第64話・黒い液体

一夜明けて・・・。


ユウナギは早朝から『ラボ』に籠っていた・・・。


図面にペンを走らせ、

頭の中で描いていた『変形する車椅子』を実現すべく、

時間も忘れて没頭していた・・・。


「・・・んー。基本設計はこんなモノだろうけど、

 魔石との相性がな~?」


『ボリボリ』と頭を掻き毟りながら苦悩していると、

突然『コンコン』とラボの扉がノックされた・・・。


没頭するユウナギはそのノック音に気付く様子もなく、

ただひたすらに図面とにらめっこをしていたのだが、

次第にノック音が苛立ちを伴った『ドンドンッ!』と言う音に変わると、

嫌でも気付く事になったのだった・・・。


「うるせーなぁぁぁっ!

 こっちは今忙しいんだよっ!

 いい加減空気を読みやがれっ!」


そんな怒鳴り声がラボから聞こえて来ると、

一瞬・・・その激しいノック音は消え去った・・・。


「ったくよ~・・・」


そうユウナギが呟いた時だった・・・。


『ドカーンっ!』


「・・・なっ、何だぁぁぁっ!?

 ごほっ!ごほっ!ごほっ!」


その破壊音に慌てたユウナギは振り返り、

埃が舞いそれを吸い込むと咳き込み始め顔を顰めた。


「だっ、誰だぁっ!?姿を見せろっ!

 ごほっ!ごほっ!」


咳き込みながらもそう怒声を発したユウナギに、

扉を破壊した者が埃が舞う部屋の中へと入り、

その姿を現した・・・。


「・・・あらあらあら~♪

 ちょっとかる~く叩いたら、扉が壊れてしまいましたわ~♪」


白々しい口調で姿を現したのは、

『冥界の女帝』と呼ばれるヴァマントだった・・・。


「ヴァ、ヴァマッ!?

 て、てめー・・・一体何やってくれてんだよっ!?」


怒りの形相でユウナギが睨みつけるも、

ヴァマントの表情は冷たい笑みを浮かべて居るだけだった・・・。


「・・・何しに来やがった?」


いつもとは違う雰囲気を醸し出しているヴァマントに気付いたユウナギがそう問うと、冷笑を浮かべて居たその表情は消え去り、

緊張した面持ちへと変わっていった・・・。


「・・・何があった?」


真顔へと変わったユウナギを見たヴァマントは無言で近付くと、

先刻『冥界』で起こった事象について話し始めた・・・。


そしてその話を聞き終えたユウナギは、

神妙な面持ちへと変わると口を開いた。


「・・・その擬体に詰まっていた『黒い液体』とやらのサンプルはあるのか?」


「・・・はい。此処に」


そう言うとヴァマントはその大きな胸の谷間から、

小瓶を取り出すと、まだ温かみのあるソレを受け取った・・・。


「・・・あったけ~♪

 じゃなかった・・・コホン・・・。

 これが『例』の?」


「・・・はい。

 ユウナギ様もご存知でしょうが、

 本来その擬体へと入った素体をダメージから守るべく、

 擬体と素体を繋ぐ『亜空間』には『神水』で満たされているはずなのですが、

 先刻『ヴァンの擬体』から溢れ出たモノは、

 『神水』ではなく・・・この『黒い液体』が・・・」


「・・・そ、その話って、ヴァンの擬体の話しだったのかっ!?」


「は、はい」


「・・・で?ヴァンは無事なのか?」


「はい、問題なく素体の救出は成功致しました」


「・・・ふぅ~、そうか・・・それは良かった」


ユウナギにとって弟分でもあるヴァン・アレンが無事だと知り、

安堵の息を漏らすも、その表情は堅いモノだった。


「・・・それでその擬体はどうした?」


「・・・はい、ライの提案により結界で包み保管しております」


「・・・そうか」


ユウナギは手の中に在る小瓶を光に照らして見ていると、

心の中でコナギに『鑑定してくれ』と頼んだ。


{・・・かしこまりました。

 ですが少々お時間を・・・}


{あぁ、構わないからやってくれ}


{はい、直ちに・・・}


コナギが小瓶の中に収められている『黒い液体』を鑑定している間、

更に詳しい情報を求めヴァマントに問い質そうとした時だった・・・。


『話には聞いておりましたが・・・』と、

ヴァマントがその視線をユウナギの両足へと向けながら、

話しを始めたのだった。


「・・・やはり『秘薬』でも?」


「あ、あぁ・・・コレな?

