第78話・もう1人の元・勇者・後編
赤面したリアンダーがトイレに逃れてから数分後・・・。
『た、ただいま・・・』っと、俯き加減で戻って来た。
それなりに冷静さを取り戻したリアンダーは、
再びコナギの前の椅子に座ると、
『・・・先ほどは大変お見苦しいモノを』と言って、
冷めたコーヒーを口にした。
そんなリアンダーを見ながら、コナギが黙って見つめながら、
先程聞いた話の質問をしたのだった。
「あの~、質問なんですが?」
「・・・質問?」
「はい、元の姿に戻ったリアンダーさんは、
団長の・・・確か名は『ガナザ』でしたっけ?
その団長には何も言われなかったのですか?」
そう尋ねたコナギにリアンダーは小さく首を横に振りながら、
『・・・勿論、暴言を吐かれまくったわよ』と、
うんざりした顔を見せていた・・・。
「・・・でしょね?」
「えぇ、何でも私が出張らなくても、
自分の部下だけでもやれたそうよ?」
「・・・はぁ?
自分は一番最後尾に居て前線の様子もわからなかったのに?」
「えぇ、そしてその後は、毎度聞き慣れた、
村娘が~・・・とか、お飾り勇者・・・だとか?
もう暴言吐きっぱなしで・・・」
溜息を吐きながらそう言ったリアンダーに、
コナギは『御気の毒様です』と言って、その気苦労を労った・・・。
「それから暫くの間・・・。
私と団長は何も話す事も無く、ただ冷戦状態になり、
会話をする事はなくなったんだけど・・・」
何かを思い出しながらそう言ったリアンダーに、
コナギは『ん?』と首を傾げた。
それを察したリアンダーは、そのまま話を続けていった・・・。
「その洞窟の内部の階層がどれくらいあるかもわからない。
それはそうよね?
事前に偵察も何も行っていなかったんだから・・・。
私自身が数えて恐らく30階層を過ぎた頃だったわ。
仲間の騎士達の人数も既に残り20人以下となっていた・・・」
そう話したリアンダーに、
コナギは『はぁぁぁっ?20人以下っ!?』と声を荒げた。
「えぇ、あの団長は私が活躍した事を根に持っていて、
自分自身が前線に立ち、私の介入を決して許さなかったのよ」
「・・・ゲスの所業ですね?」
「まぁ~ね・・・。
でも、一番頭に来たのはそう言う事じゃないのよ」
「・・・じゃ~、何に頭が来たんですか?」
『・・・それはね?』と言葉を口にしたリアンダーの表情がみるみるめ変化し、
怒りの形相へと変わったのだった・・・。
「あ、あいつは・・・あのガナザと言うあの男は・・・。
自分は一切戦う事も無く、ただ『戦えっ!』と、
バカの一つ覚えのように喚いて、部下を進ませ、
戦況を見て退こうとした部下を・・・」
そこで話を止めたリアンダーにコナギは目を細め見ていると、
その身体が小刻みに震えているのが見て取れた・・・。
「・・・リアンダーさん?」
「ご、こめん・・・ちょっと・・・」
そう話すと気持ちを落ち着かせる為だろうか、
再び立ち上がり、コーヒーのおかわりを作りに行った・・・。
コーヒーを入れ終わりそれを口にしながら戻って来たリアンダーは、
少し落ち着いたように見えた・・・。
椅子に腰を下ろしながらコーヒーを作業台に置くと、
リアンダーは再び口を開いていった・・・。
「あの男は、後退しようとした自分の部下達を・・・
斬り殺したのよ・・・」
「・・・えっ!?」
『貴様達は陛下に恥をかかせるのかぁぁぁっ!』
「そんな怒声を響かせながら、、あの男は部下を斬り殺したのよ」
「・・・そんな愚かな事、団長ともあろう者が?」
「えぇ、私はその怒声を聞いた瞬間、駆け出そうとしたのだけど、
目の前に居る騎士達に阻まれ動けなかった」
『お、お気持ちはわかっておりますっ!
で、ですが、我々はあんなクソな命令でも、
従わねばならないのですっ!
