第76話・もう1人の元・勇者・前編
此処は『勇者の国』のユウナギ邸の地下に在る、
『開発室』と書かれた部屋の一室・・・。
コナギのバージョンアップの為、
慌ただしく作業が行われていた・・・。
『ウィーン、ウィーン・・・。
ガリガリガリ・・・プシュー・・・ギュォォォォ・・・』
擬体のメンテナンス用の作業台の壁に固定されたコナギは今、
上半身だけとなっており、その作業音に不安げな表情で見つめていた・・・。
「ん?どうしたのだ・・・コナギ?」
そんなコナギの様子に作業用のゴーグルを外しながら、
そうエルが尋ねると、
不安げな表情を更に曇らせながら答えた・・・。
「い、いや・・・あの~ですね?
作業音がどうも尋常じゃない音を出しているので・・・」
「あははははっ!
そんな事を気にしていたのか?」
「そ、そんな事って言われても、
こ、この音・・・尋常じゃないですよ?」
「フッフッフッ・・・そんな事を気にしているようでは、
この世に巣食う悪党共と渡り合えんぞ?」
「あっ、悪党共って・・・」
「そんな様子ではユウナギも苦労すること請け合いだな~?」
作業台に固定されたコナギとエルがそんな会話をしていると、
少し離れた場所で作業をしていたリアンダーがこちらにやって来た。
「・・・ん?何か問題でも?」
首を傾げながらそう尋ねるリアンダーに、
エルは『聞いてくれ・・・』と今までのやり取りを説明した。
「まぁ~、上半身のみで左腕も取り外され固定されてちゃ、
不安で気になっても仕方がないわね?」
「フッフッフッ・・・勇者の擬体ともあろう者が、
何とも情けない・・・」
「・・・うぅぅ」
エルの追い打ちに項垂れるコナギに、
リアンダーが少し微笑んで見せると、『あっ、そうだ・・・』と、
悪戯な笑みを浮かべるエルに声をかけた。
「ねぇ、エル・・・。
ちょっと悪いんだけど部品が何かと足りていないみたいなの」
「・・・うむ、我々はプロではないからな~?
全て上手く運ぶとは限るまい」
「そうね・・・。
だからちょっと買い出しに行って来てくれないかしら?」
そう言うとリアンダーは手に持っていた紙をエルに手渡すと、
その紙に書かれた内容に目を通し始めた・・・。
「ふむ・・・結構な荷物の多さになるな?」
「えぇ、だから荷物持ちとして数名に連絡つけたから、
正門の前で合流し向かいなさい」
「・・・わかった、では行って来るとしよう」
部品の代金をリアンダーから受け取ったエルは、
急ぎ荷物持ちが待つ正門へと向かう為部屋を出た・・・。
暫くの間、リアンダーは1人黙々と作業を進める中、
話し相手も居なくなったコナギは少し退屈となっていた・・・。
『じー』っとリアンダーの作業をする様子を伺っていた時、
その視線に気付きその手を止め、
こちらを興味深そうに見つめるコナギに口を開いた。
「・・・コナギ様、あの~、ですね?
そんなに見つめられると作業がしにくいのだけれど?」
抑揚もなくそう言われるコナギは、
慌てて『すみません』と謝罪するも、何かを言いたそうにしていた。
『コトッ』と手に持つ工具を作業台の上に置いたリアンダーは、
作業用の手袋を脱ぎながら『何か言いたい事でも?』と尋ねて来た。
「・・・い、いや、あの~」
言い淀むコナギにリアンダーは『ふぅ~』っと息を吐くと、
コナギに近付きながら口を開いた。
「とりあえず少し休憩しましょう。
部品も足りていない事だしね?」
そう言いながらコナギの前を通り過ぎたリアンダーは、
コーヒーが置いてある炊事場へと移動しお湯を沸かし始めた・・・。
お湯が沸きコーヒーを2杯入れ戻って来ると、
1杯のコーヒーをコナギの右手が届く場所に置き『良かったらどうぞ』と言って、
リアンダーはコナギの前に椅子を持って来て座った。
『ズズズ・・・』っとコーヒーを口に含んだリアンダーはコーヒーを置くと、
コナギを見つめながら『で?何が聞きたいの?』と尋ねて来た。
「えっと・・・ですね?