 まじで動かねーんでやんの・・・ったくよ・・・」


「ユウナギ様の擬体でも、そうなってしまうと言う事は・・・」


ユウナギの両足に視線を落したままヴァマントが呟くと、

その眉間に皺を寄せている表情に何か感じるモノがあった・・・。


「・・・ヴァマ?何か心当たりでもあるのか?」


「・・・これと同じ症状を以前何処かで・・・」


ヴァマントはそう言いながら目を閉じ必死に記憶を辿り始めた。


そして暫く考え込むと目を開け『もしかしたら・・・』と、

思い当たった事を口にし始めた・・・。


「此処とは違う星系の話なのですが・・・」


そう話し始めたヴァマントにユウナギは『話してくれ』と頼み、

『確証は御座いませんが?』と返答すると『構わない』と返した。


「違う星系で当時の『冥界の王』が人族に対し、

 実験的な意味合いで『冥界眼』を授けたところ・・・

 それを使用したその人族の身体が麻痺してしまい命を落としたとか・・・」


その説明を聞いたユウナギの顔は盛大に引き攣り始め、

『てっ、てめー・・・』と呻くように声を発した。


「そ、そんな危ねーもん・・・

 気軽に俺に授けてんじゃねーぞっ!」


「い、いや・・・で、でもね・・・?

 あ、あんたなら・・・イ、イケるかな~・・・?って・・・」


「イケるかな~?・・・で、そんなもん授けんなよっ!」


「うぅぅ・・・だ、だって~・・・

 私に勝ったあんたならその資格はあるし~?」


「て、てめー・・・適当な感じで・・・うぐぐぐぐ」


『あははは』とユウナギから視線を逸らしながら笑い始めたヴァマントに、

ユウナギは深い溜息を吐いた・・・。


「・・・で?

 今、それを思い出したから・・・何だってんだよ?」


そう問われたヴァマントは手を『ポン』と合わせると、

『あっそうそう・・・』と話を続けた。


「今回ユウナギ様は『冥界の神力』を長時間使用した結果、

 恐らくその反動が来たって事だと思うのよ」


「・・・それで?」


「それってつまり・・・冥界の神力が『ゼロ』になったからであって、

 冥界の神力が再び蓄えられたら・・・?

 って、そう思ったのよね~♪」


にっこりとそう言いながら微笑むヴァマントに、

ユウナギは不服そうだった。


「ま、まぁ~確かに・・・そう言われると一理あるとは思うけどよ・・・」


「でしょ?って事は~・・・つまり~・・・」


「・・・つまり?」


ヴァマントがそう言いながら何故か顏を赤く染めると、

突然『モジモジ』とし始めた。


嫌な予感が烈火の如く湧き上がっては来るが、

頭の何処かで『試すのもアリよりのアリ?』と考えてもいた。


「・・・あまりいい予感はしないが、

 そ、その~何だ・・・試しに言ってみろよ」


不安げな顔を見せながらそう言ったユウナギに、

ヴァマントは妖艶な笑みを浮かべ、

そのナイスバディな身体をくねらせていた。


「ユウナギ様~♪」


「なっ、何だよ・・・」


「私の血を・・・ほんの少し、飲んでみませんか?うふっ♪」


「・・・なっ、何ですとぉぉぉっ!?

 どうしてお前の血を飲まねーといけねーんだよっ!?

