第61話・恩送り

『じゃ~・・・』とレディが話の続きを口にしようとした時だった・・・。


『コンコン』とユウナギの部屋の扉をノックする音が聞こえた・・・。


『どうした~?』と声を挙げるとドアの外から、

『ちょ、ちょっと宜しいでしょうか?』と困惑気な声が聞えて来た・・・。


『すまん』そう言ってドアを開けてもらえるか?と、

視線をレディへと向けると、無言で頷きドアへと向かうのだが、

そのドアノブに手を触れようとした時、

レディは『ゴクリ』と喉を鳴らせたのだった・・・。


「・・・どうかしたのか?」


「い、いえ・・・ただちょっと・・・」


「・・・ん?」


レディが振り返りユウナギに視線を向けると、

見慣れた魔力がドアの下の隙間から『ゆらゆら』と立ち昇っていた。


『・・・あいつ、一体何の用なんだ?』


そう唸るように呟いたユウナギは、

無言でレディに頷いて見せると、緊張した面持ちのまま頷き、

ドアノブに手を掛け開いた・・・。


『ギィィ・・・』


「あ、あの~・・・ユウナギ様・・・」


その額にやや薄く汗を滲ませたエマリアが佇んでおり、

両手は腹の前で強く握られていた・・・。


『・・・てめー、一体何の用なんだよ?』


『ギンッ!』とその視線に殺気が加わると、

エマリアとレディがその肩を『ブルッ!』と震わせた・・・。


すると・・・。


「にゃっはっはっ~♪

 主様・・・そんな殺気纏うたりして、どないしはったん?」


「・・・てめー、アポなしとは一体どう言う事だよ?

 いい度胸してんじゃねーか?あぁんっ?」


殺気を纏ったユウナギの視線が、

壁を射抜くようにその相手へと告げられると、

縮こまるエマリアを押し退けるように、その姿を現した・・・。


『・・・マイノーター』


「うふふふふ♪

 嫌やわ~そんな怖い顔して~♪」


あからさまに殺気を放つユウナギに、

傍で見ていたレディとエマリアの顔色が青ざめていった・・・。


『コツッ』


ユウナギの殺気をものともせず、

『勇者の四神』であるマイノーターが『ニヤニヤ』としながら入室してきた。


「・・・答えろよ」


「ぬふふ♪だ~か~ら~・・・。

 そんな怒らはって一体どないしはりましたん?」


ユウナギの表情はとても厳しく笑みは見えない・・・。

そんなユウナギとは対照的にマイノーターの表情は笑みを見せていた・・・。


するとマイノーターは表情を崩さないユウナギに肩を竦めて見せると、

話を切り出して来たのだった・・・。


「あんな?アポって言うてはりましたけど、

 今この部屋・・・めっちゃ強力な結界張ってはるんやもん・・・

 アポの取りようなんてあらしまへんやんか?」


そんな言葉にユウナギは『だったらわかるだろ?』と表情を崩さず言うものの、

マイノーターは『へらへら』と笑みを浮かべて見せていた。


「・・・で?一体何の用なんだ?」


瞬きもせずそう言ったユウナギの視線は、

マイノーターから外さずに居た。


そんなユウナギにマイノーターは『へいへい、わかりましたわ』と呟くと、

ユウナギの家に来た目的を口にしたのだった・・・。


「うちが此処に来た目的は~・・・

 何でも主様がとんでもない事になってると小耳に挟みましてな~?

 それでうちは仕事をほっぽらかせてここに来ましたんえ?」


さも・・・『私は心配しています』と言わんばかりな表情を浮かべ、

『オロオロ』とオーバーにして見せたのだった。


するとユウナギはその姿勢や声・・・表情を何一つ変える事無く、

『なら、用は済んだな?』と冷たくあしらった。


「え、えっ!?そ、そんだけ・・・?

 そんだけなん?」


「・・・何がだ?」


「うちはこうして心配してここに来たんえ?