わ、私共の家族の為にどうかっ!どうかここはっ!』
「家族の為・・・。
涙を流しながらそう訴えて来た騎士達の事を考えると、
当時の私は動く事が出来なかった・・・。
まだ小娘だった私はその必死な訴えに屈したの。
今更だけど、そんなの関係なく戦えば良かったのにね?
『命』以上に大切なモノなど無いと言うのに・・・」
そう話すリアンダーの顔はやはり哀し気だった・・・。
~ 回 想 ~
リアンダー達は無謀とも言える行軍を続けた・・・。
勿論それは無能な団長・ガナザの命令だった。
そして当然苦戦を強いられながらも40階層へと到達した頃には、
100人居た騎士達も、たった4人となっていた・・・。
『ぐぬぬぬ・・・』
そう唸りながらガナザは『ボス部屋』を前に、
『こんな事が・・・こんな事が・・・』と呻いていた。
そんな唸り声を挙げる団長を見た騎士達は、
『満身創痍』で、もはや・・・戦闘など不可能な事は容易に想像出来た。
「ガナザ団長?」
いつぶりだろうか・・・。
リアンダーがそう声を掛けると、ガナザは不機嫌そうに振り返った。
「・・・なっ、何の用だっ!?
村娘如きがこの私に声をかけてくるなっ!無礼者めっ!」
威圧するかのようにガナザが睨みを利かせるも、
今のリアンダーには全く効果がなかった。
それどころか一歩・・・。
その足を進めた時、その迫力に気圧されたガナザは『ヒィっ!』と悲鳴を挙げ、
ガクガクと震えながら後退り始めた・・・。
「・・・さて、団長さん。
ボス部屋へと来たのですが・・・どうするのですか?」
「なっ、何がだっ!?」
「・・・貴方は戦うのですか?」
「なっ、何だとっ!?」
「見ての通り・・・。
もはや私達の戦力は風前の灯火ですが、
今後は戦って頂けるのでしょうか?」
睨みを利かせたリアンダーに、
ガナザは再び『ぐぬぬぬ』と呻いて見せると、
その視線をリアンダー後方へと向けた・・・。
(こ、この戦力では・・・)
苦悶した表情を浮かべるガナザに、
リアンダーは口を開いた・・・。
「無能な団長の・・・無謀な命令に従った騎士達は、
ほぼ壊滅状態です。
責任追及は逃れられないかと思いますが?」
「せ、責任・・・つ、追及っ!?
こ、この私がかっ!?」
「当然でしょう・・・。
此処まで生き残った騎士達も証言してくれるでしょうから、
貴方の罪は確実のものとなりますね」
「・・・くっ」
「・・・で?どうするのですか?
たったこれだけの戦力で、ボス部屋を攻略するのですか?」
そう言ったリアンダーの視線は冷たく、
その声に抑揚はなかった・・・。
(有り得ない、有り得ない、有り得ない・・・。
こ、この私が・・・団長たるこの私がっ!?
・・・し、失脚・・・する・・・だとっ!?
有ってはならん・・・ならんのだっ!)
膝から崩れ落ちたガナザは、
固くゴツゴツした地面を見つめながら狼狽していると、
ふと・・・妙案を思い付いた。
(そ、そうだぁぁぁっ!?
こ、こいつらが死ねば・・・私の罪を暴く者など存在しなくなるではないかっ!?
そうだ・・・くっくっくっ・・・それが・・・いい・・・)
崩れ落ち頭を抱えて居たガナザの表情にリアンダーは気付かない。
この状況で悪巧みなどするはずがないとそう考えていたが、
甘かった・・・。
1年前までのリアンダーはただの純真な村の娘だった。
そんな薄汚れた大人の悪巧みなど考えもしなかったのだ。
「ふん・・・」
崩れ落ちたガナザに対し、そう鼻で笑って踵を返した時だった。
「・・・ま、待て、待つのだ・・・勇者殿」
「・・・勇者殿?」
ガナザから聞き慣れない言葉を聞いたリアンダーが振り返ると、
ヨロヨロと立ち上がりながらも腰に差す剣を抜いた。
「・・・こ、このままボス攻略を決行する」
『はぁっ!?』
一同が驚きの声を挙げ、リアンダーもまた同様だった。
「あ、貴方はまだそんな事を言ってっ!?」
そう怒鳴るリアンダーにガナザは手を伸ばし、その声を黙らせた。
「わ、私も戦う・・・。
皆には今まですまなかった、この通り謝罪する。
それに私は今まで楽をして来たんだ・・・ここで挽回させてもらう。
さもなければ、死んでいった者達に・・・申し訳が立たぬ」
頭を下げ皆に対し謝罪の言葉を口にしたガナザに、
皆は呆気に取られたが、真摯な態度を取った事に皆が許したのだった。
~ 回 想 終 了 ~
そこまで話したリアンダーは『ふぅ~』っと息を吐き背伸びをした。
そんなリアンダーを見ながら、
『なるほど~』っと、コナギは話しかけていった。
「それでみんなが一致団結して、ボス戦に挑んだって事ですね?