 俺は吸血鬼じゃねーぞっ!?」


「でも~・・・ほら~・・・♪

 モノの試しにって言葉もあるではありませんか~♪」


『うぐぐぐぐ』としかめっ面をして見せたユウナギだったが、

現状をどうにかしたい思いには勝てず、

結構な時間・・・悩み悩み抜いた挙句、

『・・・わ、わかったよっ!』と渋々承諾したのだった・・・。


ヴァマントはとても嬉しそうな表情を浮かべながら、

自分の指先を爪で傷つけ血が滲み出て来ると、

『はい、あ~ん♪』と、まるで子供でも相手にしているかのような声を発した。


「待て待て待てーいっ!」


「・・・何よ?」


「何よじゃねーよっ!?

 どうしてそのままダイレクトに飲ませようとしてんだよっ!?」


顔を赤らめながら抗議するユウナギに、

ヴァマントは頬を膨らませ拗ねて見せた・・・。


「もう・・・いじわるなんだからっ!」


「いやいや・・・別にいじわるとかじゃねーから」


引き攣った表情を見せるユウナギに、

ヴァマントは『あっ!』と声を挙げると、

とんでもない事を言い始めた。


「そうですよね~?相手は我が愛しのユウナギ様・・・♪

 指先からしたたるモノよりも~

 貴方がだ~い好きなおっぱいの方が・・・」


ヴァマントの言葉が終わらぬうちに、

ユウナギの目が冷めると『ぶっとべ』と冷ややかな声と共に、

ユウナギ必殺の『ロケットパンチ』が至近距離から発射された。


『バシュッ!』


『ブフォッ!』


『ドカーン』


ラボの壁に大きな穴を開け、

そんな声を残して吹っ飛んだヴァマントを冷めた目で見つめながら、

偶然トレイの上に指先からしたたり落ちた血を、

指先で掬い取り目を閉じながら一気に口の中へと押し込んだ。


『ゴクリ・・・うげっ』


血液の独特な味が口の中に広がり顔を顰め飲み込むのだが、

これと言って何も起こらなかった・・・。


「まぁ~・・・こんなモノだよな?」


元々期待はしていなかったが、

多少の落胆をユウナギが見せた時、

コナギから声が挙がった・・・。


{ユウナギ様・・・今は擬体ですので、

 直接飲まれても・・・}


そんな言葉に『・・・ですよね』と漏らしたユウナギは、

擬体から離脱すると残った血液を指でかき集め口の中に押し込んだ、


すると・・・。


その身体の中を何かがはい回るような感覚に陥ると、

目の前が真っ赤に染まり始め、

ユウナギはあまりの苦痛に呻き声を挙げその場で蹲った。


「うがぁぁぁ・・・」


その状態が5分ほど続くと、やがて苦痛が消え去り、

全身に力が漲るような感覚を感じ、

そのおかげなのか、今まで『ピクリ』とも動かなかったユウナギの両足が、

何事もなかったかのように活動を再開したのだった。


「・・・って、両足の感覚が戻った・・・。

 これは冥界の神力か?」


そう言葉を漏らした時、背後から『成功したみたいね?』と、

いつの間にか戻っていたヴァマントが声を掛けた。


「・・・どういう事だ?」


「・・・恐らくですが、

 冥界の神力不足が原因かと思われます。

 ですから直接・・・と言ってはなんですが、

 私の血液に宿る『冥界の神力』を『補充』と言う形で・・・」


「・・・まじでか?」


「・・・恐らくですが」


「って事は、まだ確定ではないって事か?」


「はい。こればかりはデータがないもので何とも・・・。

 ですから今後の為にも・・・と」


「はぁ~・・・」


溜息を吐くユウナギは頭を軽く振っていると、

『ユウナギ様・・・』と再びコナギが声を掛けて来た。


「・・・どうした?」


「鑑定が終了致しました」


少し前にコナギに頼んでいた『黒い液体』の鑑定結果が終了した聞くと、

ユウナギは『・・・結果は?』と尋ねたのだった。


擬体であるコナギは・・・。

一瞬その視線をユウナギの背後に控えているヴァマントへと向けると、

『・・・こいつには知る権利がある』と口にした。


「・・・鑑定結果は・・・『不明』です」


