閑話・井戸の中の魔物と蜘蛛
『ディープ・フォレスト』から戻ったチャダ子は1人・・・井戸の中に居た。
「今日はとても大変な一日で御座いましたな~・・・。
デュフッ♪何者からも恐れ慄かれているこの私が、
勇者と言えどたかが人族に付き従うとは・・・。
いささか侮っておりましたな~♪」
チャダ子はそうボヤキながらもその表情は満面の笑みを浮かべており、
とても楽し気に万年ごたつに座ったのだった・・・。
『デュフフフフ♪』
そう思い出し笑いをしながらこたつの上に置かれている原稿用紙に目を向けた。
「・・・次回作はユウナギ様のような主人公を描いていきましょうかね?
デュフフフ・・・た、高まるっ!!」
チャダ子はニヤけながらこたつの上に置かれたペンを掴むと、
ノートを取り出しユウナギのような主人公のラフスケッチをし始めた・・・。
余りに熱中し過ぎていると、
ふと・・・チャダ子の耳にインターホンの音が聞こえて来た・・・。
『インターホーン・・・インターホーン・・・』
「はて?今日は荷物が届く予定はないはずですが・・・?」
そう呟きながら再び視線をノートへと向けると、
いつまでも鳴り響く『インターホン』を無視した。
だが・・・。
『インターホーン、インターホーン』としつこく鳴り響くその音に、
あからさまにチャダ子は不快感を露にした・・・。
「し、しつこいですなっ!?
何度も鳴らさなくても居留守と言う事が何故わからぬのですかっ!?」
青筋を立てながら悪態着くチャダ子を無視するが如く、
インターホンは鳴り響いている・・・。
「お、おのれっ!な、何者なのですかっ!?」
そう怒鳴りながら立ち上がったチャダ子は、
家の中にあるインターホンのボタンを押し苛立ちながら返答した。
「し、しつこいですねっ!?
どなたかは存じませぬが、返答がないと言う事は、
居留守を決め込んでいるのだと何故・・・理解出来ぬのですかっ!?」
「・・・・・」
「な、何故返答ぬのですっ!?
わ、私が引き籠りだと分かっていて黙っているのですかっ!?
お、おのれ・・・な、なんと姑息なっ!?
恥をっ!恥を知りなさいっ!」
「・・・・・」
「ま、まだ何も言わぬとは・・・ぐぬぬぬぬ・・・お、おのれ・・・。
この私を愚弄するとは・・・よい度胸しておりますですね?」
「・・・・・」
「き、聞いておるのですかっ!?
ぐぬぬぬぬ・・・い、いいでしょう・・・
そちらがその気ならこのチャダ子・・・。
お相手致しましょうぞっ!」
そう怒り散らしたチャダは頭上にある井戸の『開閉ボタン』を押すと、
棚の上に置かれた『魔石ラジオ』の中に収められた、
『円盤状の魔石』の再生ボタンを押した・・・。
『シュイン・・・シュイン・・・シュイン・・・』
どこか聞き慣れた効果音がスピーカーを通して外に流れ始めると、
チャダ子は跳躍し井戸の内壁にしがみついた・・・。
「どなたかは存じませんが・・・。
私に『喧嘩』を売った事を、死をもって後悔して下さいませ・・・」
悍ましい笑みを浮かべたチャダ子が井戸の内壁を『シャカシャカ』と昇り始めた時、
『ツー』っと音もなく一匹の蜘蛛が糸を伝って降りて来た・・・。
「あ、あれ・・・?
あ、貴女は・・・確か・・・」
瞬きを数回し一匹の蜘蛛を茫然と見ていると、
その蜘蛛は『サッ!』と片腕を上げてきた・・・。
{・・・先程ぶりですね?
チャダ子さん・・・遊びに来ましたよ?}
「は、はいぃぃぃっ!?」
『遊びに来た』とそう言われたチャダ子は、
記憶を巡るも『そ、そんな約束致しましたか?』と尋ねた。
{フフフ・・・}
「・・・この場面で普通笑います?」
{・・・お邪魔しますね}
「えっ!?」
蜘蛛は自分の意図を『プチッ』と切断すると、
その蜘蛛はこたつの上に音もなく着地した。
「ちょっ、ちょっとーっ!?」
井戸の内壁にしがみついていたチャダ子がそう声を上げるも、
舞い下りた蜘蛛はその声に返答する事なかった・・・。
{・・・早く降りて来なさいよ}
「・・・は、はい、お、お邪魔致します」
蜘蛛の理不尽に言葉に『カチン』とは来るものの、
相手の実力を知るチャダ子に戦う意思はなかった・・・。
(この方と戦うのはかなり消耗致します故、
ここは戦わぬが吉というものでしょうな・・・)
渋々降りたチャダ子は、未だ鳴り響く効果音を切り、
再び井戸の天井を閉じると、
こたつに座りながら『カサカサ』動く蜘蛛に声を掛けたのだった・・・。
「あ、あの~・・・ら、らぶりん・・・殿?