最後は分かり合えたって事いいんですかね?
僕なら信用しませんけど・・・」
そんな何気ないコナギの一言にリアンダー渋い顔をして見せた。
その表情を見て察したコナギは『・・・まじですか?』と、
ヒクヒクと顔を引き攣らせたのだった。
「わ、私は当時、甘ちゃんだったのよっ!
お、大人の世界がこんなにも薄汚れているだなんて・・・。
それにあの時は謝罪する団長の事を信じてあげたくて・・・」
『うぅぅぅ』っと恥ずかしそうに顔を赤らめるリアンダーにね
コナギは『年齢的にも色々と経験不足ですもんね?』と慰めた・・・。
慰めの言葉を聞いたリアンダーは、
『その通りなんだけど、でもね・・・』と話を続けた。
~ 回 想 ~
ガナザの謝罪を受け入れたリアンダー達が皆と相談した結果、
『此処から撤退するとしても後々の為、
この階層の『ボス』がどんなヤツか調べておきたい・・・』と、
そう言ったのは真剣な眼差しを向けるガナザだった。
此処まで『満身創痍』ではあったが、
生き残った4名の騎士達は相談し始めた・・・。
「正直俺はもう戦える余力はない・・・」
「あぁ、俺もこいつらも同じだ・・・」
そんな会話が騎士達から聞こえると、
何かを思い出したガナザが『そう言えば・・・』と、
後ろの腰に装着していた革のバッグを取り外した。
「確か私が出発する前に、陛下の近衛隊の隊長から、
手渡されたモノが・・・」
そう言いながらその革の小さなバッグを開けると、
その中には2本の『ポーション』があった。
「・・・こ、これは・・・ポーションか?
隊長は何故こんなモノを私に・・・?」
そう呟いていたが、この状況下ではとても有難い贈り物だった。
だが『2本か・・・』と、騎士の中の1人が残念そうに言ったが、
ガナザは『お前達・・・』と、話かけていった。
「・・・ボーガンを所持しているお前達2人には必要はないはずだ」
そうガナザが言った途端・・・。
騎士達全員がガナザに厳しい視線を向けた。
それを察したガナザは『フッ・・・』と笑みを浮かべると、
『私と勇者殿には必要なかろう?』と言って、
手に持っていた2本を『近接戦闘』をする2人に手渡した・・・。
笑みを浮かべながら手渡すと、
ふと・・・ガナザは後方からの視線を感じ振り返った。
「ははは・・・勇者殿。
その殺気だった視線を向けるのは止めて頂きたい・・・」
「・・・どう言うつもり?」
『フッ』と力無く笑みを見せたガナザは説明していった。
「今までの私の行いからすれば、
当然信じてもらえないでしょう・・・。
ですが、私は『国王陛下』に仕え、この国を守る騎士の1人です・・・。
これを良き機会として、皆に経験を積ませたかったのも本当の事です。
それに・・・。
私は体力を十分に残しており、また、貴女は見たところと、
余りある力を有しておられる・・・。
ですからこの2人に『ポーション』を渡したまでです・・・」
ガナザの言葉にリアンダーは騎士達に視線を向けると、
それを誠意と捉えたのか、皆が小さく頷いていた。
「・・・わかったわ。
とりあえずこの階層のボスを倒しましょう・・・。
ですが、貴方の罪は・・・」
リアンダーがそう言いながら厳しい眼差しを向けると、
ガナザは頭を下げながら小さく頷いていた。
「わかっております・・・勇者殿。
もし、此処で私が生き残れたら、洗いざらい話し、
何らかの処罰・・・もしくは『処刑』をも受け入れます。
無駄に散らした騎士達もそれで許してくれるやもしれません」
「・・・わかりました」
リアンダーはガナザの表情は見えなかったが、
その言葉は心からだと受け取りそう答えた。
そして生き残った騎士達も自らの意思でガナザの言葉を信じ、
満身創痍ながらも気力を振り絞ったのだった・・・。
騎士達はガナザから手渡されたポーションを飲み干し、
傷付いた身体を回復させた・・・。
だが、そのポーションが癒した傷の回復はそれほどでもなく、
リアンダーは内心苛立っていたのだった。
(・・・意味有り気に持たせたポーションだけど、
その『質』は低級な安価なモノ・・・。
あ、あの国王・・・人の命を一体何だとっ!)