リアンダーさんはもうユウナギ様との付き合いは長いのでしょうか?」
その問いに首を傾げたリアンダーは、
『どうしてそんな事が気になるの?』と尋ねると、
コナギは今まで思っていた事を口にし始めた・・・。
「上手く言えませんが、主とリアンダーさんの間には、
何か言い知れぬ緊張感みたいなモノを感じましたので・・・」
そう言ったコナギにリアンダーはやや困り顔をして見せ、
『そう?』と少しトボけて見せた・・・。
「はい、敬語を使い敬い仕えている感は当然あるのですが、
でも主がリアンダーさんを見る目が少し・・・」
「・・・少し・・・何?」
そう言ったリアンダーはその時一瞬だが、
目を細めた気がした。
そんなリアンダーの表情に少し気圧されたが、
コナギはこの際だからと思い切って尋ねる事にした。
「哀しげ・・・と言いますか・・・。
そんな視線を向けているように気が・・・」
「・・・・・」
「あっ、えっと・・・あの・・・。
偉そうな事を言ってすみません」
壁に固定されながらも頭を下げ謝罪するコナギに、
リアンダーはゆっくりと小さく首を横に振った・・・。
「別に謝罪はいらないわ・・・。
ふぅ~・・・そうね?
貴方には『彼』との関係を少し・・・話しておいた方がいいかもね?」
そうどこか少し・・・寂し気に言ったリアンダーは、
作業台の上に置かれているコーヒーを手に取りながら話をし始めた・・・。
「・・・私と『彼』が出会ったのは、
とある『魔界の城』の外だったわ・・・」
「・・・魔界の城の外ですか?
それってエルさんが居た?」
コナギの問いにリアンダーは小さく首を横に振ると、
『どこからどう話せば・・・』と頭を悩ませていた・・・。
そして『んー・・・』と少し呻った後、
『どうせ遅かれ早かれあなたも知る事になるでしょうから・・・』と、
半ば諦め気味に呟くと、意を決したかのように口を開いていった・・・。
「実は私・・・『勇者』だったの」
「・・・はい?
えっと~・・・勇者って・・・?
主と同じ・・・勇者って事ですか?」
「ええ、そうよ・・・」
「・・・へぇ~ってっ!?
えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
ゆ、勇者っ!?リアンダーさんが・・・・
ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ・・・勇者っ!?」
「・・・落ち着きなさいよ」
「す、すみません・・・い、いや、でも・・・」
突然リアンダーから『勇者』だと告白されたコナギは、
盛大に驚き混乱したのだった・・・。
「・・・そんなに驚く事かしら?」
「そ、そりゃ~当然驚きますよっ!?
普通に驚いて当然の暴露ですよっ!?」
「・・・ふーん」
「・・・反応が冷たい」
何事もなかったかのように、
固定されているコナギの前でコーヒーをすすっていた。
コーヒーカップを作業台の上に置いたリアンダーは、
コナギにジト目を向けながら口を開いた。
「な、何ですか?」
「えっと~・・・。
今から話すから黙って聞いていてね?」
「・・・わ、わかりました」
リアンダーがコナギに話の腰を折られたくないのか、
そう釘を刺すと説明が始まった。
「私は勇者だった・・・。
ユウナギ様のように召喚された訳でもなく、
或る日突然『天啓』を女神から受け、
『魔王討伐』を天命とされた女勇者・・・。
当時、私はまだ13歳だった・・・。
それまでは普通に村で過ごす日々を送っていた私は、
突然『勇者』になり、この国の国王の支援を受け『魔王討伐』に駆り出された」
そう話し始めたリアンダーの顔はどこか・・・辛そうに見え、
13歳と言う若さで『魔王軍』と戦う無茶ぶりに、コナギは顏を顰めた。
そんなコナギを見たリアンダーは哀し気に笑みを浮かべながら、
話の続きを口にし始めた・・・。
「当時私は『勇者の天啓』を受けただけの、
何処にでも居るただの『村の娘』
当然・・・戦えるはずもなく、騎士達に守られながら、
戦い方を学んで行った・・・。
そしてそんな或る日の事・・・。
国王は私の戦闘力を上げる為、無茶な事を口にした・・・」
~ 回 想 ~
~ とある国の王場内・玉座の間 ~
王座にどっしりと座る国王は、
その体形からも見て分かるように、贅沢の限りを尽くし、
豚のように太っていた・・・。
気だるそうに座る王を前に、まだ幼き頃のリアンダーは片膝を着き、
王に対し頭を垂れていた・・・。
「うむ・・・。リアンダーよ。
近頃、力を付けてきたと聞いてはいる・・・」
「・・・はい、皆の助けがあり、ここまでやって来られました」
「・・・うむ。
確かにその甲斐あって、お主は力を付けて来たようだ。
だが・・・な?」
王の言葉にリアンダーは少し嫌な予感がした・・・。
頭を垂れながらも顔を顰めた時、
王は信じられない言葉を吐いたのだった・・・。
「・・・もう少しチャチャっと力は付けられんのか?」
「・・・はい?」
「お主が力を付けるのに、騎士の命が必要だと言うのならば、
代わりなどいくらでも居るから、チャチャっと有象無象共を『糧』に、
一刻も早く力を付けよ・・・」
「なっ!?」
突然の国王の言葉に『玉座の間』に居た貴族達は目を大きく見開いていた。
それもそのはず・・・。
この国を守る騎士達に対し、国王は『有象無象共』と言ってのけ、
力を付ける為の『糧とせよ・・・』と、そう言ったからだった・・・。
「し、失礼ながら国王様っ!