 それやのに・・・それだけやなんて・・・」


『ヨヨヨ』とわざとらしくしおれて見せるマイノーターに、

ユウナギは『はぁ~』っと溜息を吐いたのだった・・・。


「白々しい・・・。

 何が心配して・・・だ。

 わざわざてめーがそんな事の為だけに、

 俺ん所まで来る訳ねーだろーがっ!」


「そ、そんな・・・こと・・・あ、あらしまへん・・・え?」


「・・・まだ言うか。

 やれやれ・・・俺もどうしてこんな『腹黒の面倒臭いヤツ』を・・・」


そう言いながらユウナギは自己嫌悪に陥り、

その頭を抱えたのだった。


するとマイノーターは『ニヤッ』と笑みを浮かべると、

『あんな~・・・主様』と、空気を読む事なく口を開いていった。


「と、言うのはさておいてな・・・♪」


「・・・・・」


「主様~・・・ちょっとお願いごとがあるんやけど~・・・

 ええやろか?」


「・・・・・」


マイノーターの言葉にユウナギの顔が一瞬『ピクッ』と引き攣ったが、

それを気に止める様子もなく、陽気な口調で話を続けていった・・・。


「あんな~・・・主様・・・。

 ちょっとうち・・・『冥界』に行きたいんやけど、

 アポってもらわれへんやろか~?」


「・・・冥界に?」


『冥界』と言う言葉にユウナギの表情がより一層厳しくなったが、

そんなユウナギを見据えたマイノーターの瞳は、

笑みなど浮かべる事もなく真っ直ぐと向けていたのだった。


「・・・冥界に何の用だ?」


『ふふっ』


「・・・?」


一瞬・・・マイノーターの表情が歪んで見えた・・・。

だが何事もなかったかのようにまたその口を開いていった。


「うちの情報によるとやな~?

 何でも今向こうでは、めっちゃ楽しい事になっとる・・・って聞きましてな~?

 素材を集めがてら、見物したい思うてな~♪」


「・・・面白い事?」


「まぁ~その辺の事は、後日っちゅー事で♪」


(・・・冥界で何が起こってんだよ?

 って言うか、ライの事も気になるが・・・)


ユウナギはそう考えながらも『わかった』と口にすると、

『用が済んだのならとっとと出て行けっ!』とそう言った。


「おぉ~怖っ!嫌やわ~・・・そんな怒鳴らはって・・・

 主様のご機嫌がめっちゃ悪いよって、

 うちは早々に退散致しますわ~♪

 ほな~・・・さいなら♪」


手を『ひらひら』とさせながらマイノーターが背を見せると、

『主様のラボに例の魔石をいくつか・・・』

そう言いながら微笑んだ横顔をユウナギに見せると、

『ほな~♪お邪魔しました~♪』とそう言って、

その場から姿を消したのだった・・・。


「・・・ったく、あいつはまじでヤベーな」


その言葉が自然と口からこぼれると、

『ヘナヘナ』とレディとエマリアが床に崩れ落ちたのだった・・・。


「・・・お、お前ら、どうしたんだよ?」


「ど、どうって・・・あんた・・・」


「そうですよ・・・」


「・・・ん?」


首を捻るユウナギにレディとエマリアが項垂れると、

今の一連の会話中・・・凄まじい威圧が放たれており、

その渦中に居た2人は生きた心地がしなかったそうだ・・・。


「ははは・・・す、すまん・・・

 悪気は~・・・なかったんだ・・・」


「・・・そう?」


「んー・・・た、多分・・・?」


「何で疑問形なのよっ!?」


「そうですよっ!」


「あはは・・・」


ユウナギが苦笑いを浮かべると、

レディに対し『少しの間席を外してくれ』と申し出た。


レディは先程の『マイノーター』との会話から、

状況を理解すると『わかったわ』と告げ部屋から退出した。


『キィ~』っと椅子を回転させ窓から見える景色を見ると、

念話を使用し『ある者』に連絡を取ったのだった・・・。


{俺だ・・・。

 すまないが暫くの間、マイノーターの監視をしてくれ}


{・・・マイノーターの?