きゅ、急なご来訪・・・いかがされたのですかな?」
『カサカサ』と興味深く動き回っていた『らぶりん』はその動きを止めると、
振り向き再び『サッ!』と腕を上げ答えた・・・。
{実は貴女に協力をお願いしに来たのよ・・・}
「きょ、協力っ!?
こ、この私に・・・ですかっ!?」
{何か問題でもあるの?}
「も、問題は御座いませぬが・・・。
またどうして私に?」
チャダ子が不思議そうな表情を見せると、
らぶりんもまた・・・。
いや、蜘蛛の表情は何も変わらないのだが、
その纏う雰囲気でチャダ子は察した・・・。
{その前に貴女・・・}
「は、はい・・・何で御座いましょう?」
{・・・その喋り方が『素』なの?}
「・・・ハッ!?」
らぶりんの声に鋭く反応したチャダ子は、
咄嗟に己の口を両手で塞ぎながら背を向けたのだった。
{・・・そ、そんなに驚く事なの?}
「わ、私も一応・・・お、恐れられている魔物ですから、
イ、イメージと言うモノが御座いまして・・・」
{イメージって貴女・・・}
らぶりんはそう言いながらこたつの上に散らばるモノを見て、
『そう言えば貴女・・・漫画家が副業なのよね?』と呟いた。
「・・・は、はい」
{・・・確かペンネームは~}
らぶりんはそう言いながら片手を頭の上に乗せ、
『ペンネーム』を思い出そうとしていた時、
チャダ子の方から名乗った・・・。
「ペ、ペンネームは・・・『御井戸』です」
{そうっ!御井戸よ・・・御井戸っ!
って~・・・そのまんまなのね?}
「い、いけませぬ・・・か?」
{ん~・・・別にいけなくはないけど、
私が居た星のある地域では・・・。
『おいど』と言うのは『お尻』を意味するのよ}
「なっ、なんとっ!?お、お尻でござりまするかっ!?」
{でも、どうして『御井戸』なのよ?}
そう質問するらぶりんに、チャダ子は視線を天井をへと向け、
肩を竦めたのだった・・・。
{・・・なるほどね}
『単純過ぎない?』と言わんばかりの表情を・・・。
いや、表情はやはりわからないのだが、
そんな雰囲気を醸し出したらぶりんに、チャダ子は大声を挙げた。
「べ、別にペンネームが何であろうと構わぬではござらぬかっ!?」
{ご、ござらぬっ!?}
「はぁっ!?えっ!?えっとー・・・・」
チャダ子が再びキョドり始めると、
らぶりんは『ふぅ~』と呆れた表情・・・
ではなく、雰囲気を纏った。
{・・・別にどうでもいいけど}
「どっ、どうでもいいっ!?」
{ええ、正直今はどうでもいいわ・・・。
私はこんな所までそんな話をしに来たんじゃないわ}
「ど、どうでもいいっ!?こんな所っ!?
しっ・・・ししししっ・・・辛辣ではござらぬかっ!?」
{だって・・・どうでもいい事でしょ?
貴女がどんな生活をしていようが、どんな所に住んでいようとも、
私には関係ない事だもの・・・}
「ぐぬぬぬぬ」
辛辣過ぎるらぶりんの声に、
チャダ子は心から膝を折った・・・。
(さ、流石は『冥界の蜘蛛殿』・・・。
そんじょそこいらの『蜘蛛』とは違いますな・・・)
項垂れるチャダ子を他所に、
らぶりんは此処に来た目的を口にしていった・・・。
{貴女・・・ちょっと、とある場所に出向いてくれないかしら?}
「・・・とある場所?」
{えぇ・・・。とある場所とはユウナギ様の家・・・。
と、言うよりも、その場所は『亜空間』に在るわ}
「亜空間に在るのですね?」
{えぇ、貴女なら・・・行けるわよね?