騎士達に対しその物言いはどうかと・・・」
ざわざわとする『玉座の間』が騒がしくなるも、
礼を欠いてはいけないと、リアンダーはそう言葉を選び進言したが、
王は『フンッ!』と苛立ちの様子を見せた・・・。
「俺の国は広い・・・。
魔王軍を倒す為とあらば、そんな『ちっぽけな命』など、
俺の為にいくらでも差し出す覚悟があるはず・・・。
国王である・・・俺がそう言うんだ・・・。
お主は存分に騎士達を『糧』と致せ・・・」
「・・・・・」
国王の暴言にリアンダーは折られた膝の上の手は、
怒りで握り拳となり、その身体も『ワナワナ』と震わせて居た・・・。
そんなリアンダーの様子に構う事無く、
何かを思い付いた国王はその豚のような身体を窮屈そうに前のめりになると、
笑みを浮かべながら話を切り出してきた・・・。
「それで・・・だ。
リアンダーよ・・・俺から提案なのだが?」
「は、はい・・・」
「此処から南に在る『サハリナ』と言う地に、
Aランク以上の魔物達が巣食う『ダンジョン』があるのだが?」
「・・・そのようなダンジョンが?」
「うむ・・・。
お主の力を上げる為にも、そこで戦ってみると言うのはどうだ?」
「・・・・・」
「それに・・・だ・・・。
先程も言ったように『糧』となる騎士達などいくらでも居る。
そうだな・・・?
100人ほど一緒にダンジョンに潜って来るといい・・・」
国王の言葉にリアンダーは『し、しかしっ!』と声を挙げるも、
『決まりだっ!』と楽し気に笑った国王はリアンダーの言葉など届かなかった。
~ 回 想 終 了 ~
そこまでの話を聞いたコナギは、あからさまに不機嫌な顔を見せていた。
そんなコナギにリアンダーは大きな溜息を吐くと、
椅子の背もたれに体重を預けるように、大きく身体を伸ばして見せた・・・。
「・・・当時はまだ13歳なんですよね?」
『コクリ』
「・・・有り得ない。
それに命を賭けて国を守っている騎士達に対し、
何と言う暴言っ!国王として在り得ないっ!
・・・許せませんねっ!」
怒りを露にするコナギにリアンダーもまた『同じく』と答えたが、
その表情は余りにも寂しそうに見えたのだった。
「襲い来る魔物達から私を護る為に犠牲となった騎士達を『糧』と・・・。
不甲斐ない私が悪いと言われれば否定は出来ないけど・・・」
「そ、そんな事ありませんっ!
だってそうでしょっ!?貴女はただの『村の娘』だったのですからっ!」
「・・・そうね」
少しの間を挟んで、再び続きを口にし始めたリアンダーの話はこうだった・・・。
~ 回 想 ~
半ば強制的に騎士を100人連れたリアンダー達は、
国王から聞いたダンジョンに潜り、制覇はしたものの多くの騎士達が命を落とした。
身も心もポロポロになりながらも、
何とか帰還したリアンダー達の人数は・・・わずか6名となっていた・・・。
国王の言う通り、多くの騎士達が犠牲となり、
勇者であるリアンダーは命を落とした者達を『糧』にかなりの強さとなっていた。
そんなリアンダーのレベルアップに気を良くした国王は、
しばしの休息を取らせ英気を養うよう命令したのだった・・・。
そんな国王の無茶ぶりを幾度となくこなしたリアンダーは、
『勇者』と呼ぶに相応しい強さを身に着けていた。
だが、『勇者』の為に落とした騎士達の命の数もまた・・・
1000人は超える事になってしまっていた。
あれから1年ほど時が経ち、
そんな騎士達の尊い命に日々感謝しながらも、
日々、戦闘に明け暮れていた時だった・・・。
とある朝・・・。
王城に呼びつけられたリアンダーは、
再び国王のとんでもない発言に困惑する事になるのだった・・・。
「リアンダーよ・・・。
俺は面白い事を思いついてな?」
「・・・面白い事・・・ですか?」
「うむうむ。
此処から南東の方角に『とあるダンジョン』があってな?