『・・・・・』


コナギの鑑定結果に眉を潜めたユウナギだったが、

『・・・だろうな?』と溜息混じりにそう言ったのだった。


「まぁ~・・・基本的にコナギのデータベースは、

 俺が知っている事や書物などがベースとなっているから、

 俺が『黒い液体』の事を知らないんだ・・・

 コナギだって知る訳はねーか・・・」


そう言いながらも落胆する仕草を見せたユウナギに、

ヴァマントも哀し気な表情を浮かべていたが、

コナギが『しかし・・・』と言い始めた。


「・・・ん?どうした?」


「確かにこの『黒い液体』自体は不明なのですが、

 少なからず分かった事はあります」


「・・・何だ?」


「はい・・・。

 この『黒い液体』の成分に微量ではありますが、

 『神力』が含まれております」


『っ!?』


「し、神力だとっ!?それは一体どういう事だっ!?」


この『黒い液体』に微量ながらも『神力』が含まれていると聞かされると、

ユウナギとヴァマントの形相が厳しいモノへと変わった。


「・・・はい。

 コレに含まれている神力は・・・2種類」


「・・・はぁっ!?2種類だとっ!?」


「・・・はい。

 1つはユウナギ様も知っている『ヴァン様』の『冥界の神力』

 そしてもう1つは・・・。

 申し訳御座いません・・・。

 コレはデータに無いモノですので個別判定は出来かねます」


コナギの話にユウナギとヴァマントの一層厳しいモノへと変わり、

『・・・じゃ~もう1つのって?』と呟くと、

ヴァマントが何か思い当たる事があるようだった・・・。


「ユウナギ様・・・」


「・・・ん?どうした?」


「もしかすると・・・」


「・・・話してくれ」


「はい・・・。

 もう1つの『神力』とは、もしかすると・・・

 『擬体の製作に携わった者』かもしれませんね?」


「・・・確かにその可能性は・・・あるな」


そう言いながら立ち上がったユウナギは、

『ブツブツ』と何かを呟きながら何かをし始めると、

それを見ていたヴァマントが険しい表情を浮かべて居た・・・。


(・・・それにしてもユウナギ様から出ている力がどうも・・・)


そんな表情を浮かべて居たヴァマントを見ていたコナギが、

そっと囁くように声を掛けたのだった・・・。


「・・・ヴァマント様、少々宜しいでしょうか?」


「・・・ん?確か・・・貴様の名は『コナギ』だったわね?

 『疑似人格』の分際で・・・私に何か用でも?」


少し冷たく言ったようだが、

コナギは気にする事もなく何かを探し始めたユウナギを見ながら、

今度は念話へと切り替えたのだった。


{ヴァマント様・・・。

 実は気になる事が御座います。

 そしてソレは恐らく・・・ヴァマント様も・・・}


そう話を切り出したコナギに、ヴァマントは少し顔を顰めて見せるも、

言葉短く『・・・話せ』と言ったのだった・・・。


{私も気にはなっておりましたが、

 ユウナギ様の御力が日々弱くなっております}


その言葉にヴァマントは訝しい表情を浮かべながら、

『・・・やはりな』と呟いた。


{・・・やはりお気付きでしたか?}


{あぁ・・・無論だ・・・。

 それに私に入って来る『暗部』からの情報でも、

 そう確認しているわ}


{・・・そうでしたか}


{それに・・・ヴァンからも同様の報告があったわ}


『・・・・・』と、ヴァマントの話を聞いたコナギは、

無言ながらも顔を顰めて見せると、

こちらに背を向けるユウナギが弱々しく見えるのも否めなかったのだった・・・。


「・・・やはり制御が・・・」


そう呟くコナギに突然思いにもよらぬ人から、

念話が入り、その声に驚くとこちらを見ていたヴァマントが、

厳しい視線を向けていたのだった・・・。


「ヴァマント様・・・もう少し宜しいでしょうか?」




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