それに貴女はユウナギ様に入室の許可も頂いているのだから・・・}
「あぁ~・・・確かそんな話をしましたね?」
{まぁ~別に許可がなくても、
貴女なら固有スキルで問題なく行けるのでしょうけど・・・。
・・・違う?}
「ま、まぁ~・・・た、確かにそうではありますが・・・」
{じゃ~、問題はないわね?}
「うぅ・・・」
項垂れ抗いのない現状に、
チャダ子には選択肢はなかったのだった・・・。
(これも・・・運命ってやつなのでしょうな~)
薄く笑みを浮かべ諦めた様子を見せたチャダは、
『私はそこで何を?』と尋ねたのだった・・・。
{・・・貴女の副業は漫画家・・・。
超売れっ子たる所以はその徹底した情報収集とその取材力・・・でしょ?}
「い、いや~・・・そ、そんな~・・・♪
私はただ細かい事が気になるが故に、
色々と調べるのが好きなのでござるよ~♪
そ、そんなに誉めなくとも・・・」
突然照れ始めたチャダ子だったが、
それを再び無視して話しを続けるらぶりんに、
もはや諦めの色を浮かべるのだった・・・。
「む、無視っ!?」
{そんな貴女だから聞くんだけど・・・}
「は、はい・・・」
{擬体を動かす際、その『核』となる魔石に細工をする事は可能なの?}
「擬体の『核』に細工・・・ですか?」
{・・・えぇ}
らぶりんの質問にチャダ子は少し『うーん』と考え始めると、
ふとある事を思い出し立ち上がった。
{どうかしたの?}
「・・・す、少しお待ち下され」
チャダ子がそう言うとその部屋に在るドアを開くと奥へと入って行った。
その後ろ姿をじっと見ていたらぶりんは『フッ』と笑った。
(この魔物はユウナギ様にとっては必要不可欠な人材・・・。
ある意味・・・『四神』よりも・・・ね。
あの御方の・・・いえ『神々の計画』も少しは進むはず・・・。
あとはノーブル側の問題ね・・・)
※ ノーブル。
創造神・ラウルが収める星で、
もう1人の主人公『神野悠斗』の物語・・・。
チャダ子はその部屋の中に入ると、
至る所に在る棚に積み上げられた、
膨大な資料を漁り始めた・・・。
「た、確か以前・・・。
当時連載していた漫画・・・。
『GITAI・WARS~ブスの逆襲~』の取材で冥界に行った時、
『核』である魔石をチューンしてパワーを上げる方法が・・・
えぇ~と~・・・ど、どこに置いたのやら・・・」
そんな声がドアの向こうから聞こえて来ると、
らぶりんは一言『・・・その漫画ってどんな話なのよ?』と呟いていたが、
とても興味をそそられているようだった・・・。
暫くして・・・。
「あっ!?あったぁぁぁーっ!
有りましたぞおーっ!らぶりん殿っ!」
その声に『時間・・・かかり過ぎよ?』と呟くも、
はしゃぐチャダ子の耳には入らなかった・・・。
それから暫くして、資料を広げ読み返して行き、
チャダ子自身も当時の記憶が蘇ると、やや興奮気味に口を開いていった・・・。
「らぶりん殿っ!?
擬体と言うモノは元々神々が神々の為だけに作られたモノなのです。
それをある一部の人族達が擬体を己の私腹の為に改良したのが・・・」
{・・・今のさばっている擬体って事ね?}
「はい」
{・・・私腹の為に・・・ね~?}
呟くようにそう言ったらぶりんからは、
一瞬・・・苛立ちのようなモノが見て取れたが、
チャダ子の視線に気付くとすぐに口を開いていった・・・。
{まぁ~、一部の者達の悪用って事はわかったけど、
でも、私達のご主人様である『ユウナギ様』はそうじゃないわ}
「・・・ま、まぁ~、勇者様ですからな?」
{フフフ・・・今は『元・勇者』と言っておられるけどね♪}
「フフッ・・・そうでござりますな~♪」
{・・・それでだけどチャダ子さん}
「は、はい・・・何でござりましょう?」
笑みを浮かべたらぶりんだったが、
すぐに真剣な眼差しをチャダ子へと向けると、
話の『本題』である『核の改造』について話すよう求めたのだった・・・。
「コホン・・・わ、私が冥界で取材した、
とある擬体製作者でありますが・・・。
基本的に核の改造は出来ないとの事でした・・・」
{えっ?でも貴女・・・先ほど『核のチューン』は出来ると?}
「はい、基本的には・・・無理・・・ですが、
ある方法で『精製』すれば・・・出来なくはないと言う事です」
チャダ子の物言いにらぶりんは嫌な予感が頭を過ぎり、
その小さな身体から不穏な空気が流れ始めた・・・。
そんならぶりんにチャダ子は『ごくり』と固唾を飲むも、
無言で居る事を察し話を続けた・・・。
「出来なくはないのですが、その精製方法はとてもコストが高く、
誰も手を出さないのが現状のようです」
そう話したチャダ子は無言を貫くらぶりんを覗き込むように見ると、
『・・・ねぇ』と抑揚のない声を発し始めた・・・。
{・・・コストが高いのは何故?}
「は、はい・・・そ、それは先程言った精製方法にあります」
{・・・話しなさい}
鬼気迫る雰囲気を醸し出すらぶりんに、
冷汗を浮かべたチャダ子は話していった・・・。
「そ、その精製方法とは・・・
『数百の魂』を混ざ合わせ、1つの『石』にするようです」
{・・・石?}
「はい、魔石と呼ぶには余りに強力で、
『神力の結晶』と呼ぶには・・・お、悍ましい・・・と」
{・・・そんなモノが?}
「はい、その制作者も苦々しい顔をしておりました故・・・」
目を伏せながらそう言ったチャダ子を見ながら、
らぶりんはその内心・・・苛立ちを募らせていた・・・。
(通常であれば人族や魔族達の作る擬体の核は魔石で代用する・・・。
でも擬体に収められる魔石の出力はたかが知れているわ。
その出力不足を補う為に『魂』をっ!?