そう思い顔を顰めるリアンダーに気付いた騎士達は、
各々に声を掛けて来た。
「だ、大丈夫ですよっ!勇者殿っ!
少しですが回復はしましたっ!
あとは気力で・・・」
「こいつの言う通りですっ!
我々は国を護る騎士なのですから・・・。
そう心に強い意志を持って居れば必ず乗り切れるはずですっ!」
「・・・俺達に何かあっても、貴女が居れば何とかなるはずでしょ>
勇者である貴女に付いて行けば俺達も必ず生きて帰れるはずですっ!」
そう3名の騎士達がそう声を挙げると、
残りの騎士も手にしたボーガンを握り締めながら大きく頷いていた・・・。
だが、リアンダーの心は晴れるどころか、
より一層その顔を厳しいモノへと変えていた。
(気力でどうにかなるんだったら、他の騎士達は命を落としていないっ!
もう気力うんぬんの話じゃないってのに・・・)
そう思いその言葉を口に出そうとしたリアンダーだったが、
口に出さずその声を飲み込んだ・・・。
それは勇者で在る自分が、本気を出せば『ボス』くらい何とかなると、
そう思っていたからだった・・・。
『私が居れば『ボス』くらい・・・』
そう思い込んだリアンダーには驕りがあった。
だがそれは致し方がない事でもあった。
ただの『村の娘』だった少女をただの道楽で選んだ女神に『勇者』にされてから、
わずか1年しか経っていなかったからだ・・・。
心も身体も成長しきれないリアンダーには、
どうしようもない話だったのだ・・・。
士気を高めたリアンダー達は、
いよいよ『ボス部屋』の扉に手を掛け、
『行こうっ!』と笑みを浮かべたガナザの元、
無謀な戦いに挑むのだった・・・。
~ 回 想 終 了 ~
そこまで話したリアンダーが『ふぅ~』っと一息を付いた時だった・・・。
『ガチャ』と音を立てた『開発室の扉』がせ開かれ、
買い出しを終えたエルが帰って来たのだった・・・。
「リアンダー殿、今、戻ったぞ・・・。
このメモに書かれている品は全て買い求める事が出来た・・・」
「・・・お疲れ様、有難う」
いつもの調子でそうエルに言ったリアンダーは、
既にいつもの表情と口調になり、
それをただ見つめていたコナギに軽くウインクして見せた・・・。
(ははは・・・。リアンダーさんってあんなに表情豊かなのに、
それを誰にも見せないなんて・・・勿体ないな~)
コナギもリアンダーの意図を察し微かに笑みを見せると、
『コクリ』と小さく頷き返したのだった・・・。
(やれやれ・・・困った人ですね~、元・勇者様は・・・)
そう思ったコナギは苦笑いをその胸中で浮かべていた時、
『でも・・・』と心の中で呟いた。
(・・・それでこの後、どうなったんだろ?
話の流れから散々・・・いや、悲惨なモノだったと推察は出来るけど~・・・
でもまぁ~、今、こうしてリアンダーさんが無事で此処に居るなら良かった)
話の続きを知らないコナギがそう『楽観的』に五月蠅く会話する2人を見ていたが、
その無残な結果と、ユウナギとの出会いを聞きそびれてしまったのだった・・・。
『リアンダー編・エピローグへ・・・』
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