 何か御座いましたか?}


{・・・あぁ}


ユウナギは念話で事情を説明すると、

その相手からは『はぁぁ~』っと深い溜息を吐き、

『本当にあの子は・・・』と言葉を続けた。


{では私は監視をすればよいのですね?}


{あぁ、だがヤツのすぐ傍で監視をしてくれ}


{す、すぐ傍ってっ!?

 それでは監視を意味を成しませんが?}


{フッ・・・ヤツの傍で監視をする事が、

 あの馬鹿のプレッシャーになるからな~?

 逆に行動し辛くなるって事だ}


{ふっふっふっ♪

 確かにあの子の性格からすれば、

 動きにくいかと・・・。

 流石で御座いますわね♪}


念話の相手が納得し任務を任せると、

『頼むぞ、シシリー』と告げ念話を終了したのだった。


『さて、お次は・・・』

面倒臭そうに呟くとユウナギは再び念話を使用し、

『冥界の門』に常駐している『番人』に『許可』を求めたのだった。


※ 通常『生者』は『冥界』への侵入は出来ず、

  『冥界の住人』以外立ち入る事は出来ないのだが、

  ユウナギの場合『女帝と王』の『許可』を許されており、

  個人での立ち入りは許されるが、それ以外の者に対しては、

  『門番の許可』が必要なのである。


ユウナギは『門番』の許可を取ると、

『マイノーターとシシリー』に告げ『冥界の門』が開く、

『時間と場所』を教えると念話を終了させた。


再び窓から外の景色に目を向けたユウナギの表情は厳しく、

『今、冥界で一体何が起こっているんだ?』と気にしつつも、

『この足じゃな・・・』とポツリと苦笑気味に呟いたのだった。



それからユウナギは再びレディを自室に呼び出すと、

『報酬』について話し合った。


「1億・・・それだけでいいんだよな?」


「い、1・・・億・・・・(ゴクリ)」


表情を変える事もなくユウナギが『報酬の金額』を提示すると、

レディはその『巨額な報酬』に喉を鳴らした。


「い、1億って・・・、あ、あんた本気で?」


「あぁ・・・あんたにはいろいろと世話になっちまったからな~。

 だからこれは正当な報酬だと思って受け取ってくれや」


『ゴクリ』とその緊張からか、再び喉を鳴らしたレデイは、

『わ、わかったよ』と口にすると、

突然何処から取り出したのか、自分の机の上に『ジャラッ』と、

『白金貨』が置かれレディはその輝きに軽い眩暈を覚えたのだった。


そしてその『白金貨』を前にしたレデイは、

念を押すように『い、いいんだね?』と言うと、

『あぁ、問題ない』と笑顔を見せたのだった。


『シャラッ』と『白金貨』を手にしたレデイが、

再びソファーに腰を沈めると、険しい表情を浮かべながら、

ユウナギに話を切り出していった。


「ユウナギ・・・ちょっといいかい?」


「・・・ん?どうした?」


「あんた・・・。私達を雇わないかい?」


「・・・はぁ?」


突然レディからそう告げられたユウナギは、

思わず上ずった声で返答してしまい顔を少し赤らめた。


「って・・・おいおい・・・そりゃ~一体どう言う意味だよ?」


「・・・どう言う意味って・・・そのまんまの意味だけど?」


レディはす事笑みを浮かべながら、

『雇う』と言う言葉に対しての説明をしたのだった。


「つまり・・・アレか?

 お前達は商売柄『魔族や貴族達』の依頼を受ける事が多いから、

 俺が欲しいと思われる情報を『流す』って事か?」


レディはユウナギの言葉に、

紅茶を口に含みながら頷いて見せると、

『そいつは有難てーな』と笑みを見せ『報酬は?』と尋ねたのだった。


「ほ、報酬って・・・あんた・・・。

 こっちは今回多過ぎる『色』をつけてもらったのよ?