ふ、ふざけるのも大概にしてほしいわっ!)
らぶりんは『ふぅ~』っと大きく溜息を吐くと、
気を取り直し口を開いていった・・・。
{チャダ子さん・・・。
要するにソレを作るには誰にでも出来る事ではないのね?}
「そ、そうでござりまするな~?
リスクを犯してまで作る必要がそもそもあるのかどうか・・・。
それに『魂も数百』必要する訳で・・・。
そんなモノ一体どこから手に入れてよいものやら・・・」
腕を組みながらそう答えるチャダ子に、
らぶりんは『確かにそうね?』と答えた。
それから少しして気を落ち着けたらぶりんは、
チャダ子を見上げこう言った・・・。
{それじゃ~そろそろ貴女は『四神』の所へ向かって下さい。
ユウナギ様の匂いを辿れば座標がわからなくても行けるでしょ?}
「え、えぇ・・・まぁ~・・・行けるとは思いますが、
でもらぶりん殿は?」
{あぁ~・・・私?
私はそのユウナギ様の元へと向かうわ♪
今きっと・・・大変な目に合っていると思うから♪}
そう言ったらぶりんからは楽し気な雰囲気が見て取れ、
チャダ子は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「でもしかし・・・らぶりん殿?」
{・・・ん?}
「ユウナギ様はいずこへ?
居場所はお分かりになるのですか?」
{えぇ~、わかるわよ♪}
そう言ってらぶりんは片腕を挙げると、
その先にはキラリと蜘蛛の糸が光っていたのだった・・・。
一人と一匹が井戸から出た時だった・・・。
チャダ子は緊張した面持ちで、肩に乗るらぶりんに、
思い切って尋ねる事にした・・・。
「あ、あの~・・・らぶりん殿?」
{・・・何?}
「あ、貴女は一体・・・何者なんでしょう?
ただの『冥界の蜘蛛』ではありませんよね?」
{フフフッ・・・}
チャダ子の声に笑って見せたらぶりんは、
その肩から飛び降りるとこう言った・・・。
{私の名はらぶりん・・・ただの『冥界の蜘蛛』}
「・・・・・」
{と、言いたいところだけど・・・}
「・・・え?」
{でもこれからは・・・同じ仲間として仲良くやりたいものね?
だから話してもいいけど・・・チャダ子さん?}
「・・・は、はいっ!」
{・・・時が来るまで内緒にしてもらえると、
有難いんだけど・・・?}
「はいっ!了解で御座いますっ!」
{・・・私は、とある御方に命を与えられた蜘蛛・・・}
「・・・と、とある御方?」
{・・・まだその御名は言えないけど、
私は『使命』を以ってこの地に来たのよ。
そして私は『冥界蜘蛛』などではなく・・・}
『ごくり』
{・・・その御方の御力で魂を得た・・・。
『鬼蜘蛛』・・・。
『鬼道』によって変異した『鬼蜘蛛』が私の正体よ♪}
「おっ、鬼・・・蜘蛛っ!?」
そう話したらぶりんは左腕を『サッ!』と挙げると、
『じゃ~そっちは宜しくね♪』と言って、その姿を消したのだった・・・。
それを茫然と見ていたチャダ子は我に返ると、
薄く笑みを浮かべたのだった・・・。
『・・・敵ではござらぬようで、このチャダ子・・・。
心底安心致しました・・・。
貴女とやり合うには少々・・・骨が折れます故・・・。
まぁ~それでも・・・負けはしませぬが・・・♪
フフッ・・・。
それにしても・・・『鬼蜘蛛』って一体なんでしょうね?
そして・・・『鬼道』
デュフッ♪もう楽しくて仕方がありませぬな~♪
因みに・・・と、言ってはなんですが・・・。
私も『ただの魔物』ではありませぬよ?
これから先・・・。
何かと退屈せず済みそうでござりまするな~♪
デュフフフフ♪
あっ!そうとなればコナギ殿に連絡を取らねば♪』
チャダ子もまた、そう楽し気に笑うと、
『四神達』が居る『亜空間の部屋』を目指し、
井戸の前から姿を消したのだった・・・。
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