・」


「ん~・・・。まぁ~、私があげたポーションがあったと言っても、

 たった1人で・・・しかも神力も使用もしないで?」


「・・・わ、わる・・・い?」


「へぇ~、そうなんだ~?

 ん~・・・そうね~?

 だったら貴女に教えてあげるわ」


「・・・なに・・・を?」


「勇者の力を使っている時よりも、

 今の方が何倍も強く感じたわ。

 それでもまぁ~、私と対等に戦えるレベルではないけどね?」


「・・・・・」


「でも、私の可愛い花びらを1枚でも散らせるのって、

 どう考えても有り得ないんだからね?

 もうそれは勇者の力を越えているって言っても過言じゃないわよ?」


「・・・そんな・・・こと、言われ・・・たって・・・

 ぜ・・・んぜん、嬉しく・・・は・・・ない・・・わ」


身体中の骨が砕けていた私は、

指一本・・・力を入れる事も出来ずにいた。


そんな私にシシリーは立ち上がりながら言った。


「不思議よね~?

 でもまぁ~今度他の誰かで実験してみればいいわ♪

 とりあえず貴女・・・思いの他楽しかったから、

 楽に死なせてあげるわ♪

 今までご苦労様でしたね?」


「・・・こ、ころ・・・す」


力の限りそう言った私に笑みを浮かべたシシリーは、

何故か興味深そうに私を見ながら最後にこう言った。


「・・・頑張ったご褒美に、私の植物達の『エサ』にしてあげますわ♪

 オォ~ホッホッホッ♪」


そう言いながら後方に飛んだシシリーは、

着地と同時に空に向かって右手を上げながら声を挙げた。


「召喚っ!ベノム・ローズッ!」


掌の上に紫色の魔法陣が出現し、

そこから現れたのは3ⅿ以上もある『バラの花』だった・・・。


その巨体から生える根っこ状の脚みたいなモノが、

ウニョウニョと動きながら倒れている私へと近づくと、

その身体から緑色の触手を出し、私の身体に巻き付き上空へと掲げた。


『ウガァァァッ!』


身体の粉々になった骨達が、内臓に突き刺さり、

私は幾度なく吐血を繰り返した。


ボタボタと私の血液が地面に落ちて行くのを、

潰れた目が辛うじて捉えると、その地面には、

いつの間にか知らない小さく真っ赤な花達が群がっていた。


『・・・ゴフッ』


私から流れ落ちる血液を、とても美味しそうに舐めているのを見た私は、

辛うじて動かす事が出来た指先を群がる真っ赤な小さな花達に向けた。


(た、ただで・・・は・・・)


そう思いながら魔法を発動しようとした時、

『オォ~ホッホッホッ♪』と再びシシリーの高笑いが聞こえた。


「魔法なんてもう使えないわよ?」


「っ!?」


「だって~♪私の可愛いベノム・ローズちゃんは、

 貴女の魔力をも・・・吸い取っているんですもの~♪

 貴女の血肉は全部・・・髪の毛も全部含めて、

 この子達の『エサ』になるのよ♪」


その声に私は笑みを浮かべるしかなかった。


・・・悔しい。


ほとんど動かなくなり冷たくなり始めた私の身体の中に、

怒りによって体温が少し・・・上昇するのを感じた・・・。


ソレをシシリーは感じ取りでもしたのだろうか?

体温が少し上がった私を見てポツリと『・・・やはり』と呟いた。


だが今の私には余力は全くなく、

ただそこに『絶対的な死』がある事を認めざるしかなかったのだ。



そしていよいよ最後の時が訪れようとした時、

シシリーは吸い取られて行く私を見ながらニヤりと笑みを浮かべた。


「・・・気まぐれで残酷な女神を怨みながら死ぬといいわ♪

 さようなら・・・女神のオモチャさん♪

 オォ~ホッホッ・・・」


シシリーのもう聞きたくもない高笑いがする最中、

その高笑いは突如として何者かの気合いの入った声と、

『斬撃音』に掻き消された・・・。


『うぉりゃぁぁぁぁっ!』


『ズシャッ!』


『ブシュゥゥゥゥゥゥッ!』


『グギャァァァッ!』


『ジャリッ!』


私は微かに見えたその人影に向かって、

発する事が出来ない声を挙げた。


『・・・誰?』と・・・。


だがその人影は私の声に反応しない。

私の喉はとっくに潰され、辛うじて『ヒュー、ヒュー』と、

息をしているだけだった。


そんな人影を見ながら私の意識が絶たれようとした時、

まだ感覚の残っていた器官が、

突然与えられたその感触に、私の閉じようとしていた目が開いた。


すると微かに声が聞こえた・・・。


「・・・りしろっ!」


そして何かを飲まされたような・・・。

そんな感覚があった次の瞬間、私は意識を取り戻し、

私の全てが完治され回復していた・・・。


「あ、あれっ!?わ、私・・・?」


そう素っ頓狂な声を挙げていると、

不意に若い男の声が聞こえ狼狽える私に話しかけて来た・・・。


「おい、聞こえるか?もう大丈夫だからな?

 あんたに飲ませたのは『エリクサー』だ。

 もう何も心配する事はねーぜ。

 後はこの俺に任せておけっ!」


一瞬、私は頭の中が真っ白になり、状況が理解出来ずいた。


そして気が付けば目の前にはまだあどけなさが残り、

私に笑顔を向ける男の顔があった。


「えっ!?エ、エリクサーっ!?

 そ、そんな貴重なモノを私にっ!?」


混乱する私にその男は『立てるか?』と尋ねながら私を降ろすと、

私の前を通り過ぎ剣を引き抜いた。


唖然とする私に気付いたその男は、

振り返りもせずこう言った・・・。


「ちょい待ってろよ・・・。

 今から俺が・・・こいつをぶっ倒すからよ?」


「・・・えっ?」


「まぁ~いいから・・・。

 あんたは此処に居ろ。

 何も気にせずそこで待ってろ・・・」


「・・・は、はい」


一歩後退った私には男の表情まではわからなかったが、

その男はどうやら少し照れ臭そうにしていた。


そして剣を構え、声を挙げながら駆け出した。


「見せてやんぜぇぇぇっ!

 特撮マニアの勇者の力ってヤツをなぁぁぁぁっ!」


そう言って駆け出した若い男は、

私にとってかけがえない男との出会いとなった・・・。

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