噂ではそのダンジョンは、とある魔界の大地と繋がっておるらしいのだ」
「・・・魔界の地にですかっ!?」
「うむ・・・そうだ。
そのダンジョンはとても珍しく、
植物系の魔物達しか居らぬそうでな?」
「・・・植物系の魔物」
「うむうむ・・・で・・・だ。
お主もこの1年『勇者』として成長し、
もはやこの地上に居る魔物達など相手にもならんだろう?」
そんな事はなかった・・・。
いや、そんな事あるはずもない・・・。
いくら国王の無茶ぶりで、強敵が居る場所に足を運んだとしても、
この世界は広い・・・。
強者である魔物達はいくらでも居た・・・。
だが国王は『俺が勇者を育てたっ!』と、
他所の国の国王達に自慢しており有頂天になっていたのだった・・・。
リアンダーが内心『・・・また無茶な事を』と呆れていると、
国王は自信に満ちた笑みを見せながら、口を開いて行った・・・。
「・・・リアンダーよ。
そのとある魔界の地には『城』があってな?」
「・・・城ですか?」
「うむ・・・。
何とその『城』に住まうのは・・・。
聞いて驚け・・・あの有名な『魔毒の女王』なのだっ!」
「まっ、魔毒の女王っ!?」
「うむうむ・・・どうだ?リアンダーよ・・・。
今のお主なら・・・少しは歯応えがあってよかろう?」
「・・・・・」
ご満悦な表情でそう言った国王に、
リアンダーは余りの『強敵』に言葉が出なかった・・・。
(・・・魔毒の女王・・・名はシシリー。
い、今の私では、どうあがいても勝てるはずがない・・・)
苦悩に満ちた表情のリアンダーに、
国王は満面の笑みで口を開いた・・・。
「どうせ遅かれ早かれ・・・。
『魔毒の女王』とはやり合わねばならんからな?
ここらでドカーンと『ネームド』を片付けてしまえば、
『魔王軍共』の進行にも影響が出よう♪」
「・・・た、確かにそうですが」
頭を垂れたままそう言ったリアンダーの言葉に不満を感じたのか、
国王は少し苛立ちを見せていた・・・。
「何だ・・・?
貴様を強くしたのはこの俺ぞっ!?
貴様は俺のおかげで強くなったのを忘れておるのではないかっ!?
貴様は俺の言う事だけを聞いておればよいのだっ!」
「クッ・・・わ、わかりました」
そう返答はしたものの、国王の機嫌は戻る事無く、
リアンダーを退室するよう声を掛けた時、
その国王はリアンダーの背中越しにこう言った・・・。
「今回も『糧達』は100名ほどで良かろう?
チャッチャと行って帰って来いっ!
次は『魔王軍』との本格的な戦闘になるからな?」
「・・・・・」
国王の言葉に返答しないまま、
リアンダーは『玉座の間』から退室した・・・。
(・・・か、糧・・・達っ!?
あ、有り得ない・・・。
一国の国王たる者が・・・こんな・・・)
豪華な赤い絨毯が敷き詰められた廊下を歩きながらそう考えていると、
その足を止め『ドカっ!』と壁を叩き、一部の壁を破壊した。
その後・・・。
そのダンジョンに向けて出発したリアンダーと名も無き100名の騎士達は、
苦戦を強いられ、ダンジョンを突破した時、
残って居たのは、リアンダーを含め・・・
僅か4名だけとなっていた・・・。
~ 回 想 終 了 ~
そこまで話したリアンダーは再び『ふぅ~』と息を吐きながら、
カラになったコーヒーのおかわりをする為、椅子から立ち上がり、
炊事場へと向かって行った・・・。
そしてコーヒーを入れ終わり戻って来たリアンダーに、
コナギは口を開いた。
「・・・そ、それで結局シシリー様とは?」
その問いにリアンダーは椅子に腰を下ろし、
コーヒーを一口飲み込んだ後、こう答えた・・・。
「・・・負けたわ。
しかもボッッコボコにっ!」
「・・・で、でしょうね」
予想していたとは言え、そのリアンダーの物言いに、
『よっぽど悔しかったんだな?』と感想を持ったのだった。
するとリアンダーは顏を引き攣らせながら口を開いた。
「しかも・・・かなり手加減されて・・・ね。
ハハハ・・・」
不機嫌そうにそう言ったリアンダーの身体からは、
とても美しい『神力』が溢れ出していたのだった・・・。
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