 だから報酬なんてモノは・・・」


レデイは『報酬』と言う言葉に慌てて拒否を示したのだが、

ユウナギは『馬鹿野郎』と静かに口を開くと話を続けたのだった。


「いいかレディさんよ~・・・。

 さっきの話で行くとてめーらは言わば俺の『下請け』って事なる。

 って事はだ~・・・その仕事に見合った『報酬』ってのを、

 きっちり払わないと『元請け』の立場がねーだろうが?」


「い、いや・・・でも・・・さ、

 私達はあんたに一生掛かっても返せない程の恩があるんだよ?

 だから私は・・・その恩を・・・」


少し険しい表情を見せながらそう言い始めたレデイに、

ユウナギは『フンッ!下らねー』と呆れた表情を見せた。


「く、くだらないってっ!?

 わ、私達はあんたに・・・」


「だ~か~ら~よ~・・・。

 それがくだらねーってーんだよ」


「・・・っ!?」


「いいから・・・レディ?

 お前が言うその『恩』ってもんは、

 別に俺達に返さなくてもいいんだっつーのっ!」


「・・・どう言う意味よ?」


「恩っつーのは~・・・受けた相手を縛り付ける『呪い』じゃねーんだ。

 だから精神的に『感謝』するモノであって、

 無理矢理に返すモノじゃねーんだよ」


「し、しかしユウナギっ!?」


食い下がるレディにユウナギは顔を『ヒク』つかせると、

『だぁぁぁっ!面倒臭せーなぁぁぁっ!』と声を荒げ、

動揺するレディに指先を向けながら告げたのだった。


「てめーっ!しつけーんだよっ!

 そんなに『恩』を返したいってんならっ!

 その『恩』とやらを・・・」


そう声を荒げながら驚くレディにそう言ったのだが、

突然ユウナギは話の途中で笑顔を見せると、

静かにこう言ったのだった・・・。


『その『恩』とやらを・・・誰かに送ってやれや』


「・・・送る?」


「あぁ、俺の居た国ではな・・・

 『恩送り』っつってな?

 恩を受けた相手にじゃなく、他の者に『送る・・・』

 そしてその恩を受け取った相手は、

 また違う誰かに送ってだな・・・

 次々に『恩』の連鎖が生まれ、みんなが笑顔になる・・・

 俺の居た国ではそう言うのがあんだよ・・・」


ユウナギの話にレデイはやや俯きながら、

『恩送り』と言う言葉を何度が繰り返すと顔を上げ、

その美貌本来の持つ笑顔をユウナギへと向けたのだった。


そして『わかったわ・・・この恩は誰かに送るわ♪』と、

清らかな笑みを見せたのだった。


そんなレディにユウナギは『フッ』と笑みを見せると、

『それじゃ~報酬の話をしようじゃねーか?』と口を開いたのだった。


一通り今後の話を終えたレディが立ち上がり、

部屋の扉を開いた時だった・・・。


ふと振り返ったレディがこう言った。


「ユウナギ・・・」


「・・・ん?」


「あんた・・・彼女居るの?」


「・・・別にいねーけど?」


「・・・そう♪」


「・・・な、何だよ?」


「・・・べっつに~♪」


意味有り気にそう言うと、

楽し気に『バタン』と扉を閉めたのだった・・・。


「・・・い、一体何だってんだよ?」


妙な気分になりながらもユウナギはこれからの事について考え始めた。


「問題は・・・足だよな~?

 まさか擬体に入っても動かねーとは・・・」


『ふぅ~』と溜息を吐いたユウナギは、

『やっぱ一度ラボに戻るっきゃっねーよな~』と呟くと、

アスティナを部屋へと呼び『勇者の国』に一度戻ると告げたのだった。


そしてこの後・・・。


ユウナギは愕然とするのだった・・・。

まさか自分の国・・・。

『勇者の国』があんな事になっているだなんて・・・。


そんな事も露知らずユウナギは、

ある魔道具の製作に意欲を燃やすのだった・・・。

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